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LORENZO VITTURI 『DALSTON ANATOMY』 (2013, SPBH Editions)

イタリア人写真家であり、彫刻家のロレンツォ・ヴィットゥーリの出世作である本書は、イースト・ロンドン、ダルストン地区のリドリー・ロード・マーケットを題材にしている。西アフリカからトルコ、イギリス、中国など多様な文化がミックスされたマーケットのカルチャーに魅了されたヴィットゥーリは、この地にアトリエを構え、7年間にわたり居住しながら、この作品を制作した。

テレビで旅行番組を見たり、YouTubeで検索したりすれば、どこかの街が映し出され、グーグルストリートビューを見れば、その街を歩いているかのような体験ができてしまう。現代はそんな時代であり、見知らぬ地への旅への憧憬は薄れがちかもしれない。そんな時代にあっても、ヴィットゥーリによるマーケットの風景写真、ポートレイト、マーケットで扱われているモノ、そのモノを組み合わせた造形物、ポートレイトにモノを重ね合わせ撮影されたコラージュ写真には、とても惹きつけられる。それは、肌感覚が凝縮され、ネット検索では知りえない現場の膚接的ディテールで埋め尽くされているからだと思う。

タイトルをANATOMY(=解剖学)としていることからも作者の意図はよくわかる。この多様な文化的背景を持つ都市空間に存在する、人物、テクスチャー、素材、形、色の写真を撮る、あるいは採集することは、アイデンティティを分解することであり、そのうえで重ね合わせ多重化したり、新しい造形物を作り、そこに現れる構造を観察・記録している。 この多重化や造形の過程は、作者による「自己投影」でもあり、そのことが色鮮やかではあるが平凡な、食材や布などを不可思議な造形物へと変化させる「異化作用」を生み出している。

グローバリズムと商業主義に支配された世界は、効率化と均質化に覆われることが宿命となっている。例えば、横浜の中華街は150年以上の歴史を持ち、東アジアで最大の中国人コミュニティとなっているが、近年では初期に移民してきた「老華僑」に変わり、1978年に始まった中国の開放改革路線以降に移民してきた「新華僑」が増え、いわゆる老舗中華料理店が姿を消す一方で、「新華僑」が経営するチェーン店的な均質で経済性を求めた店舗が増えた。西アフリカを中心とした多文化主義の象徴である、このリドリー・ロード・マーケットも例外ではなく、再開発の波は押し寄せているようだ。果物や野菜などが主要な構成要素となっている彫刻作品は、日々変化し、すぐに朽ち果ててしまうことからも、ヴィットゥーリのプロジェクトでは、その「変容」も主要なアイデアとなっていることがよくわかる。リドリー・ロード・マーケットも今後5年、10年のうちに消滅するかもしれない。この写真集は、そんな移ろいやすいコミュニティのいまを、鮮やかなままにパッケージした魅力的な写真集となっている。

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