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土 

あの夏、頬を伝う汗を拭い、僕はベンチから腰をあげてからしゃがみ込み、“甲子園の土”を必死にかき集めた
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高校生の頃。

「君、土いるかい」

土をくれるおじさんがいた。両手いっぱいに土を持ったおじさんが、どろどろの目で僕を見つめている。

バス亭のベンチでバスを待ってると声を掛けられた。

ちょうど、ポケットに入るぐらいの量の土だ。断われなくて、「はい、いります」と返事をしたと同時に次の停留所で降りて、巾着袋を買った。

おじさんは新しい土を入手するたび、僕に土をくれた。

その土でトマトを育てた夏もあった。半分はパスタにしたし、もう半分はズボンのポケットで駄目になった。

残った土を 「甲子園の土です」と偽ってネットショッピングに出品した。
ありがたいことに、ヨシオ と名乗る男性が買ってくれた。


「甲子園の」土を買ってくれる ヨシオ はどんな奴なんだろう と気になってこっそりと送り先住所に見に行く事にした。
一体、なんのために、甲子園の土を買うだ。

送り先の ヨシオ の自宅に行くと毎年土をくれるおじさんが受け取っていた。つまり、毎年土をくれるおじさんはヨシオさんで、購入した土をなんでか僕にくれていたのだ。

怖くなっていっぱい走った。流れる汗が目に入る。
そしてバス亭のベンチに腰をおろし呼吸を整えると、眼の前にヨシオさんが立っていた。

「あ、市川さん。甲子園の土いるかい」
そう言って半ズボンの太ももの上にサラサラと土を流した。
サラサラの土は太ももを伝い、アスファルトの上に流れた。頬を伝う汗を拭い、僕はベンチから腰をあげてからしゃがみ込み、“甲子園の土”を必死にかき集めた。

土 おわり

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