見出し画像

<芸術一般:バレエと音楽>チャイコフスキーの三大バレエを比較してみた

フランス系の衛星放送で,クラシック音楽,バレエ,オペラ,ジャズを放映しているMEZZOというのがあり,家にいるときはいつも,見て・聞いている。特にクラシック音楽だけのときは,音楽を聴きながら好きな本を読むのが,私にとっては,とても精神的に落ち着ける至福の時間となっている。

このMEZZOが,2021年12月を「ダンス月間」として,チャイコフスキーの三大バレエを繰り返し上演してくれた。「くるみ割り人形」はモスクワのマリンスキー劇場とサンフランシスコバレエを交互に放映したが,「白鳥の湖」と「眠れる森の美女」は,ボリショイバレエを放映してくれて,しかもプリンシパルが21世紀初頭で最高のバレリーナと言っても過言ではない,スベトラーナ・ザハロワが演じていて,それはとても素晴らしい演技だった。

美男美女の産地であるウクライナ生まれのザハロワは,もともと手足が細くて長く,さらに首まで細く長い。そして身長の高さがある。演技力もさることながら,足が180度まっすぐに上がるのを得意としていて,見る者を圧倒するスキルを持っている。2021年の現在は既に引退しているので,引退前の円熟した演技を見せてもらうこととなった。

ザハロワの演技に感動する一方,チャイコフスキーの三大バレエを繰り返し見て,音楽,物語性,バレエとしての面白さを基準にして,それぞれ比較してみたくなった。


「くるみ割り人形」

くるみ割り人形7

くるみ割り人形18

音楽:バレエ無しで聴いても,バラエティーに富みかつ映像性に溢れた音楽は,それ自体で独立して美しい。三大バレエの中で,音楽は一番良いものだと思う。特に「序曲」,「行進曲」(舞台が子供中心になってしまうのが惜しい),「花のワルツ」,「グランパドゥドゥ」の4つは,それ自体で最高の音楽だ。組曲をレコードやCDで持っている家庭が多いのは,当然だろう。

物語性:クリスマスの時期に相応しい子供を主人公にした物語で,場面の展開も早く,オペラとしても飽きさせない展開性を持っている。そして,前半の物語と後半のバレエとのつながりがとても自然で,すべて魔法使い=魔術師が真夜中に見せてくれる夢の世界ということを,非常に良く表現している。さらに,朝が来ることで全ての物語が終わるというエンディングは,幻想的な物語の結末に相応しい。しかし難を言えば,子供の夢の世界で完結してしまっているため,大人の世界としての大きな感動を呼ぶような,カタルシス=浄化に欠けていることが挙げられる。

バレエ:三大バレエの中では,残念ながらバレエとしての見せ場というべきものがあまりない。もちろん,「花のワルツ」や「グランパドゥドゥ」の振り付けには,振り付け師の創意工夫が良く現れるものだが,それでもどこかマンネリ化する面がある。また,「アラビアの踊り」,「中国の踊り」は,音楽と異国情緒溢れる衣装から見る者を楽しませてくれるが,ただそれだけで終わってしまう感が否めない。初心者も楽しめるが,だんだん見慣れてくると物足りないと言った感じだ。やはり,季節物としてクリスマスに家族で見るのが一番かも知れない。


「眠れる森の美女」

20211219眠れる森ザハロフ3

20211219眠れる森シンデレラ

音楽:「くるみ割り人形」に次いで,それだけで物語の場面が浮かんでくるような良い曲になっている。しかし,唯一の難点は,とびぬけて印象に残る名曲がないことだろう。つまり,全てが合格点だが,満点のところがないという感じだ。それでも,物語やバレエに合わせて演奏される音楽は,とても心地よいもので,この楽しい物語世界に上手く引き込んでくれる。

物語性:王子のキスで王女が永遠の眠りから覚める場面や,その後の盛大な結婚式の場面など,物語性ではこの作品が一番だと思う。そして,何よりも王女が目覚めることのカタルシス=浄化が上手く表現されている。この前提となるのが,王女が生まれたときの魔法使いの登場で,その異端性と嫌われ方が良く表現されており,次に王女を眠らせてしまう場面への優れた伏線になっている。これは,もともとのドラマとしてのプロットが優れているからでもあるのだが,バレエの演技とシナリオによって,例え台詞がなくても意味が十分通じているのだから,ドラマツルギーとしても秀逸だと思う。

バレエ:バレエ自体については,最初の王女の誕生祝い,魔法使いにより王女が眠りにつく場面,王子の登場,妖精によって王女のいる場所に向かう場面,魔法が解ける場面,結婚式のお祝いと,それぞれ個人や全体での良い見せ場が作られている。この構成は秀逸で,観客をずっと飽きさせないものがあり,それは「くるみ割り人形」に匹敵するレベルだと思う。しかし,特に後半の結婚祝いの場面で出てくる,物語(「長靴を履いた猫」,「青い鳥」,「赤ずきんちゃん」,「シンデレラ」)のダンスが,「くるみ割り人形」に比較して迫力と個性がない。それは,「グランパドゥドゥ」にも影響していて,優れているのだが尖っていないため,なんとなく流されてしまう優等生のような雰囲気になっている。


「白鳥の湖」

画像5

画像6

画像7

音楽:主旋律は非常に有名だが,それ以外でも良い曲がたくさんある。また曲自体で独立して演奏しても,聴き応えのある心地よいものがちりばめられている。しかし,音楽がバレエに負けている。正確にはバレエを良くサポートしているということなのだろうが,バレエが優秀すぎているため,音楽の印象はあくまでバレエとともにある。だから,音楽を聴いてこの幻想的な悲劇を想像するのではなく,バレエの優れた演技を想像する方向に行ってしまう。そこに音楽としての力不足を感じてしまう。

物語性:物語としては,「くるみ割り人形」や「眠れる森の美女」のようなハッピーエンドではない。魔法使い=悪魔が登場することでファンタジーの世界にしているが,王子の心が乱れて,最後にヒロインが死んでしまう場面は,恋愛悲劇として成立しても,大勢の観客が家族連れで楽しめる物語にはなっていないし,何よりもカタルシス=浄化に欠ける。幕が下りた後に「あ~,面白かったね」といえるドラマツルギーが不足している。

バレエ:悲劇的な物語という欠点を持ちながら,バレエ自体としては,「くるみ割り人形」や「眠れる森の美女」以上に,多くの見せ場があり,またヒロインの優れたバレエの演技を堪能させてくれる場面が非常に多い。特に,ヒロインである白鳥とその対極になる黒鳥の踊りは,バレリーナとして最も華やかで最高の演技を発揮できるものではないだろうか。「白鳥の湖」は,群舞も非常に優れていて美しいものが数多くあるが,何よりもヒロインの白鳥と黒鳥の踊りを見るためにあると言っても過言ではない。特に,スベトラーナ・ザハロワのような,歴史的に最高位にあるバレリーナの白鳥と黒鳥を見られることは,例えそれが映像であったとしても,「白鳥の湖」という舞台を全て忘れさせるような,飛び抜けて優れた魅惑溢れる芸術だと思う。ザハロワの「白鳥の湖」を見られた者はとても幸せだ。そして,これこそ真の優れた芸術による,素晴らしい人の感情に与える贈り物ではないかと思う。

画像8


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?