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<旅行記(外典)>行った国、行ってみたい国(月と火星に行きたい)


#行った国行ってみたい国

 noteの「お題」にあったので、ちょっと参加してみようか?と思い、適当に書いてみます。細かく書くと長文になるので、箇条書きにしました。

1.行った国

(1)アメリカ(NY、ワシントンDC、アトランタ、マイアミ、オーランド、ジャクソンビル、ペンサコーラ、ケープカナベラル)
 みな仕事で行った場所ながら、ケープカナベラルだけは家族旅行の途中(オーランドのディズニーワールド及びユニバーサルスタジオの帰路)立ち寄った。簡単に言えば、ハリウッド映画の世界を目の前で見られた感じ。モーターウェイ(ハイウェイ)が心地よい。

(2)バハマ
 家族旅行で行った。火事になる前だったので、有名な藁でできた市場を見学できた。アトランティスというカジノ兼ホテルの巨大なプールとカリブ海の信じられないくらいに透明な海に、妻と子供は大喜びだった。

(3)NZ(ウェリントン、オークランド、クライストチャーチ)
 これも仕事がらみだが、13年後にセンチメンタルジャージをして、旧友に再会、そして永遠の別れ。わが青春のラグビーに励んだ地。また、最初の海外勤務地だったので、第二の母国と勝手に思っている。

(4)バングラデシュ(ダッカ、チッタゴン)
 NZの次に転勤した場所。当時はユニクロもなにもなかったが、一部のヨーロッパ系縫製工場の下請けは稼働していた。NGO・国連・国の援助合戦の場所だった。南北問題の真相に触れた気がした。

(5)インド(ニューデリー、チェンナイ、バンガロール、ポンデシェリー、コチン、ハイデラバード)
 ここは、バングラデシュから帰国した後の次に行った三番目の海外勤務地。ここでもラグビーをやったのだから、自分でも驚いている。ハイデラバードは、ラグビーの大会のために夜行列車で行った。インド文化なるものの理解が少し深まった。また、カレーは毎日食べられない自分を発見できた。

(6)パキスタン(イスラマバード、カラチ、モヘンジョダロ)
 勤務した場所ではないが、長期出張で訪問した。インドとの違いよりも、寒々しかった思い出が強い。

(7)スリランカ(コロンボ、シギリア)
 パキスタンの後に出張で行ったので、南の島の陽光と、仏教徒のおとなしさが嬉しかった。シギリアの岩山の宮殿跡にある階段は、かなり錆びて危なかったので、無事で帰れてよかったとつくづく思う。途中朝食代わりに食べたガーリックブレッドに、生のガーリックスライスが載せられていたのは、まさにカルチャーショックだった。

(8)タイ(バンコク、ロッブリー)
 買い出しでバンコクへ数回行き、知人に連れられてロッブリーにも行った。ロッブリーは貧しい東北地方の一部だと思っていたが、今回再確認して、バンコクに近い地域だと知った。日本で言えば、群馬県のようなものか。

(9)シンガポール
 買い出しで数回。仕事で数回。家族旅行も数回。安心して観光できるが、忙しないし、物価が高い。もっとも1990年頃は物価も安くて過ごしやすかったが、既に大昔のことになってしまった。

(10)フィリピン(マニラ)
 仕事で数回いった。ダグラス・マッカーサーが泊まっていたスウィートを見学できたのは面白かったが、ただそれだけで、特別な発見はなかった。日本料理屋が沢山あって、海外という感じは少なかった。試しに食べたフィリピン料理は、マレー料理と似ていた。

(11)マレーシア(クアラルンプール、ペナン、コタキナバル、ラブアン島)
 皆仕事関係。ラブアン島は、戦時中は野田島と称して日本軍が占領していたが、連合軍の艦砲射撃で島の形が変わるくらいに攻撃され、多くの日本人将兵が戦没した。今でも幽霊が出ると地元の人は言っている。どこにも日本の戦前戦時遺産があり、また日本文化が浸透していて、イスラム教でなければ住みやすい国だと思う。コタキナバルはオラウータンなどの野生動物が沢山いた他、キナバル山は神の山に相応しかった。

(12)ブルネイ
 これも仕事で行った。なんにもない小さな国。あるのは石油と天然ガスだけで、日本のお得意さん兼資源の要所。王妃用の動物園とナイター付きのゴルフ場が二つずつ、来賓用の迎賓館が十数個あると聞いた。

(13)オーストラリア(シドニー、ブリスベン、パース)
 物価が高いのが一番の思い出。意外と15人制ラグビーは人気がなく、オーストラリアンルール(日本ではなぜかオージールールという蔑称を使っている)が、一番盛んで、公園で子供たちが飽きずに遊んでいる姿を良く見かけた。

(14)ヨルダン(アンマン、アカバ、死海沿岸、ワディラム)
 ここも仕事だったが、アラブとイスラム社会の教養を深められたことが大変に良かった。アラビアのローレンス、国王は唯一残るマホメットの一族(ハシュメテ家)、ビールやワインを作っていること、キリスト教オーソドクスが多いこと等を多々勉強した。ワディラムの砂漠で宿泊したことと死海で浮いたことは、良い体験だった。なお、アンマンは(ヨルダン川西岸から逃げてきた)パレスチナ人の街だと言っても過言ではないことを知った。

(15)ルーマニア(ブカレスト、ブラショフ、コンスタンツァ)
 最後の海外勤務地。東欧という地域は、文化的にも深いものがあるが、それを実感した。他民族・多人種の国で、いうなればアメリカのような存在だと思った。ローマ時代、ビザンチン帝国時代、そしてハプスブルグ・オーストリア時代の遺跡や史跡はとても面白い。大学時代に学んだドラキュラのブラン城にも行けたのは、一種のセンチメンタルジャーニーだった。

(16)英国(ロンドン、湖水地方)
 仕事がらみでロンドンに数回行き、また湖水地方(ピーター・ラビットの作者の地)は家族旅行だった。やはりイギリスは暗く天気が悪かった。そして、意外と料理が美味かった。観光用二階建てバスの運転手に道を聞いたら、親切に案内してくれた。たぶん彼は生粋のイギリス人ではなくヨーロッパ大陸からの移民なのだろう。

(17)フランス(ニース、モナコ、マントン)
 ここは純粋に家族旅行だった。私はマントンにある、ラグビーを最初にプレーしたというウィリアム・ウェブ・エリスの墓を訪ねたかった。妻は、ニースのフランス料理、モネ美術館、ローマの遺跡が目当てだった。ローマ遺跡にいたとき、上空にUFOが飛んでいたのが写真に残っている。モナコは、妻が水族館を見るためだった。昔の潜水服がまるで中に人がいるように見えたが、多分霊がとりついていると思う。しかし、地中海は美しい。早朝の海で泳ぐ若い女性がいた。まるで人魚のように見えた。

(18)スペイン(マラガ)
 家族旅行。ピカソの生地。市場のワインとつまみ。バルのビールとワイン。トマト料理。いわしの炭火焼を丸ごと食べてしまって、お腹を壊した。ピカソの生家近くの広場でマラゲーニャを踊る女性がいた。芳醇な時間が流れていた。

(19)エジプト(カイロ、ナイル川沿岸地域)
 カイロの昔の博物館とナイル川クルーズ。カイロの市場。ギザのピラミッド。一番良かったのは、クルーズ船から見た夜明けのナイル川。小舟がゆっくりと移動していくのを見た時、人類の歴史を肌で感じた気がきた。アガ・カーンの巨大な墓を小舟の上から見た。競馬好きにはたまらない人物だ。もし彼がいなかったら、世界のサラブレッドはきっと寂しくなっていたと思う。

2.行ってみたい国

(1)アイルランド
 聖母が降臨したノックスを訪ねる。ダブリンの街をジェイムズ・ジョイスのように徘徊し、パブでギネスを飲む。博物館でケルト組み紐文様の聖書(「リンデスファーン」)を見る。

(2)フランス
 ルルド。ここも聖母が降臨した場所。そこに湧き出した聖水を飲んでみたい。お腹を壊すだろうけど。そして、地元(田舎)のワインとチーズを味わう。

(3)ギリシア
 クレタ島のクノッソス宮殿跡を訪ねたい。きっと宇宙人の痕跡が見つかるはずだ。

(4)オーストリア
 ウィーンで、クラシック音楽三昧の日々を送りたい。食事は、ビールとチーズとソーセージとライ麦パン。

(5)南極
 探検家気分を味わいたい。もしかするとUFOが見つかるかも知れない。

(6)月
 もちろん、「2001年宇宙の旅」に出てきたモノリスを見つけることが目的。

(7)火星
 将来移住したいと、割と真剣に考えているが、それまで長生きしているかは大いに疑問。

(8)オリオン座の三ツ星
 その付近の惑星にいた知的生命体が、古代の地球に来て人類に文明をもたらしたらしいので、いわば里帰りの気分。例えばボルネオ島の神話には、最初に文明をもたらした神は、強大な岩で降臨したと記されている。

同じような神話は世界中に残されているから、状況証拠は既にそろっている。そう、いうなれば人は皆「かぐや姫」なのだろう。「天に帰る」とは文字通りの意味であったのだ。

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