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Raincouver 〜February メープルベーコン攻防〜

口に入れた瞬間に「ああ、しまった」と声が出た。
普通のベーコンだと思ってよく見ずにカゴに入れてしまった。失敗した。

ベーコンの肉肉しさと塩っぽさと同時に、メープルのあまーくて、芳醇な香りが口の中に広がる。

パッケージを見ると「Maple Flavoured Bacon」と書いてった。

ちょっと前に流行ったソルトキャラメル的な?
あまじょっぱい的な?

いや、なんかそれとは違うんだ。
クセになりそうでならない、ワタシ的にダメな味。

それならそういうことで食べなければいいじゃん。と終わりにしたいところなのだけれど、そう簡単に終われないので困っている。



しばらく前のことになるのだけれど、この私にも、ついに「in relationship」と言える彼ができた。

「Plenty of Fish(釣りたい放題)」いう出会い系サイトに登録してみたものの、キャッチ・アンド・リリースばかりで(相手もそう思ってるだろうけど)、なんの釣果も出会いもなかった1年が嘘のように、私は今、マットとin relationshipなのだ。

マットは私が働く日本食レストランの常連だった。
いつもようにたわいもない会話をして、注文を取り、運び、彼が食べた食器を片付けた。

そのテーブルに、手書きの携帯電話と思われる番号が書かれた名刺が置いてあった。

なんて古典的な!
と、名刺を持ったままフリーズしてしまったその日が、バレンタインデーだったことに気づいたのは後になってからだった。

紆余曲折、早送りして、今に至る。

カナダ人は「告白」という文化がない。
年齢にもよるのかもしれないけれど「僕の彼女になってほしい」というようなはっきりした言葉がない分、一緒の時間をしばらく過ごしてから、お互いOKだと思ったら彼氏、彼女という表現変わっていったりする。

というわけで、今はまだ、彼氏?という域に入りそうで入らないフラジャイルな関係ではあるものの、週末に彼の家に行って、ご飯を作ったり、映画を見たり、会っていないときは「おはよう」「おやすみ」と、テキストメッセージをしあうような仲になり、最近は「I miss you」が加わったので、これは「in relationship」と呼んでもいいのかなと思っている。

そして、ようやく本題に戻るのだけど、このマットが、カナダ東部の出身で、例のメープルベーコンを愛してやまないのである。

メープルシロップがカナダの特産品であることは、言わずもがな、カナダ人(特に東部)が肉料理にもメープルシロップを使うことはあまり知られていないように思う。

つまり、日本人とってのソウルフードは「白いご飯に味噌汁、納豆、お漬物」なわけだけど、彼バージョンでは「メープルベーコン、スクランブルエッグ、サワードウブレッド、ハッシュドポテト、ケチャップ」なのだ。

最初のうちは、お互い遠慮があったのもあって、「へえ〜面白いね!」「好きじゃなかった言ってね。無理しないでね」なんていいながら、それぞれの好きな食事を作りあった。

だけど、2回目か、3回目だったと思う。
煮干しで出汁を取った味噌汁を出したとき、混じってしまった煮干しの身を見て彼が言った。

「....Dead fishが浮かんでる。。。ごめん、これは食べられない。日本人はこのDeadfishも食べるの?」

と、明らかに嫌悪感を浮かべる彼。

「食べるけど...」

煮干しが、Dead Fish?まあ、確かに。。。。。
なんだろう、このちょっと刺さる感じ。。。

その後の句を継ぐのにしばし時間がかかった。

なんだか彼のリアクションが思ったりよりショックで、同時に

ああ、太平洋を隔てた分だけ、私と彼との間には縮まらない距離がある。

と気がついてしまった。

煮干し事件を皮切りに、あんぱんを食べる私を見て「豆を甘く煮るとかちょっと受け入れがたい」とか、「日本人は醤油の匂いがする」だとか冗談とも本気とも取れないことをちょいちょい口に出すようになってきた。

まあ、上の2つはまだ理解できるとしても、いわゆる生クリームと苺を乗せたショートケーキを作ったときには「甘さが足りない」という、謎のフィードバックが返ってきて理解に苦しんだ。

私だって反論したい。

だって、マットにとっての煮干しは、私にとってのメープルベーコンだ。
なんにでもかんにでもメープルシロップかけやがって!しかもそこにケチャップ!と言いたいところをグッと堪える。

しかも、カナダのケーキの甘さといったら、砂糖で歯が溶けるか、血糖値が急激にあがりすぎて倒れるのではないかと思うほど甘い。
わたしにとっては「甘さが足りない」の対局にある味なのだ。

rudeにならないように「unique」という言葉で括る本音。

半分冗談で、半分本気なのがわかるだけに、痛い。

お互いの文化をリスペクトしつつ、譲れない一線を探り探りの攻防戦。

少しずつお互いに慣れていけたらいいなと思うけれど、いつか本音でぶつかりあう時が来るだろうなとも思う。
他に好きな人ができた、とか気持ちが冷めた、とかそういう話じゃないだけに、どういう展開になるかが未知数すぎる。

とりあえず、今は、間違えて買ってしまったメープルベーコンをどうするかだ。
マットと一緒にいる時に出すのはシャクだから、一人で地道に消費することにする。

太平洋を隔てたスシとメープルベーコンの共通点を探して。

****☺☺☺****
カナダで暮らして20年。たくさんの人達と出会い、永住する人、帰国する人、そのあいだの葛藤と希望を見てきました。
「永住するってどういうこと?」をテーマに、オムニバス形式で、限りなくノンフィクションに近いフィクションを綴っていこうと思っています☺
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