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ミッシングピース : 「#紅葉鳥」



「紅葉鳥?
 そんな派手な鳥ではなくて、
 雀みたいな鳥が好き。」

「紅葉みたいに綺麗じゃないか。」

「うーん。」

「綺麗な羽だし、
 鳴き声だって可愛いよ。」

「うん。
 可愛い声だけど…。」

「この鳥が嫌なの?」

「そう言う訳じゃない。」

「じゃあ何?」

弘毅から目を逸らして、店内に視線を這わせた。
鳥を鳥籠に入れて飼うこと自体が嫌なのだ。
マンションよりは広い戸建ての新居に移った。
それなのに、新居に移った途端、自分が鳥籠で暮らしている様な息苦しさが続いている。
その上、鳥籠の鳥を見て過ごすなんて…。
庭にやって来る雀を見ているだけで十分なのに。

「はっきりしないなぁ。
 もう、この紅葉鳥に決めちゃうよ。」

「う、うん。」

弘毅は、紅葉鳥をつがいで選んだ。


そうしてやって来た紅葉鳥。
男の子はチッチ、女の子はピッピと言う、単純で可愛い名前がついた。
二羽は勝手につがいにされて籠に入れられたけど、喧嘩もせず、何とも適度な距離をとりながら、毎日可愛い声で鳴いた。

隙あれば籠を脱走し、リビングを自由に飛び回った。
時には、空中からフンを撒き散らすこともあった。

「やったな!」

弘毅が慌てて追い回すのがおかしかった。
チッチもピッピもそんなは簡単に捕まってはくれない。
部屋中を自由に飛び回り、気が済むと肩に乗ってくる。それがとても可愛く思えた。

「弘毅、落とし物、拭いてね。」

「分かったよ。やるって。」

弘毅は落とし物の掃除もするけれど、鳥籠の掃除も、餌やりもする。
弘毅は動物が好きなのだと思う。
チッチもピッピも、弘毅に友達みたいに懐いている。
弘毅がソファでくつろぎ出すと、二羽とも忙しく鳴き出して、弘毅の肩に止まりたがる。

その様子を見ていたら、私は知らぬ間に、新居に馴染んでいた。


ある朝、カーテンを開け鳥籠を覗くと、
ピッピが鳥籠の底に、落ち葉の様に落ちていた。

「ピッピ。」

鳥籠を開け、ピッピを手の平に乗せると冷たかった。

「弘毅、早く来て。」

いつもなら真っ先に飛び出すチッチが、止まり木に止まったまま見ていた。

「チッチ、どうしよう。」

弘毅が階段を降りる音がする。

「何だよ。もう少し寝かせろよ。昨日、       
 遅かったんだからさぁ〜。」

不満を含んだ声。
でも、横たわるピッピを手に乗せて泣いている私を見ると、静かに肩を抱き寄せた。
肩を抱いたままソファに私を座らせると、

「ちょっとだけ待ってて。」

と、何かを探して消えて行った。

戻って来ると、和紙で折った緑の箱をテーブルに置いた。

「ありがとう。」

と、私の手からピッピを受け取り、和紙の箱に入れると、箱はピッピにぴったりだった。
二人でソファに座ると、チッチが籠から出て弘毅の肩に止まった。

私はまた、涙が出て来て、弘毅に分からないよう泣いた。

「いつかはみんな死ぬんだよ。」

どきりとして、つい鼻を啜ってしまった。

「だけど、
 目に見えなくなるだけなんだ。
 ちっとも寂しくない。
 ずっと、一緒なんだから。」

私は、そう言うのを聞いて、堪えられなくなって余計に泣いた。
「えーん。」
と、子供の様に。

いつもは弘毅が、小学生でもしない事をして呆れているのに、こんな時、弘毅は立派な大人で、いつもは大人の顔で生きている私が、こんな時は小学生の様だ。
そう思ったらおかしくなって、クスッと笑うと、鼻水が飛んだ。

「なんだよ?」

鼻水を飛ばして笑った私に釣られて、弘毅も少し笑った。
チッチも釣られて笑った気がする。

「小学生のくせに。」

「あ? 何が?」

「そう言うところ。」

チッチも参加したくなったみたいで、弘毅のつむじに止まった。
部屋は柔らかな白い朝日が差し込んでいる。

見事な幸せな光景だ。

「ピッピも楽しんでる気がする。」

「そうだね。」

その後、朝食を食べて、チッチと3人でお葬式をした。
ライラックのお香を焚いて、その後、まだ若木のライラックの下に、ピッピを埋めた。
そして、平たい石を墓石代わりに立てた。

「紅葉の様な体がなくなっただけだよね。」

と聞くと、弘毅は頷いた。


その後、弘毅が鳥籠を覗き、

「ちょっと来て来て。」

「どうしたの?」

「みて。」

鳥籠の底に、ベージュの卵が一つあった。

「わっ、卵。
 温めなくちゃ。」

「どうやって?」

「手芸の羊毛があるから持って来る。」

大急ぎで羊毛を探して、鳥の巣を作った。
リビングのテーブルに鳥の巣を置き卵をのせて、

「この後、どうしよう?
 今は私の手で温めるとして…?」

チッチが、私の手の甲に乗って、まるで邪魔だと言う様に引っ掻いた。
「いたっ。」と手を引っ込めると、チッチが卵を温め出した。

「えらい! 
 チッチ、あたためられるの?」

チッチがすましている。

「チッチ、やるなぁ。」

卵は鳥籠の中で、チッチが育てることになった。
チッチは、相変わらず、すました顔で卵を温める。
そのすまし顔が、何ともおかしいのだけれど。


ピッピが旅だった時の様な、柔らかい白い朝。
卵にヒビが入って、黄色い嘴が見え、ヒナが顔を出した。
その光景をチッチは想像できていなかった様で、恐れ慄いている風で、宿木から動かない。
ヒナは、紅葉鳥のはずだけど、黄緑の若葉の様だった。
透明な生まれたての双葉。

「綺麗だね。
 生命の色だね。」

「ああ。
 凄いな。
 命、そのものだ。
 こんなにか弱いのに力強くて。」

3人でヒナを覗き続けた。
殻からすっかり脱出すると、ヒナは何と殻をポンと蹴飛ばした。

「やるなぁ。」
と、弘毅が笑う。
ピッピが恐れ慄く理由はこれかもしれない。
私は、ひなとチッチと弘毅を変わる変わる見て、
やっぱり笑ってしまう。

「俺たちは、ミッシングピースなのかも
 しれない。
 ピッピもチッチも、俺もお前も、そん
 で、このガジラも。」

「え? ガジラ?
 勝手に決めないでよ。」

「この逞しさはガジラだよ。」




だいぶ、
締切無視になってしまいました。
…締切を守れる老人になりたいです😰

「紅葉鳥」から始まる小説・詩歌・エッセイなどを自由に書いてみませんか? みんなで読み合うお遊び企画です。締切は11/5(日)21:00。記事には「#シロクマ文芸部」をつけてください。他の参加作品1つ以上にコメントするのがご @komaki_kousuke #note

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