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【童話】ウサギのバイク

 そのウサギの成長は、まわりのウサギよりもたいそう遅いものでした。まわりのウサギが野原を颯爽さっそうとかけぬけていくとき、そのウサギはまだ、前足と後ろ足を交互に出すのに必死ひっしでした。そのスピードはカメと同じくらいなので、そのウサギはみんなから「かめきち」と呼ばれました。

「かめきち、今日はどこまでいこうか?」

 かめきちは、カメと仲良しでした。同じ速さで歩いてくれるので、いつでもいっしょでいられたのです。

「そうだなあ。今日はあの花のところまでいってみたいな」

 あの花のところまでは、100メートルほどあります。かめきちにとっては、とても長い距離きょりです。

「あの花まで? ずいぶんあるよ。お昼になってしまうんじゃない?」

 カメは心配になりました。その横を、かめきちの仲間のウサギがやってきました。そのウサギは「バイク」と呼ばれています。仲間の中でもいちばんに速く、バイクのようなので、そう呼ばれました。バイクはかめきちに「おはよう!」と声をかけました。かめきちも「おはよう!」とあいさつをします。

「今日はどこまでいくの?」

 と聞かれたので、かめきちは「あの花までだよ」と答えました。

「そっか、じゃあ、あの花をまないように気を付けるね! ぼくは山のほうに木の実を取りに行くから、お昼になったら戻ってくるね。いっしょに食べよう!」

 かめきちは「うん、ありがとう!」と手を振りました。バイクはぴょんぴょんと飛びね、あっというまに見えなくなってしまいました。

「速いね、ほんとに」とカメに言われて、かめきちは「うん、ぼくもいつかバイクみたいになるんだ」と笑顔を見せました。カメはそれにこたえるようにニコッと笑い、それから「よーい」と声をかけました。

 ドン!

 と、ふたりが同時に言います。かめきちとカメのレースのはじまりです。カメはゆっくりゆっくり足を出して進みます。同じくらいの速さで、かめきちも前足をゆっくり前に出しています。後ろ足はまだスムーズについてきません。ふたりは話しながら進みます。

「あ、かめきち、角砂糖かくざとうが落ちてるよ」

 カメが言って立ち止まると、かめきちも立ち止まりました。

「ほんとだ、おいしそう」

 と、かめきちは言うけれど、その角砂糖にはアリが一匹乗っています。アリは、かめきちに気づいて言いました。

「かめきち、これはおれのだぞ」

 かめきちは少し残念そうな顔をしました。それでも「うん」とうなづきます。

「でも、きみ一匹じゃ、それをまで持っていけないんじゃない?」

 かめきちに言われたアリは、それもそうかと思いました。そういえば仲間とはぐれてしまったと、アリは気が付いて、泣きそうになりました。

「巣はどこ?」

 と、カメが聞きます。

「あっちのほう」

 アリが指さしたほうに角砂糖の丘が見えました。たぶん他のアリが集めた角砂糖だ、あそこに巣穴がある。とカメとかめきちは確認しました。かめきちは角砂糖とアリをカメの甲羅こうらに載せました。

「出発!」

 かめきちたちは巣穴へとゆっくりゆっくり近付いていきます。角砂糖の丘に着くと、アリたちが待っていました。

「あ、帰ってきた!」

 仲間のアリたちの声が上がって、かめきちは角砂糖に乗ったアリを返しました。

「ありがとう!」
「どういたしまして!」

 かめきちとカメは笑顔になって、またゆっくり進み出しました。しばらく進んでいくと、紙が落ちていました。その紙を、かめきちが拾いました。その紙にはこう書いてあります。

【キリギリスのバイオリンコンサート】

 どうやら、そのコンサートのチケットのようです。

「コンサートだって!」

 と、かめきちは喜びます。かめきちは何より音楽が好きなのです。開催場所かいさいばしょはこの先を少し行った草むら。かめきちはワクワクがとまりません! 

「あ、すみません」と声をかけられたのはそのときです。カマキリのカップルでした。

「それ、ゆずってもらえませんか?」

 かめきちとカメは顔を見合わせました。どうする? という顔をしています。カマキリのカップルは泣いています。

「チケット、家に忘れてしまって……。すごく楽しみにしてたのに、さっき気づいて、けんかになってしまったんです……」

 かめきちはチケットをカマキリにわたしました。

「ぼくのじゃないので、いいかわかりませんが、あなたたちに必要ひつような気がするので」

 かめきちはニコッと笑いました。カマキリのカップルは深くおじきをして、「ありがとう」と何度も言いました。かめきちは、ふたりを見送って手を振りました。

「ほんとは、残念なんじゃない?」とカメが聞きます。

「うん、でも……、行こう」

 かめきちたちは、またゆっくり歩き出します。角砂糖もないし、コンサートも聞けなかったかめきちは、少し疲れていました。ペースはカメより遅いくらいです。カメについていったかめきちの前に、仔猫こねこがいました。仔猫は「あそぼう」とかめきちに言いました。

「ごめん、ちょっとつかれてるんだ」

 そう言ってもおかまいなしに、仔猫は「あそぼう」と言って、かめきちの足を触ってきます。

「おうちは?」とかめきちが聞くと、仔猫は「おかあさん、死んじゃったから」と言いました。かめきちは「そうなのか」と小さな声で言って、仔猫を抱きしめました。仔猫は猫なのにわんわんと泣いて、それからしばらくしてそっとかめきちからはなれ「もうだいじょうぶ、ありがとう」と言いました。
 
 仔猫は飛び跳ねるように背中をむけて、かめきちたちのもとから去りました。かめきちはしばらくその姿をながめました。

「休もうか?」

 と、カメが言いました。かめきちは首を横に振ります。「じゃあ、ちょっと先に行ってるね」と、カメはのろのろと歩いて行きました。少し先を行ったカメは、水たまりを見つけました。

「かめきち! 水たまりがあるよ!」

 カメは大きな声を出してかめきちのほうをふりむきました。ふりむいた先で、かめきちが倒れています。

「かめきち! かめきち!」

 必死になってカメはかめきちのほうへと歩きます。だけど、どんなに必死でもすぐにはたどりつけません。あー、こんなときに! どうしてこんなにおそいんだ! カメは泣きながら向かっていきます。

 その横を颯爽と「バイク」がやってきました。木の実を持ったバイクを見ながら、カメは、あー、救世主きゅうせいしゅだ、これこそヒーローだと思いました。

「かめきち、これ食べな。すぐに元気になるから」

 バイクは木の実を、かめきちに食べさせてあげました。カメはやっと追いついて、心配そうに「かめきち」と名前を呼んでいます。名前を呼ぶことくらいしかできないのかと、カメの涙はとまりません。

「……ああ、カメさん、バイク、ありがとう」

 かめきちは目をましました。

「いま、夢を見てたよ……。あのね、角砂糖を食べてね、コンサートを聞いてね、仔猫と遊んで、カメさんとあの花まで競走きょうそうする夢。楽しかったなあ……」

 バイクは、ニコッと笑いながら、言いました。

「かめきち、それ夢じゃないよ。ゆっくり歩けるから、素敵すてきなものを見れるんだね。ぼくにはかめきちがうらやましい」

 かめきちは来た道を振り返りました。角砂糖の丘の上から、アリたちが手を振っています。キリギリスのコンサートの音がこえてきたのは、カマキリと仔猫が草むらの草を切ってくれたからで、かめきちが目覚めたのは、カメが名前を呼んでくれたからだと、かめきちはわかりました。

「ありがとう。またあした、あの花を目指そう、またね、カメさん」

 かめきちはバイクの背中に乗ります。バイクはぴょぴょんと走り出しました。  

(完)

約3000字


漠然と童話を書きたいなあと思っていたところに、こちらの企画あったもので、応募させて頂きます。よろしくお願いします!

発達ゆっくりの我が子が生きる世界が、どうか優しさで溢れていますようにと祈りを込めて書きました。

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