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わたしは伝えたい

母から久しぶりにLINEが来た

「今月のおじいちゃんの法事は来られるのよね?」

「もちろん、予定は空けてあるよ」

そう返事をすると母は「そういえば・・・」と
私宛に手紙が届いたことを教えてくれた

それは高校生のころに所属していた
演劇部の自主公演の招待状

毎年2月はじめの土曜日と日曜日に
それぞれマチネソアレの公演が計4回行われる

そしてこれが3年生の卒業公演だ

演目は2本

既存作品1本と
顧問の先生が書き下ろしたオリジナル作品1本

わたしの所属する演劇部は
いちおう全国大会にも出場したほどの
名の知れた強豪校で
わたしもそれに憧れて高校を選んだくらい

それに加えて3年生の最後の晴れ舞台ということで
地元の人たちやOBOGが訪れて
毎年客席がびっしりと埋まる


わたしはこの自主公演で
今でも忘れられない景色がある

それは全ての演目が終わったあとのカーテンコール

役者も裏方スタッフも板の上に勢ぞろいし
部長と舞台監督が交互に部員紹介をして
挨拶をするのだけれど

私は音響主任なので
ギリギリまでオペレーションをしてから向かう

ずっとずっとこの音響ブースから
客席と照明に照らされた舞台を眺めていたけど
もうこれで最後だと思うと感慨深くて

客席後方の真っ暗な部屋の中で
モニター越しに聞こえる最後の歓声と拍手を
めいっぱい味わってから舞台に走っていった

焦っていてインカムを外すのも忘れていたけれど
名前を呼ばれて「はい!」と返事をして
前に出て一礼

頭を下げて少しすると客席の大きな拍手の波が
ぐわっと私だけに流れ込んできた

この大きな波が舞台に向かって流れていく音は
音響ブースから何度も聞いてきたけれど
こんなにも大きな波を感じるのははじめてで
だけど嬉しくて自然と大粒の涙を流していた


ここを選んでよかった・・・

やってきてよかった・・・


心からそう思ったと同時に
過去の自分が報われたような気持ちになった


高校に入るまでは
誰にも心を開けなくて一人で抱え込んで
ベッドの上でうずくまって泣いてばかりだった

わたしは学校で孤立していた

でも誰にも相談はしなかった
いやむしろ相談しても無駄だと思っていた

母はわたしがやりたくないことに対しても
やりたいことに対しても否定から入る人で

「もう少し続けてみなさい」
「そんなことやって何になるの?」

そうやってわたしを諭すばかり

母は母なりの考えがあったのもわかるけれど

携帯電話も持っていなければ
インターネットも知らない子供からしたら

母の意見はすなわち世の大人の意見で
それが世間のすべてだ

どうせ他の大人に相談したところで無駄だ

なによりクラスで孤立していることは
自分に原因があるのかもしれないし

人に相談なんてしたら
自分が被害者ぶってるみたいで
自分一人のために大人が動くこと自体が嫌だった

それに田舎の学校だから転校なんて選択肢はない
小学校も中学校ももれなく同じ子達と一緒だ


わたしは耐えた

だってそれしかなかったから


それから数年たち高校受験を考えるようになって
オープンキャンバスで出会った
演劇部のお芝居に惹かれて
すぐにその高校を第一志望にして無事に合格

わたしが初めて自分で選択し進もうと決めた瞬間だ


わたしはきっと
この選択肢が欲しかったのかもしれない


母はいつだって一つの物事に対して
「やるか」「やらないか」

わたしはそれだけじゃなくて
3つ目の道もあることを教えてほしかった

たとえ2つの道しかなかったとしても

道端に咲く小さな花があることや
歩き続けた先にある
綺麗な景色の話をしてほしかった


わたしの高校3年間に心を燃やし続けた演劇

その最後に見た景色は
とても眩しくて綺麗で心が震えた


3年前のわたしならば
こんな綺麗な景色が見られるなんて
想像もできなかっただろう

もしも過去に戻れるのならば
泣いているわたしに言ってあげたい


「今が辛くてもまっすぐ歩いていけば
綺麗な景色に出会えるから」


いまさら遅いけれど・・・


でもそんなこともない

今からでもできることはある

”伝えていくこと”はできるじゃないか

きっと私と同じように街灯も懐中電灯もない
真っ暗な道でうずくまっている人はたくさんいる


”助けたい”だなんて烏滸がましい

そのさきの道を選ぶのは自分自身なのだから


わたしはただ”伝えたい”


「大丈夫だよ」とあかりを灯してあげたい


その伝え方や寄り添い方を学ぶために
わたしは資格を取ることに決めた

まだどんな景色が見えるかはわからないけれど
わたしの進む道は確実に明るい

雪に覆われた路の下で
小さな花が芽吹こうと健気に息をしている


これが立春のよき日に伝える
わたしの素直な気持ち


花崎 由佳

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