見出し画像

おっさんの茶室探訪 ― マンダリンバー

おっさんには「茶室」が必要だ。


茶室といっても、茶筅で茶を立てるというわけではない。茶道に入門するのではない。


おっさんには外界から程よく隔絶された、心地よいのよい空間でもてなされることで、癒やされる時間が必要だということだ。それが「現代の茶室」だ。


おっさんにはたくさんの前提事項が積み上げられており、やるべきことが多すぎるのだ。そして、沢山の思念に囚われてがんじがらめになっている。


現代の茶室はおっさんに積み上げられた前提事項を忘れさせてくれる。がんじがらめになっている思念から解き放ってくれる。


それは、人によっては大自然に包まれるということなのかもしれない。はたまた別の人にとっては素敵な料理屋さんに行くことなのかもしれない。ひとそれぞれ違った「茶室」があるのだろう。


私も自分の「茶室」を探している。


ここは日本橋のマンダリンオリエンタルホテルのバー、マンダリンバーだ。


ホテルロビーと連なったバーとしては少し小さい場所だ。席同士の感覚も狭い。ロの字型のカウンターをスツールが取り囲むスタイルのバーで、シンガポールの金融街、ラッフルズプレイスあたりのスタンディングバーを彷彿とさせる。


混みがちで、ガヤガヤしている。大きな声で話さないと、隣の人にも聞こえないくらいだ。


一見すると、ここはとてもじゃないが「茶室」の条件は満たさない。外界から隔絶されるどころか、この喧騒は外界そのものだ。


それが、ジャズバンドの演奏が始まると場の雰囲気が一変する。


スタンダードナンバーをごく控えめな感じで演奏するのだが、とにかくバンドが近いのだ。テーブルがバンドを囲むような感じになっている。だから部屋の音響を介すまでもなく、その存在感がすごい。


彼らは、控えめで丁寧な演奏する。それが、喧騒を遮断する。さらには丁寧にもてなされている感覚を与えてくれる。


演奏が始まると急に気持ちのよい時間が始まる。水音が聞こえる。小さな噴水があったのだ。演奏が始まると却ってそんなことにも気付く。


もう何も考える必要がない。そして演奏だけじゃなくて、いろんな音が急に聞こえるようになる。人々の話し声。それも邪魔にならない。いきなり周りのことがきちんと分かるようになる。そんな感覚がやってくる。とても心地よい。


演奏は月曜日から土曜日の夜やっているそうだ。


演奏が終わるとすぐに帰っていく人もいる。どうやらその人にとってここはまさに「茶室」なのだろう。


おっさんの茶室はここにもあった。ありがたいことだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?