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クリスマス休暇のスーツ

 twitterで「アメリカで黒人女性の大学教授が用務員(?)と勘違いされ、コーヒーを淹れるよう言われた。彼女はコーヒーを出してから議長席に座り、頼んだ教授は(驚いて)コーヒーをこぼした。」といった内容のツイートを読んだ。
 そのツイートには諸々のリプライがついていて、アメリカにおける差別の例が挙がっていたのだが、「ネクタイをしていないと教授だと思ってもらえない」という例を見て思いだした事がある。

 昨年のクリスマスにローマで泊まっていたホテルは、私たちも含めカジュアルな予算の観光客ばかりだった。
 宿泊客の服装は温かく動きやすく、汚れや手入れに気を遣わずに着られる服と歩きやすい靴だ。お洒落している人もあくまでカジュアルで、ハイブランドは身につけていない。みんないつもの休日の街歩きの格好、という感じだ。
 テルミニ駅近くなので鉄道で旅行している人が多い。UBERで乗り付けたのは空港から来たグループで、ローマから次の街へは鉄道に乗るのだろう。大きなスーツケースを引く人が多かったが、バックパックを背負った人も多かった。

 そんな中に一人だけスーツに身を包んだ人がいた。
 ネクタイはしていないものの、ボタンを上の方まで留めた「きちんとした格好」感が、クリスマス休暇のくつろいだホテルに馴染んでいない。イタリアブランドのお洒落スーツではなく、艶のないウール生地のごくシンプルなスーツ。落ちついた暗い紺に白いシャツ、着ている本人の物腰そのままに服装のほうもごく控えめだ。
 あまりに印象的でなさすぎて目についてしまい、印象に残った。

 
 それから2週間ほどあちこち回って出発地のミラノへ戻ってきたときのこと。
 中央駅のあたりはアフリカ系、中東からのホームレス(またはそれに近い人々)が屯している。休暇で閉まっている銀行の軒先に集まっていて、夜になるとどこかへ消えている。
 ローマで見かけた彼のことを思いだした。とくに気にしていなかったのだが、そういえば彼はアフリカ系だったと気づき、なぜ休暇にスーツを着ていたのかに思い至った。

 あちこち回る間に鉄道に乗った。料金の高い特急は欧州系かアジア系の観光客ばかりで、値段の安い日本でいう『急行』にのると急にアフリカ系の人ばかりだった。工事と団地ばかりの田舎の駅から駅へと移動するのだが、うきうきした様子からこれからパーティーでもあるのだろうと想像した。服装もクラブに行くような感じだった。
 大きな街の駅で目につくアフリカ系の人は大抵ガラが悪く、券売機のあたりをうろうろしている、乗客でない人が多かった。
 観光地でしつこく煩くつきまとう物売りは殆どアフリカ系だ。
 アフリカ系の移民が多く、地元の右翼が反発して問題になっている地域もあるらしい。

 彼が『きちんとした格好』をしていないとならない理由。私が着ていたようなカジュアルな上着や着古したジーンズでは、彼は周りから『ガラの悪い移民』と見られてしまうのだろう。いや仕事だったのかもしれないし、ただの想像なのだけれど。

 人と動線が重なれば譲り、黙って順番を待つ姿、穏やかで知的な雰囲気はどんな服を着ていても変わらないと思うのだが、道行く誰もがそれに気がつくわけではないだろう。また、好ましく受け入れがたい他の例が多すぎるのだ。
 冒頭で触れたアメリカとは状況が違うが、そんなことを思いだしたのだった。

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