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好きな写真について #31

父と母と一緒に喫茶店で桜を見た。

お昼に子どもたちと近所の公園で走り回った後、妻と子どもたちは習い事に出掛けた。実家に用事があったボクは、その時間を活用することにした。LINEで「あと1時間後くらいに家に行きます」と母に連絡すると、「駅まで迎えに行こうか?」とすぐに返事があった。ボクは、「桜を撮りながら向かいます」とメッセージを送った。「はーい」という返事を見ると、迎えに来てもらった方が良かったのかなと思ってしまう。

踏切を渡って一つ目の交差点にある桜はすでに満開だった。今年は開花が例年より遅れたけれど、この数日で暖かくなったこともあり至る所で桜が遅れを取り戻そうと本気を出している。首からぶら下げていたカメラで写真は撮らなかった。とても綺麗だったのになぜだろう。少し歩くと、誰かが犬の糞を踏んでしまった跡が残っていた。切ない。

2つ目の信号を渡り狭い路地に入ると、母が通っていた美容室がある。ボクが小学生の頃からあったから、店主さんはもう還暦を過ぎているはずだ。入り口の上にある店名を書いた雨避けの屋根は、破れて吹き飛んでしまったのか無くなっていた。誰も怪我しなかっただろうかといらない心配をしながら、営業中の札がぶら下がっているガラス戸の奥を見ると、店主さんが外を見つめていた。一瞬目が合ったように感じたけど、僅かなことだったし、ボクの目のピント合わせが追いつかなかったから、店主の姿は霞んだままだ。

玄関を開けてただいまと言うと、「お茶飲む?」と聞かれたから、「お菓子は何かある?」と聞いた。「雪の宿とか、パリンコでいいか?」と明るい声が聞こえくる。手を洗い和室に行くと、かっぱえびせんと、おかきも机に用意してくれていた。ボクは雪の宿を2枚食べて、お茶を飲んだ。用事はあっという間に終わり、16時前だったから、「桜が見える喫茶店に行く?」と母に聞いてみた。父はよく1人で外食しているようだけど、母は外で食べる機会が少なくなっていることが以前から気になっていた。「近所の桜は5分咲きやったからな」と母は言いながら、2階に居る父の元へ一緒に行こうとお誘いしてくれた。

久しぶりに3人で行く喫茶店。店内から桜が見える席に運よく案内してもらえた。母とボクはケーキセットを頼み、父はハニートーストと珈琲を注文した。食事が届くまでの時間に、子どもたちの写真や動画を見せながら近況報告をした。ついでにボクの写真の話をすると、めちゃくちゃ喜んでくれた。まだ確定していないから流れてしまうかもしれない仕事の話だけど、父が「誰でも撮れる写真やけど、どれを選択して公開するかが腕の見せ所やな」と評論家気取りのコメントをめちゃくちゃ良い笑顔で言ってくれた。桜を撮るより、何倍もその表情を撮れたことが嬉しかった。父と母の2ショットもさりげなく撮った。こういうときに撮る写真がボクは大好きだ。改めて写真を見ると、父の顔のシワが結構増えている。

両親にカメラを向けるのが、怖いと感じた時期もあった。正直、今日もその感情が無かったわけではない。だけど、ボクの写真のことを同窓会でも話したそうにしている父と話をしていると、もっと撮れるようにしたい。勉強も音楽も仕事も程々のボクは、親にとっては何も誇れるようなことのない息子だったと思う。だからこそ、ボクが自信をもって取り組んでいる写真で感謝を伝えたい。エゴかもしれないけれど、親になって感じていることがある。それは「子どもが楽しそうに取り組んでいることを、親は理由なく応援したくなる」ことだ。

ボクのゴールデンウィークの予定が一つ埋まった。好きな写真が撮れるといいな。

写真や旅のことだけじゃなく、今ボクが気になっていることをnoteに書いています!読んでいただきありがとうございます!