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四万十での日々

朝起きて外を見たら、宿のホストのJeffryが畑で何か野菜を取っていた。昨日の夜に到着した時は真っ暗で何も見えなかったけれど、朝日に照らされた大きな窓には、真っ白な太陽の光と、ぼうぼうと生い茂った庭と、もっさりとした山々がうつっている。


ここは高知県四万十市にある古民家の離れで、小さなキッチンとシャワー室と、ふかふかなベッドが2台、それから小さなダイニングテーブルがある。コンパクトだけど、天井がすごく高くて、ちょっとさむい。

手作りの草履が置いてあったことを思い出して、急いではいた。歩く度にハタハタと床をならす音が心地いい。

ストーブをつけた。小さくぼっとなって、石油のいい匂いを吸い込みながら、あったかくなるには時間がかかりそうだなと思った。
朝日が床にきれいにうつっている。
雑にトレーナーを着て、コーヒーをがりがりひいて、飲んだ。寒さがより、コーヒーの味を濃くしているように思った。

外を眺めていると、Jeffryがこちらに気づいて、恥ずかしそうに手を振った。

のんびりお話したあと、朝ごはんをつくってくれた。キッシュとサラダとパンと、さっと野菜をいためたもの。とてもおいしくて、なにより贅沢だなと思った。家の前の畑では野菜や果物を育てていて、朝ごはんもすべて育てた野菜で作ったんだと言った。時々お隣のおばさんが、おすそ分けしてくれたりして、大体の食べ物は自給自足しているとのこと。


自分が昔、民泊ホストをやっていたころの話をした。どうやって物件を探したのか、買ったか、借りているのか、コロナ渦で経営はどうなのかなど、気になって聞いたりした。私がやっていた民泊は、コロナがはじまったこと、オーナーご夫婦に子どもが生まれたことにより、わたしがホストをやめたと同時にクローズした。

四万十には、空き家がいっぱいあるらしい。
たしかに、Jeffryさんの家の周りには、もうボロボロになってしまった家がところどころにあった。
「あそこは元々は佐藤さんの家で、あのとなりはお風呂です。薪で湯を沸かすために、あそこに薪がまだ残っています」
なんともったいない、と思ったりなどした。

四万十へのアクセスは中々わるい。アクセスが悪い場所にあるものは、とても魅力的に見える。魅力的なものが、だれの目にもふれられず、魅力的なまま存在している。活用しきれていないとか、もったいないとかいうけれど、そういう場所であるからこそ、すごくロマンを感じてしまう。
「なんで四万十に移住したのですか」と聞くと「四万十はいい場所だから」というあっけない返事を返される。
ぼーっと時間が過ぎていく。


「いつか別の場所や、別の国に移り住むかもしれないけれど、今は今の暮らしが好きだ。ずっとは無理かもしれないけれど」と言っていた。

今の暮らしが好きだ、という言葉は、今の暮らしが完璧だ、という意味ではない気がした。そこには、色々とうまくいかない、思い通りにはいかない不完全さも含んでおり、それでもなお自分の暮らし、自分の人生が、今がいいなと思っているんだと。不完全さを愛していることは、すごく美しいなと思った。

いい空気が、いい音楽が流れていて、いい景色の中にいること。自然でいること。自然の流れの中にいること。無条件に幸せを感じられること。
わたしは時々、完璧じゃないことを憎んでしまうから、色々あるけれど、いい部分を素敵だと思えるような人間になりたいと思った。

朝食を食べ終えたら、少し散歩に出かけた。
庭の周りに小さな小さな焚き火台があった。前のオーナーさんが置いて行ったものらしい。天気のいい夜には、時々火を付けておしゃべりをすることもある、と言っていた。
小さな花壇にはちらほらと鮮やかなお花が咲いていて、ところどころに古いランタンが置いてあった。
蓮の花、椿、ミカンの木、黄色い花のなる木、ぼうぼうとした雑草たち。庭は、宇宙のようだった。

四万十の旅の中で、「暮らすように旅をする」「旅するように暮らす」ことを思い出した。それは、数年前に2年半ほど、民泊のホストをやっていた日々の中で得たものだ。毎日変わらない平凡な暮らしの中に、遠い国からの新しい人々との出会い、という異質な体験が混ざり合って、暮らしてるのか旅しているのかよくわからなくなる、あの感覚だ。

旅では、人々の暮らしを、物理的には近くから、でも感覚的にははるか遠くから見て感じられる、時間の余裕がある。そこでの暮らしを想像することは、暮らしのど真ん中にいると中々できない。「暮らすように旅をする」ことで、「旅するように暮らす」感覚に立ち返えることができるのかもしれない。


帰り際、わたしのハコバンを見て、Jeffryはいい車だねと褒めてくれた。サーフィン用具を運ぶのに快適な、業務用のバンをレンタカー屋で借りたものだったけど、なぜか褒められたことがすごく嬉しかった。聞くと、彼の車はかなり古く、ルーフにサーフボードを積むと水が車内に滴ってしまう、大きめな穴が空いているんだそう。そんなことあるんだと笑いながら、次もまたハコバン借りて来ます、と伝えた。

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