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長編小説『becase』 28

 私たちが出会ってから、私たちが同じ家に住み始めるまでに三年という月日が流れた。流れたというより流れていたという方が正しいかもしれない。

その三年という月日を数えようとしても、一瞬のように過ぎ去り、結果数えてみた時には既に三年が経っていた。彼が私と出会った頃に住んでいたアパートは六畳一間の1Kの間取りで、私はよく彼の家に行っていたけど、二人でいるにはどうも手狭な部屋だった。
 でもそれも、今考えてみれば確かに手狭だと思う事が出来るけど、当時はそんな事一切思わなかったし、もっと狭くてもいいのではないかとさえ思っていたくらいだった。そうすれば、私と彼の距離はもっともっと近いものになるし、二人の息づかいだって聞こえてしまうくらいの距離に私はずっと居てもいいと思っていたのだから。

 三年間、私は彼の家を何度訪れただろうか。三年前の手帳からずっと数えていけば、本当に正しい数が出せると思う。彼と会う日程は一日も逃さずに手帳に書き込んでいたし、普段使う事なんてない赤いペンでこれでもかというくらい分かり易く記していたから。でも、三年前の手帳なんてもうある訳もないし、それを数えている自分の姿を思い描いてみると、なんだか不気味でしょうがない。

「ちょっと狭いかもしれないな」
彼が突然そう言い出したのは、出会ってから二年のとても寒い日だったと思う。

「何が?」
と私は聞き返した。それがこの部屋の事を言っているような気もしていたけど、その確信を掴める程ではなかった。

「何の事?」
私は言葉を付け足して彼の応えを促した。

「この部屋がさ」
彼はそう言った。やっぱり、なんて思ったけど、それも彼の応えを聞いたからであって、もし彼がその後に言葉を続けなければ、この部屋の事を言っているのだろうなんて思いはすぐに消えてしまったに違いない。

「そうかな?」

「……そうだよ」

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