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冬の精霊の帰る場所

*第二回The cool noter賞の海外部門にて受賞した作品です*

最後にあの地を訪れたのはもう10年も前になる。
その間に幾度となく再訪しようと思っては挫けた。
再訪できないのには理由があった。

私が失ってしまったから。
あの時の輝きを、あの時のピュアさを、あの時見ていた世界を。

息が白くなり、ハラハラと雪が舞い落ちる頃になると想う。
彼はまだあの地にいるだろうか。

冬の精霊の帰る場所「シュティカ(Sutikalh)」に。


BC州の山深い「ミドル・オブ・ノーウェア」にシュティカはある。

かつてこの地はスキーリゾート開発の危機にあり、その地を聖地として守っている地元のファーストネーションの有志が、深く美しい森の中に掘立て小屋を立て、電気も水道もない完全オフグリットな暮らしをしながら土地を守っていた。

当時、スピリチュアリティやサステイナブルな考え方にかなり傾向していた私は、アクティビストである友人に連れられシュティカを訪れた。

ファーストネーションの有志、と書いたけれど、実際は「ユビ」という1人の戦士が1人で暮らし、仲間たちが食べ物や生活用品を供給しにくる、というスタイルをとっていた。

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  シュティカを訪れる時にはみんなで食事を作る

ユビは、当時で50歳くらいだったと思う。
白髪の混じる三つ編みをベレー帽からのぞかせ、中肉中背の愛くるしい感じのする人。ただ、ふしばったゴツイ手が自然と共存する生き方を選んだ者であることを物語っていた。

話し方はとてもゆっくり。

あまりにゆっくりなのでその行間に耐えられず、慣れるまではつい口を挟んでしまうものだった。

彼の話は常にシンプルで、そして「全て」だった。

「人生はシンプル。働いて、食べて、寝る。それだけさ」

「この森には21種類のベリーがある。ベリーを育てる小川があり、その小川やベリーそれぞれを必要とする動物がいる。必要なものが必要な場所にある。それ以上でも、それ以下でもない。全て完璧に循環しているんだ」

「ここにはシャワーがないからね、僕はその小川で水浴びをするんだ。水浴び(bath)をするたびに生まれ変わる(birth)。そういうつもりで入るんだ」

彼の話があまりにシンプルなので「だけど」や「でも」を挟む余地がなかった。

暖炉の上でシュンシュンと音を立てるやかんの煙を追うともなく追う。

ユビが残した余韻の中で私はしばらく漂い、頭に浮かんだ陳腐な言葉をその中で溶かしていくのだった。

シュティカからの帰り道はいつも、しばらくぼうっとしてしまう。
それはいい意味で「不在」であり「極限までの今」を味わっているとも言える。だからか、家に着き「普通の日々」に戻った翌日は、何だか泣きたい気持ちになるのも常だった。


シュティカを最初に訪れてから2年が経った頃。
雪と雪の合間のよく晴れた冬のある日、届け物も兼ねて1人でふらっとシュティカを訪れた。

そこにはいつもと違う雰囲気のシュティカがあった。

土間のシンクには洗い物が山積み。
いつもは加湿器がわりの煮立った鍋が乗っている暖炉の火も弱かった。もともと殺伐とした場所ではあったけれど、殺伐さに苦しさが垣間見えた。

ユビは怪我をしていた。
薪割りの際に雪で足を滑らせ膝を負傷したとのことだった。
雪が続いたせいで仲間も来ず、動けず、火もろくにたけない。
聞けば暖炉でじゃがいもを3時間茹でているという。
つまり、芋が煮え切らない程度の火しかおこせていないということ。

そんな時に現れたのが、役に立たそうな日本人の若い女だったことは、ユビにとってラッキーだったかどうかはわからない。

オフグリッドの冬の暮らしは暖炉が生命線だ。

洗い物一つにしても、どんなに水がきれいでも、氷水では汚れが落ちない。
今の私だったら、薪を割り、乾いている場所に移動させ、川に水を汲みにいき、火を起こした後に数食分の食べ物を作るとか、もっと機転が効いたヘルプができていただろう。
しかし、当時は暮らしに関する知恵と想像力が足りなさすぎた。

結局、洗い物くらいは何とかやったが、薪の手伝いもせず、みやげに持参した寿司をのんきに一緒に食べた。ユビは何も言わなかった。

その代わりといってはなんだけれど、当時エネルギーヒーリングを学んでまもなかった私は、ユビにヒーリングを申し出た。

ユビは快く受け取ってくれた。

しかし。

習いたてのエネルギーヒーリングを送りながら、しばらくしてユビが言った。

「君のその指輪。君は、もっとパートナーを大事にしたほうがいい。彼がいるからこそ今の君がある。そのことを忘れないで」

当時、彼氏だった今の夫とのことを言い当てられた。このまま結婚していいのかどうか迷っていたのだ。

「今日、誰かが来ることはわかっていた。カラスが鳴き、山の上に虹が出たからね。君だとは思わなかったけれど」

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「ユビ、私もその虹を見たよ」

私はまたしても、ユビの放つ言葉の余韻の中で漂い、そして泣きたい気持ちになった。

「ヒーリングしてあげたい」なんて偉そうに思った自分を悔いた。

ユビが本当に必要としていたのはヒーリングよりスシよりも、薪を割る手、食事を作る手、力仕事のできる手だったのに。

ヒーリングされているのは私の方なのだ。いつも。


それから数回シュティカを訪れたのち、シュティカがスキー開発の危機から守られたと人伝てに聞いた。

その間、私は引っ越し、親になり、当時は彼氏だった夫とともにビジネスを始め、住宅ローンを組んだ。支払いのためにやりくりし、子育てに終われた。

ふと、シュティカのこと、ユビのことを思い出し、赤ちゃんを連れて行ってみようか、と思うことも1度や2度ではなかった。

でもついに足が向かなかった。

経済社会の中で立ち回れば立ち回るほど、どんどん薄くなっていく感覚があった。

ユビに会ったら、がっかりされるのではないか。

そう思うと行けなかった。

その代わりにドネーションを送った。
お金でしか気持ちを示すことができなかった。

「You are more than welcome. Anytime」

ユビはいつも私に言ってくれたのに。



シュティカは守られた。

冬の精霊たちは心おきなくシュティカに戻ってくることができる。

毎年冬がくるたびに思う。

今頃、冬の精霊たちは戻ってきているだろうか?

その姿をハラハラと舞い落ちる雪に重ねる。

そして、

「ありがとう」

と、つぶやく。心から。


シュティカ25



追記:カナダのファーストネーションもアメリカや他の国と同様、言葉や文化を奪われ、特定の居住区で暮らしています。お酒やドラッグの問題などたくさんの問題を抱えていることも多く、ユビもまたそういう生い立ちがあったそうです。自然や文化を守るために活動しているファーストネーションの人たちも徐々に増え、今では公立学校でも授業として取り入れられるようにはなってきました。しかし、未だたくさんの問題があります。

シュティカのブログ

ユビについての新聞記事
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