IMG_7357のコピー

平成最後の冬に生まれた出版社

「平成最後」という言葉には、不思議な魔力がある。平成最後の夏が終わり、平成最後の「今年の漢字」が発表され、もうすぐ、平成最後のクリスマスが来る。平成最後という言葉に背中を押されて、好きな子へ告白した人もいるかもしれない。決してそんな言葉に踊らされるつもりはなかったが、気づけばこの平成最後の冬に、私も大きな選択をしてしまった。

出版業界で働きはじめて三年足らず。異業種からの転職で入った出版社では、主に雑用を任されるバイトからスタートして、編集、デザイン、営業と、一通りの仕事を経験させてもらった。そんな私の次なる選択は、より大きな出版社へ転職することでも、フリーになることでもなく、「新しい出版社をつくること」だった。

平成最後の冬、2018年の11月に創業し、今月12月より本格的に活動をスタートした「遊泳舎」。どこか老舗じみた名前だが、ゼロから歩み始める、赤ん坊のような出版社だ。メンバーは、代表の中村と私の二人だけ。都心から少し西へ外れた、自然豊かな武蔵野市の小さなアパートがオフィスである。模様入りの曇りガラスが張られたこの部屋を初めて見たときの印象は、「田舎のおばあちゃんの家」だった。仕事場は、たった三畳の小さな空間。本とパソコンとプリンターを置けば、たちまち埋まってしまう。

来客用のスペースが特にあるわけでもなく、お客さんが来たときには、文字通り膝を突き合わせて話をする。けれど、そんなことは取るに足りない問題である。出版社は机と電話があればできるという話もあるくらいだ。それに、都心のお洒落なビルにスーツ姿で通勤するよりも、おんぼろの自転車で通うこの部屋から力強い本を生み出していく方が、ずっとロマンがある。

創業後の第一作目は、まず「YUEISHA DICTIONARY」というシリーズの二冊同時発売だ。『悪魔の辞典』と『ロマンスの辞典』を、それぞれ中村と私が一冊ずつ担当した。辞典と銘打ってはいるものの、二人の性格や人生を投影させたような、極めて主観的なもの。Yunosukeさんの毒の効いたイラストや、Juliet Smythさんの甘いイラストとも上手く絡み合って、非常に個性的な存在感の作品に仕上がったと思っている。書店で見かけた際には、ぜひ手にとって、ページをめくってみていただきたい。

会社のロゴは筆ペンで手描きをし、「心に飛び込む出版社」というコピーを添えた。情報として消費されるだけでなく、本棚に、そして心に残り続ける本を作りたい。気持ちをちょっとだけ後押しする大切な人への贈り物として、あるいは部屋に飾っておきたくなるインテリアとしての機能も果たすような、紙の本に託された価値を、もう一度見つめなおしたい。少し大袈裟かもしれないが、せっかくつけた社名にあやかる気持ちで、行けるところまで、泳ぎ続けてみたいと思う。

(文・望月竜馬)

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