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スーパーオーディナリー #曲からストーリー

巨人と阪神の選手、全員トレード

スマホのニュースサイトの見出しを何気なくつぶやいていると、寝ていた旦那が飛び起きた。

「え、なんて!」

ふだん寝起きの悪い旦那とは思えず、わたしはびっくりする。

「えっと、巨人と阪神の選手、全員トレード。っていうか、トレードって何?」

野球にまったく興味がないので、巨人と阪神という名前は聞いたことがあるけど、それがどうしたのかよくわからない。旦那はわたしからスマホを奪い取る。そして、カタカタと震えだし、嘘だろ……と声を漏らした。放心状態の旦那は天井を見つめながら、深呼吸する。

「ねえ、トレードって何?」

質問に答えてくれないので、もう一度聞いてみる。

「それでも俺は巨人ファンだ!」

意を決したように拳を握りしめてそう言っている。わたしの声は聞こえていないらしい。仕方ないので、「野球 トレード」とスマホに聞いてみることにする。

トレードとは、球団同士の合意のもとで、選手を交換すること。

と教えてくれる。
つまり、なんていうの、巨人と阪神の選手が全員入れ替わってしまうってこと?

「なんか、【君の名は。】みたいだね」

と男女入れ替わりのアニメ映画を思い出す。

「そういうことじゃないんだけど」

巨人ファンの旦那は困惑している。ついでにわたしは野球のよくわからないところを聞いてみる。あの、BSOって書いてあるやつ、ボールとストライクの表示は消えるのに、Oは消えない。あれが気持ち悪い。消えないならOの上に線を引いてほしい。あと、「残塁」っていうの怖い。永遠に塁にいるみたいじゃない? 残ってるんだから。ホームに返って来れませんでしたとか、進めませんでした、とかにしてほしい!

と日頃のうっぷんを晴らしてみると、ますます旦那は困惑したようで、腕組をして考え込んでしまった。

「うーん……よくわからないけど、おもしろいね」

「おもしろくなくていいの、なんとかしてほしいの」

と真剣に言うと、旦那はケラケラと笑いだした。笑いながら、「たぶん俺らが入れ替わっても、こうやって笑える気がするね」と言った。

「そう? わたしなんてなんにもないよ、すごいところとか、おもしろいところとか」

本当にそう思っている。生まれてこのかた、自分の取り柄なんてなんにもないなあって思い続けて生きている。それを思い出すと、どんよりとしてしまう。

「そうかな、取り柄しかないよ、俺にとっては。こうして、こうやってなんでもないことを笑い合えることは、君じゃないと成立しないんだから。誰より楽しくなりそうだから結婚したんだし。俺にとっては特別なんだよ」

と、あまりにも普通に、当たり前に、何か裏があるわけでもないように、旦那がそう言う。わたしの頬に涙が流れていると、感じる。

「えー! あ、そうか! そりゃそうか!」

としんみりしているところに、旦那が歓喜の声をあげた。

「今日さー、4月1日だったよ! エイプリルフールのフェイクニュースだってさ! よかったー!」

「さっきのセリフも、エイプリルフールのウソじゃないよね?」

と一応、確認してみる。

「さっきのって?」

ほんとにわかってないみたいにキョトンとした顔だ。日常はボールやストライクが付いたり消えたりするようなものかもしれない。

「いま、心の中のOの上に線を引いたよ。それでランナーをホームに返したから」

「ちょっとなに言ってるのかわからない」

「いいんだよ、それがわたしのすごいとこなんだから」

まあいいかという顔で、旦那はニコッと笑顔を向けた。

(了)


もしも巨人と阪神の選手が全員入れ替わったら君はどっちのチームを応援する?

「スーパーオーディナリー」作詞作曲/馬場俊英

からはじまる曲なので、どんな展開かと思われるでしょうが、普通であることが素晴らしいっていうミディアムバラード。

巨人ファンでもなんでもないですが(強いていえば新庄ファン)、大人の心をそっと包んでくれるような馬場俊英さんの歌が好きです。

ちなみにOの上に線がないのと残塁という言い方は、うちの妻が納得いかないところだそうです。

ということで、こちらはPJさんの企画「曲からストーリー」で書かせて頂きました!
2作目です、ありがとうございました♪

前作は毎週ショートショートnoteとのコラボで「江ノ島エスカー」でした〜↓


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