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長編小説『becase』 24

 目覚まし時計が鳴らない、珍しい朝だった。何にも邪魔されてない睡眠の中にいたはずなのに、そんな日に限って私は朝の六時半に目を覚ました。もう一度睡眠に抱かれてしまおうと思って、布団から出ずに何度も寝返りを打った。
 しかし、どうしても睡眠がもう一度私を抱いてくれる事はない。せっかくの日曜日なのに、そう思っていると私は睡眠からどんどんと遠ざかっていくような気がする。
 三十分布団の中で粘ってみても、結局私はもう一度寝る事はできず、それどころか目は冴えていくばかりだ。時計が七時を指す瞬間、私は目覚まし時計とにらめっこをし、鳴るぞ、鳴るぞと心の中で何度か言ってみた。秒針が十二の所に触れて、何事もなくそのまま通過した。目覚まし時計がならない。いつも決まって七時になる時計が、今日は鳴らないのだ。よく見てみれば、アラーム芯は六時を指していて、私の知らないところで目覚まし時計はもう一仕事終えているようだった。
 砕かれた期待を抱いたまま、布団から這い上がると、予想した通り彼はいない。きっと、六時に起きてどこかに出掛けたのだろう。私が起きる頃に彼が家に居ない事は別になんら珍しい事なんかではなく、それこそ、日曜日に私が目を覚ました時、彼が家にいた事の方が少ないと思う。今日は、いつもより随分と早く目を覚ましたのに、彼はもっと早く目を覚ましていた。私から逃げるみたい……。ふとそんな事を考えて、それを一瞬で打ち消した。
私は彼に電話をかける。いつもはそんな事しないけど、今日は早く起きてしまったし、彼がどこに行ってしまったのか気にもなっている。
 コールを五回繰り返したあたりで、彼は電話に出た。

「もしもし?」

「あ、私」

「沙苗さん?今日は早いんだね」

「うん、なんだか目が覚めちゃったの。ねえ、それよりどこにいるの?」

「今?今は家の近くのコンビニだよ」

「コンビニ?何してるの?」

「立ち読み」

「へー。ねえ、私も行っていい?」

「えー、なんで?来なくていいよ」

「なんでよー。別にいいでしょ行っても」

「もうすぐ家に戻るから、待っててよ」

そんなやりとりを何度か繰り返したけど、結局私は家で待つ事になった。

 三十分、一時間経っても彼は帰って来なかった。随分と長い時間立ち読みをしている彼を待ちぼうけている内に、また私の手は彼の番号を押した。五コール目を通り過ぎ六コール、七コールとコールは無限に増え続ける。何度目か分からなくなった時に、私は電話を切った。電話をベッドに放り投げ、ソファに身を委ねる。
 大きな曇り空だ。四階に位置するこの部屋は、さほど高くはないけれど、周りに空を遮る建物のないおかげで窓からは空以外の何も見えなかった。窓にはべったりと灰色が張り付き、元々ある窓の色は透明なんかではなく、その物の色のように思える。

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