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僕のヒーローの話と、今僕たちが目指すこと


3月31日、スタートアップメディアの「TechCrunch Japan」と、ガジェットメディアの「エンガジェット日本版」がその更新を終了しました。最後まで記事を更新し続けた編集部・ライター・翻訳者の皆さん、そしてビジネスサイドの皆さん、本当にお疲れさまでした。

5月1日、つまりもう今週末には、両メディアのすべての記事が削除されるそうです(厳密には削除の上、米国サイトのトップページにリダイレクト)。TechCrunch Japanで言えばローンチが2006年なので、16年分の記事が読めなくなってしまいます。米国の翻訳記事は元サイトに原文こそ残るものの、国内の記事──少し大げさに思われるかも知れませんが、日本のスタートアップの歴史の一部が消えてしまうのはとても寂しく感じます。運営元であるBoundlessに過去記事の譲受を含めて何かできることがないか問い合わせたのですが、難しいということでした(念のために書いておくと、個人的な感情や業界の資産という意味もありますがもちろん慈善活動ではなく、リダイレクトなどビジネスメリットも勘案してのことでした)。

そのTechCrunch Japan最後の記事は木村副編集長によるもの。短いながらも読者の方々へのお礼と、スタートアップへのエール、そして他メディアの紹介などが書かれていました(前述のとおり記事が削除されるため、リンクは4月31日までしか利用できないです)。

記事には僕が編集長を務める「DIAMOND SIGNAL(ダイヤモンドシグナル)」の名前もありました。そこであらためてTechCrunch Japan(ちょっと長いので、以後「TC」に)の思い出と、今DIAMOND SIGNAL(こちらも長いので「SIGNAL」に)で挑戦していることをご紹介させてください。3月末にこの最後の記事が出てからずっと書いては筆が止まり、書き直しては随分かかってしまいました。先週には関係者向けのさよならTC&エンガジェットの会に行って、懐かしい顔にも出会えて、改めてしっかり書いてみました。

僕にとっても「ヒーロー」だったTechCrunch

あらためて自己紹介をさせてください。ダイヤモンド社のオンラインメディア・DIAMOND SIGNALを担当している、岩本といいます。初めましての方、そうでない方、どうぞよろしくお願いいたします。上のリンクにあるとおりなのですが、僕は2014年から5年ほどTC編集部に所属して、取材・記事執筆やイベント「TechCrunch Tokyo」の運営などを担当させていただきました。

TCと言えば「西海岸を中心とした米国のスタートアップ事情を日本語で読めるサイト」というイメージの方が多いかも知れませんが(僕も入るまでそうでした)、僕は国内スタートアップの担当でした。国内の大手メディアが「ベンチャー」と報じていたのを「スタートアップ」に変える少しだけ前から、スタートアップのみなさんにお話を聞かせていただいています。

少し前に、noteプロデューサーの徳力さんがこんなことを書かれていました。

ここまで書いていただけると、僕がわざわざ書くこともなくなってしまうくらいなのですが、当時のTCは僕にとっても「ヒーロー」でした。シリコンバレーの最新情報を日本語で、ほぼリアルタイムで知ることができる圧倒的な存在。それに加えてブログメディア特有の主観も混じりつつファクトを報じ、自分の会社にすら忖度しない温度感。「Apple Watchが使えない」といって、机の引き出しにしまうだけのレビューが出たときはさすがにびっくりしてしまったけど。

そんな姿勢は日本でも早々に踏襲していました。2010年当時、ソーシャルゲームのプラットフォーム競争が加熱しており、ディー・エヌ・エー(DeNA)が開発会社の囲い込みを強めて公正取引委員会が排除措置命令を出すに至るのですが、そのきっかけとなる囲い込みの実態を報じたのは僕のかつての上司でもあり、当時のTC編集長だった西田隆一さん(現・B Dash Ventures ディレクター)でした。

広くメディアとして見れば、スタートアップエコシステムの中のポジショントークという批判もありました。ですが時に業界に寄り添い、時に社会や経済にとって問題になるようなことがあれば、自ら踏み込んで問題提起する。それも、新聞のように5W1Hで伝えるのではなく口語体で──当時20代で、新聞社系のウェブメディアにいた僕には、本当に衝撃的なメディアでした。

なお日本のTCは歴代編集長である前述の西田さん、西村賢さん、吉田博英さんだけでなく、現在スタートアップメディア「BRIDGE」を手がける平野武士さんなど多くの人がその運営に関わってきました。このあたりを書き出すと「日本のスタートアップメディアの変遷」みたいな感じでキリがなさそうなので、もし反響があればまた近いうちにまとめてみたいと思います。

ちょっと話を戻して。

僕がTCに入った2014年以降は、まさに日本のスタートアップが勢いを見せる時期でした。

ライブドアショックでIT関連銘柄の株価が落ち、さらにはリーマンショックもあって、2009年には日本のIPO件数が20件を下回るような状況でしたが、その時期に起業したスタートアップが徐々に成長し、花開いていったのもこの頃からでした。このnoteを書くために調べていたら、noteのサービスローンチについても記事を書いたことを思い出しました。

僕が入った時の編集部はたった3人。小さいチームでしたが、本当に自由に動き回らせてもらいました。起業家や投資家、時には大手メディアの方々のもとを尋ねては学びながら、毎日のように記事を書く日々でした。これが今の僕の土台を作ってくれたと言っても過言ではありません。ちなみに5W1Hで構成するニュースばかり書いてきた僕の最初の課題は、TCの「ブログ文体」を習得することでした。

日本でのスタートアップの躍進(と、ときどきのトラブル)とともに成長していった日本のTC。毎年1回開催するイベント「TechCrunch Tokyo」は、2日間で2500人が来場する、メディア主催のスタートアップイベントとしては最大規模にまで成長していました。どのセッションやスタートアップバトル(プレゼンコンテスト)も思い出深いのですが、特に2015年のSmartHRのプレゼンは、これまでの同社のことも知っていたし、そして当日の宮田さんの体調などもあとから知っただけに感慨深かった……。

もちろんいいことばかりではなかったんです。「後任のことも、これからの媒体のことも知らない」と言って編集部を去り、その後も残念なアクションをした方もいました。ですが編集部を離れたほとんどすべての方は、メディア、VC、起業など、さまざなかたちでスタートアップのエコシステムに今も関わり続けています。ただスタートアップの記事を書いてきただけではなく、自分ごととして捉えて──ちょっと恥ずかしい言い方になるけど、愛しているんじゃないのかな、と思います。

深夜まで議論した方、文字通りに一緒に戦って記事を出させていただいた方もいれば、約束を守れずにご迷惑をおかけした方も少なくありません。ですがTCが日米で根底として持っていた業界への寄り添い方と、踏み込む姿勢は、間違いなく日本で「スタートアップ」という言葉が市民権を得るのに寄与したと思っています。本当にありがとうございました。

WELQ騒動とコインチェック騒動で気付いた「乖離」

ここからは、僕がTCを離れて(それからもいろいろな方にお世話になるのですが、こちらもここでは割愛)、SIGNAL立ち上げの機会をもらうに至った心境の変化の話をさせて下さい。

そのきっかけは、スタートアップにまつわる2つの「騒動」でした。皆さん覚えているでしょうか? 2016年のWELQ騒動、そして2018年のコインチェック騒動です。

当時の記事はここここにあります(いずれも4月いっぱいのリンク)。この2つの騒動での取材を通して、「スタートアップのためにスタートアップのことを伝えるだけではなく、スタートアップと社会や経済の中心をつなぐメディアが必要なのではないか」と思うようになったからなのでした。

それぞれの騒動の詳報は皆さんにググっていただきたいのですが、共通して感じたのは、スタートアップのコミュニティとその外側との乖離(かいり)、新興メディアと伝統メディアとの乖離(かいり)といったことでした。

Buzzfeed Japan創刊編集長だった古田大輔さんが書いた以下の記事が詳しいのですが、WELQ騒動においては、新聞をはじめとする伝統メディアの論調は「ネットメディア(全体)の信頼性を問う」というものだったんです。

本来的な意味での「キュレーション」は情報の集約方法として大事な行為なはずで、情報が正確で、引用の主従関係や著作権、関連法令などがクリアできていれば問題ないどころか新しい価値を生むものです。ですが、WELQをはじめとしたいくつかのキュレーションメディアの問題が、ネット全体の信頼性の話にすり替えられて報じられていたのでした。

実はWELQ騒動に関しては伝統メディアの横柄とも言える取材姿勢を見聞きしていました。TCがいち早く守安社長(当時)のインタビューを取った結果、ある伝統メディアからDeNAにクレームが届いたと関係者から聞いた時はさすがにびっくりしました。

また、コインチェック騒動では、会見で一部の記者陣から出た「失笑」が忘れられません。

和田社長(当時。現・取締役副社長 執行役員)、大塚COO(同じく当時。現・執行役員)が記者からの質問に対して「株主に確認する」「(情報公表について)株主を含めて協議する」という話を繰り返す場面があったんです。

その回答に業を煮やしたある記者が、「株の過半数は誰が持っているか」と質問し、「過半数は和田氏と大塚氏で持っている」と回答したところ、会場の一部から失笑が起きたんです。その上で「過半数の株式があるのであればなおさら経営者として判断せよ、株主の反対を排除して情報公開できるのではないか」と2人に質問をしたんです。

こちらは連続起業家・古川健介さんのnoteが僕の見解と近いのですが、会場にいたメディアの多くは、金融、経済、社会系の記者。だから、スタートアップにおける外部株主(VCなど)との契約やパワーバランスを理解しておらず、「株主≒機関投資家や市井の投資家」を前提に話している状況。一方でコインチェック側は「株主≒VC」を前提にしているので、両者の会話はかみ合っていない状態でした。

コインチェックが繰り返した「株主と相談」という回答は、そこにどんな意図や背景事情があったにせよ、パブリックリレーションの観点でいう「正解」だったとは思いません。ですが、その回答に失笑する記者のみなさんにも疑問が湧いたし、「株主」という言葉でVCしか思い浮かべていなかったスタートアップ側だって、もっとできるコミュニケーションはあったのかもしれないともやもやしたのでした。そこを埋める方法はなかったのか、と会見後もずっと考えていました。

こういった乖離(かいり)をもっと埋めていくことが、メディアとして「日本の次の産業」のための情報を届けることになるのではないか。スタートアップにも本当の意味で価値ある情報を届けられるのではないか。スタートアップなんてもう「企業・組織」を指す言葉ではなく「手法・思考」を指す言葉になっていって、起業を加速し、スタートアップという存在が当たり前のものになっていくのではないかと考え始めたのでした。

DIAMOND SIGNALって、どんなメディアか

そんな思いも込めて今度は「僕」はなく、「僕ら」が運営してるDIAMOND SIGNALのことを、もう少しご紹介させて下さい。

DIAMOND SIGNALは「新たな産業の創出に取り組む「挑戦者」にフォーカスしたビジネスメディア」とうたってスタートしました。あえて、「スタートアップメディア」とうたうのをやめたんです。

テクノロジーを武器にして、新しいビジネスに挑戦する人、変革を志す人──“スタートアップ的”な思考でビジネスに取り組む方々にスタートアップの今を伝える。そして逆に、スタートアップの方々に対して、コミュニティの外の情報も含めて伝える。まだまだ完成形には遠いですが、そんなメディアを目指そうとしています。TCがスタートアップエコシステムのためにスタートアップのニュースを届けていたのであれば、SIGNALはもう少し広いビジネスパーソンとスタートアップをおつなぎしていきたいのです。

もちろん現実的なことを言えば、スタートアップの資金調達ニュースなどもコンテンツとして展開しますが、ただ「面」を獲るために速報を大量に載せていくのではなく、1社1社のビジネスモデルにまで触れることを大事にしようとしています。

スタートアップを社会、経済といった切り口でどう伝えて行くのかも試行錯誤しています。ノンフィクションライターの石戸諭さん、「稀人ハンター」として注目集めるライターの川内イオさんなどに、人や熱量を軸にした挑戦者の姿を書いていただいたりもしています。

今年度は、スタートアップやスタートアップ的思考のビジネスパーソン向けに武器となる、「学び」のコンテンツを増やしていくことも準備しています。

直近だと、LayerXの執行役員の石黒卓弥さんによるスタートアップ人事論、コーチングサービスを手がけるmentoの木村憲仁さんによるコーチングの手法を用いた若手マネージャー論などの連載がスタートしています。

またZ世代起業家でSNSの運用支援などを手がけるFinT・大槻祐依さんが、SNSを活用してビジネスを成長させる方々にお話をうかがう連載も始まっています。

同時に、挑戦する方々に寄り添いつつ、踏み込んで問題提起するということも忘れてはいけないと考えています。長年スタートアップを追ってきたメンバーがいる編集部だからこそ、その業界のチェックアンドバランスの一翼を担うことも大事だと考えています。

少し前にはなりますが、新興の制作会社とピッコマの関係性や、BluAge社の内々定取り消し騒動について、学生側のさまざまな意見にも触れた上でお伝えしました。

こういった記事は、業界の方からも批判をいただきます。友人には、「スタートアップ業界の文春」とやゆされたことがあります。文春のスタッフの優秀さを知っているので、そういう意味でも失礼ではないかと思ったのですが、それなりに踏み込んだ記事を書くことってメリットはそこまでないんです。もちろんページビューになることは多いですが、丁寧に裏取りして、ほかの記事を書く時間も寝る時間も削って、リスクまで取るのって割に合わないことが多かったりします。

あるとき同業の知人が、僕と同じ問題を取材していたとき、「コンテンツ課金につながる話じゃないから、問題があることは理解したけれども、それ記事にはできない」と話していました。業界誌出身の僕がジャーナリズムだなんだと偉そうなことは言えませんが、みんなが知っているビジネスメディアでも、そういった矜持とビジネスの間で板挟みになっているなんてことも少なくありません。

ただ僕はライブドアショックやリーマンショックを経て文字通り“焼け野原”の状態からスタートアップの取材をしてきたので、ガバナンスや倫理観の欠如でどんなことが起こるかは危惧するんです。ですが、テクノロジーとビジネスの両輪で新しいビジネスに挑戦する方々のことを伝えるという点では、伝統メディアよりフェアに、かつ建設的に伝えていけるところはあるんじゃないかな、と思っています。

特に今後は「建設的」の部分についても、どうコンテンツにできるのかを考えていきたいと思っています。この「ヤバい契約書」という連載も、スタートアップに起きたトラブルをただ報じるのではなく、それを学びや転ばぬ先の杖として備えるための1つのアプローチだったりします。

スタートアップをはじめとした新産業領域。そこで挑戦する人々の熱量からプロダクト、そして知見から課題、さらにはその解決手段まで、今は決して大きくないメディアですが、丁寧にお伝えしていきたいと思っています。

TCがスタートアップを日本に根付かせたのであれば、SIGNALはその根を大きく育てていくお手伝いができればいいと考えています。スタートアップが特別なものでなくなりつつあるからこそ、スタートアップを、社会や経済のメインストリームとつないでくメディアとして成長できればと思っています。あらためて応援いただければ幸いです。

【宣伝】本日無料オンラインイベントやります!是非ご視聴ください

そしてすみません。最後に宣伝です。

すでにサイト上では告知済みなのですが、DIAMOND SIGNAL初となるオンラインイベントSIGNAL AWARD 2022を本日開催します。

前述のとおり、これまでTCをはじめとしたメディアが、創業期のスタートアップのためのステージを作ってきて、そこから数多くの企業・起業家が飛躍していきました。

であれば、そのさらなる飛躍する距離を少しでも長く、大きいものにするお手伝いができないかと考えました。創業年数や現時点での事業規模だけにこだわらず、将来的に日本の経済にインパクトを与える事業に取り組む起業にスポットをあてたいというのがこのアワードの趣旨です。

本日のイベントでは事前審査を通過した20社からスタートアップに対して、革新性、成長性、持続性、市場規模とシェアという4つの観点で審査し、グランプリ、準グランプリ、編集部特別賞を発表する予定です。

そのほかにも以下の様なプログラムを準備中です。

  • メルカリ創業者で代表取締役CEOの山田進太郎さんによるキーノートセッション

  • アル代表取締役の古川健介さんYOUTRUST代表取締役の岩崎由夏さんNew Innovations代表取締役CEOの中尾渓人さんの3人による世代別起業論

  • ソニー・ミュージックエンタテインメントの屋代陽平さんFIREBUG代表取締役CEOの佐藤詳悟さんホリプロデジタルエンターテインメント代表取締役社長の鈴木秀さんによるエンタメビジネス論

  • 日本参入を決めているシンガポール発の電動キックボードシェアサービス・Beamの共同創業者兼CEOであるアラン・ジャンさんのトークセッション

イベントは初回ということで荒削りなところもあるかと思いますが、僕たちがどんなスタートアップをたたえたいと思っているのか、そしてどんなことに注目しているのか、すこしでも知ってもらえるとうれしいです。視聴は無料(アカウント数制限あり)ですので、よろしければぜひ!午後オンラインでお会いましょう!

(そしてイベント準備でここしばらくいろいろなことを引き延ばしてしまいました。明日以降ご連絡させてください)


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