憂さ晴らし
ふんふんふん。
鼻歌を歌いながら、コンビニから出てきたトバリ。軽い足取りのトバリの前に、黒い蝶が飛んできた。
「僕に御用?」
蝶に訊くと、蝶は答えずにゆっくりと飛び始めた。その後ろをトバリがついて行くと、小さな公園にたどり着いた。
「あぁ、あの人が僕に用があるのか」
ベンチに腰を下ろしている男性に、トバリが声をかけた。
「人違いでしたら、すみません。僕にご依頼ですか?」
男性は、トバリを頭から足先まで見下ろすと、こくりと頷いた。
「では、場所を変えましょう。ついてきてくださいな」
パチン。
トバリが指を鳴らすと、扉が現れた。扉を開けて、男性を招き入れて扉を閉じた。
「そちらに座っててください。少し待っててくださいね」
トバリは冷蔵庫にコンビニスイーツを入れて、男性の向かいに腰を下ろした。
「お待たせしました。ご依頼について聞かせてください」
「はい。簡単に言うと、相手に軽い不幸を起こさせたいんです」
男性の言葉に驚いたような声を出す。
「へぇ、なるほど。面白いですね」
新しいタイプの依頼に、少しわくわくしているようだ。
「では、条件を確認してから、詳しく決めていきましょう」
「はい」
そう言い、いつもの条件を提示する。自分と相手の名前をフルネームで書くこと、お金は前払いでクーリングオフなどは対応しないこと、そして、呪いが返ってくることもあること。
「呪いが返ってくることもあるんですね」
「えぇ。僕は呪いを作ることができるのですが、操ることはできないんです。集合体の僕なんかじゃ……」
男性の質問に、苦笑いを浮かべて答える。トバリの答えに気になりつつも、男性は了承した。
「では、呪いの内容を考えましょうか。軽い不幸とのことですが、不幸の回数はどうしましょう」
淡々と話を進めるトバリに、少し引きつつ男性が答えた。
「回数ですか……うーん、予算に任せます」
「分かりました。予算はどのくらいでしょう?」
そう訊かれた男性は、苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうに答える。
「えーっと、1000円から2000円くらいですかね」
「では、3回でどうでしょう? 900円でできますよ!」
にこにこと笑って提案するトバリ。男性は金額に驚いて固まるが、すぐに了承した。
「決まりですね。今回の呪いは、2パターンの方法があるんですよ……簡単に言うとタイミングを指定するかどうかなのですが」
「と言いますと?」
分かりやすいように、呪いを爆弾に例えてトバリは説明する。
「呪いを爆弾として、時限爆弾にするか手動の爆弾にするかっていう違いです。後者の方が、確実に不幸の瞬間を見られるので、おすすめですよ」
明るい声でおすすめしてくるトバリ。奇妙に思ったが慣れてきたようだ。
「なるほど。でも、時限爆弾式の方でお願いしたいです」
「分かりました。では、用意します」
3枚の小さな紙人形と、釘、ロウソクを持ってきた。
「先に、代金900円を頂戴しますね」
「あ、はい。1000円からでもいいですか?」
「構いませんよ。では、100円のお返しです」
お金を受け取り、トバリは黒いマッチでロウソクに火をつけた。静かに揺れる火を見ながら、紙人形と釘を渡す。
「では、この3つの表に貴方の名前、裏に相手の名前を書いてください」
「分かりました」
さらさらと書いていく男性と、ロウソクから流れるロウを眺めながら、楽しそうに笑みを浮かべる。
「か、書きました」
「書けましたか。では次に、その紙を相手の名前が見える方で重ねてください」
説明をしながら、黒い蝶が付けられた釘を、軽くロウソクの火で炙る。釘からは、ふわりと煙が溢れ出した。
「そのまま、この釘で刺してください」
男性は自分の視界が歪むのを感じながら、首を縦に振った。どこか意識もふわふわとしてくる気がする。
バキバキバキ。
大きな音と共に、ふわふわとしていた意識が元に戻される。ハッと顔を上げると、トバリがニコリと笑ってこっちを向いていた。
「これで終わりです。お疲れ様でした。帰りはこちらから」
「は、はい」
不気味なショーケースが並ぶ、反対側のドアに案内される。ふと、ショーケースに名前が飾られているのが目に止まった。『四本木 由香』……この前逮捕された女性の名前だった。
「では、また何かありましたらお呼びください」
「はい……ありがとうございました」
背筋に冷たいものが這うのが分かった。確か、あの女性は檻のある病院に入れられたと報道された。でも、自分は大層なことを企んだわけではない……そう言い聞かせて、部屋のベッドに倒れ込んだ。
「さてさて、日付と名前を書いてーっと。上手くいくといいな」
ショーケースに使い終わった紙人形と、名前を飾る。わくわくしながら、水晶のような板に映像が映るのを待った。次の日、早速映像が流れ出す。
「チッ」
何やら、上司の機嫌が悪いようだ。依頼人の男性が、同僚に話を聞くとどうやら朝から不幸な事が起きたという。
「なんか、出社する途中で転んだんだと。靴紐が解けてたのに気づかなかったらしいけどな」
「へ、へぇ……」
少しニヤニヤと笑う同僚。この上司は、他の社員からも好かれていないようだ。
「おー、始まった。まずは1つ目かな。たまにはライトな呪いもありだねー」
昨日、コンビニで買った白玉ぜんざいを頬張りながら、板を眺める。朝の光景から一転、昼前に画面は移り変わった。
「嘘だろ。あー、くそっ」
悪態をつく上司と、それを心配そうに見る女性の社員。どうやら、人身事故が起きて電車が止まったらしい。
「あの、お相手側には連絡しました。タクシー拾いますか?」
「チッ……タクシーはすぐ来るのか」
上司と女性社員は、渋々駅から出てタクシーを拾った。ここまで、女性社員がしたことに対するお礼の言葉はない。タクシーから降りて、ふと女性が振り返った。
「人身事故かー、やるねぇ。にしても、この女の人……見える人なのかな?」
女性社員の後ろを、黒い煙がひらひらとついて行く。この呪いは、不幸を起こすために上司の後をついて回っているようだ。普通の人には見えないはずなのだが。
「面白くなってきた。でも、なーんか、ヤバい気配がするなぁ」
くすくすと笑いながら、ぜんざいを口に運ぶ。画面は昼に移り変わる。
「えっと、私は会社に戻りますが、どうされますか」
女性社員が訊くと、相手の会社との会議が上手くいった上司は機嫌よく答える。
「俺はこの辺で昼飯食ってから戻る」
「分かりました」
この上司は、どうやら機嫌がころころ変わるらしい。どこか不穏な気配を感じながら、女性社員は駅に向かう。しかし、その数秒後に大きな音がした。
ゴロゴロゴロゴロ。
何事かと女性社員が視線を向けると、そこには歩道橋の階段から落ちた上司がいた。倒れた上司の足に見えたものに、女性の顔が青くなる。
「3つ目だね。でも、ちょーっとやりすぎかも。まぁ、面白いからいいけど」
画面は会社に移り変わる。社内は上司が階段から転落したという話で持ち切りだった。
「全治1ヶ月の骨折だって。まぁ、自業自得だけど」
「不注意だったんだろうね」
色々な話が飛び交う中、依頼人の男性は動悸が止まらなかった。こんなに効果があると思わなかったのだ。恐怖と嬉しさと感動が混ざった感情を持ちながら、自販機の前に向かう。
「あの、ハラグチさん」
自販機の前で立っていたら、女性社員に声をかけられた。彼女は、上司の事故を目撃していた同僚だ。
「変なことを聞くけど、最近、その、心霊スポットみたいな所に行ったりした?」
「え? 行ってないけど」
不思議に思いながら答えると、女性は言った。
「そっか。でも、近いうちにお祓いとか行った方がいいかも……」
真剣な表情の女性に、内心恐怖を覚えつつ、何も答えなかった。すると、女性は続けて言う。
「ハラグチさんの足に、ついてるから。あの、上司を引っ張ったのと同じ手が」
そう言われた瞬間、男性は確信した。この呪いは、自分に返ってくるのだと。そういえば、トバリも同じようなことを言っていた。
「突然、変なこと言ってごめんね。じゃあ」
そう言って、女性は去っていった。1人残された中、ぽつりと呟く。
「……死にはしない、よな」
「さぁ、それはどうでしょうね」
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