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オパールの少女 第五章

第五章 成人バースデーナイト

(1)
ホストクラブ『プラチナステージ』は不夜城でもっとも賑わう大通りに二十年間燦然と輝く存在感を見せている。ここのナンバーワンがアキラさんだ。
オープンは夕方6時だから4時には開店準備が始まる。
ボクは店を手伝う為にアキラさんの弟分の麗と一緒に久しぶりの店内に足を踏み入れた。
「急にいなくなったから、また変なスカウトに遭ったんじゃないか、って心配してたんだぜ」
「当たらずとも遠からず、ってのが恥ずかしい話なんだけど、ようやく従姉弟のお姉ちゃんを見つけたんだよ」
「ま、何でもなくてよかったよ。お前妙に目立つからなぁ」
「麗、心配してくれてありがとね」
麗はひとつお兄さんだけど童顔なので弟のようにカワイイ。金髪がよく似合う大恩人だ。
「おう、金剛。無事だったんだな」
同じくアキラさんの弟分の環さんがポンと背中を叩いた。
環さんは5つ年上でもうすぐナンバー5に入ろうかという稼ぎ頭だ。
ミステリアスなブルーの髪に整った綺麗な顔。
背が高くてガッシリしているのがカッコイイ。
「環さん、ご心配おかけしました。って、ボクどんだけ危ない目に遭うキャラなんですか?」
「あは、アキラさんとの出会いがアレだったからなぁ」
環さんは悪戯っ子のようなところがある。
目配せがとてもサマになっているのだ。
「まぁ、そうなんですけど。ボク、トイレ掃除してきますね」
「悪いな、金剛」
他のスタッフたちも顔なじみで一週間ばかりお世話になった場所なのに、妙に居心地のいい場所だった。もう何年も働いているような。だからお客さんもこの場所に戻ってくるのだと思う。
ボクは丁寧にトイレを掃除すると鏡を磨いた。
最初にここに来た時にトイレには女神様がいるんだ、って麗が言ってたっけ。だから女神様がくつろげるような空間を作ること。
そうすればお客様の心も癒される場所になるんだって。
アキラさんはお客様が心から楽しめるよう心を配るのがホストの仕事だと言っていた。時にはもちろん恋人のように、兄のように、親友のように。
アキラさんのお客様は女性だけではなかった。
ゲイのファンも多いし、オナベの子が兄貴と慕っていたり、年齢層も幅広い。
最高齢では73歳の咲子様というご主人を亡くして長いマダムもいる。
アキラさんはいわゆる誰にでも好かれる「人タラシ」なのだって。
「金剛、もうすぐ開店だからオードブルの盛り付け手伝ってー」
厨房担当の英明さんからお声がかかった。
「了解でーす」
英明さんはルックスは悪くないけど、女性が苦手らしく滅多に接客はしない。
ゲイでもないらしいけど、ホストやお客さんが楽しそうにしてるのを見るのが好きなんだとか。自分の城であるキッチンから堂々と覗き見ているのだ。
英明さんは料理上手で器用だな、といつも思う。味もバッチリ。
オードブルはお通しのようなもので、数種類の盛り合わせプレートを作るのだが、これを三種類は毎日用意している。
お客様の苦手なものがないように、というささやかな心遣いからだ。
「金剛はセンスいいから、今日も華やかに盛り付けちゃって。俺はお品書き書いちゃうね」
「はい」
必要とされることは嬉しい。
張り切ってオードブルを盛り付けていると厨房にアキラさんが現れた。
「アキラさん、しばらく留守にしちゃってすみませんでした」
「金剛、無事だったか」
「だから、なんでみんなしてそんな心配の仕方なんです?」
「弟みたいに思ってる、ってことだよ」
「それは、ありがとうございます」
アキラさんは、ボクを頭の先から足元まで点検するように見ると、ん?と怪訝な顔をした。
「お前、ずいぶん高級な服着ているな」
「え?そうなんですか?」
ボクは自分の来ている物がそんなに高価なものだとは思わなかった。
「だってこれ普通のYシャツでしょ?」
「ここの袖口がな、ステッチしてあるだろ。これはこのブランドの特徴なんだ」
「へぇ、ブランド物なんだ。姉ちゃんが買ってくれたんで、知りませんでした」
「お金持ちなんだな、お姉ちゃん」
アキラさんは『お姉ちゃん』を強調している。
すでにヒメのことは話してあるから興味を持ったのだろう。
「はぁ。長いこと大企業の社長さんの愛人してた、って言ってました」
「えっっ、まさか後妻業?大丈夫か?」
「後妻業?よくわかんないですけど。。。変な人じゃないですよ」
アキラさんはボクの聞きなれない言葉を口にしけど、ちょっと反社会的な匂いがして、誤解されたら嫌だな。
「そうだ、姉ちゃんから菓子折り預かって来たんだった。ボクがお世話になったからみなさんでどうぞ、って」
ボクはヒメに持たされた菓子折りを差し出した。
中身はどら焼きだと言っていた。
「おお~、『鶴亀や』じゃないか。この店まだあったのか」
「有名なんですか?」
「知る人ぞ知る小さな老舗よ。どら焼きの名店なんだけど、家族経営だから量産しないんだよな。早く並ばないと昼には売り切れちゃうの」
「そうなんですか」
「予約も受け付けないところだから、お姉ちゃんがわざわざ朝早くから並んで買ってきてくれたんだろう。気遣いできる人なんだな」
「はい」
ヒメが褒められると何だかうれしい。
「では、ありがたくいただきます」
アキラさんは礼儀正しく両手で菓子折りをいただくと丁寧で綺麗なお辞儀を返してくれた。これも人タラシたる所以だろう。
「こちらこそ、あの時拾ってくださったことを感謝しています」
ボクも負けずに深々とお辞儀をした。
「さぁ、そろそろ開店の時間だぞ。今日もゲストを楽しませよう」
アキラさんの檄が開店の合図。
すでに準備を終えたホスト達がずらりとエントランスに続く通路にスタンバイして、ゲストを出迎える。
こうして不夜城の夜は始まるのだ。
 
ボクは未成年だし、ホストではないのであくまで裏方に徹するというのが最初からの約束だ。
でも少しでもお役にたってアキラさんに恩返しをしたい。
グラスをきれいに磨いて、カトラリーを念入りにチェックする。
ドリンクやフードのサーブがメインの仕事だが、バックステージからゲストのテーブルへ移動する際には卓上のチェックも忘れない。
本日の最初のご来店はやはりアキラさんのお客様だった。
必ず木曜日にいらっしゃるOLの優奈さん。
バリキャリだから一週間に一度のガス抜きで通っているということだ。
アキラさんのお客様はやはりどこか筋が一本通っているというか、意識高い系でプライドのある美女が多い。
「アキラ~、先週来たばかりなのに会いたくてしょうがなかったわ。仕事で死にそうだったのよぉ。ホラ、新人が入って来たでしょ。四月ってキライ」
「いらっしゃい、優奈。じゃあ、今日は甘やかしてあげるとするか」
アキラさんはあまりボディタッチをしない。
優奈さんの手を自分の腕に軽く添わせて、優雅に席までエスコートした。
「あら?金剛君じゃない。先週いなかったから辞めちゃったのかと思ってたわ」
優奈さんは一度会ったボクのことを覚えていたらしい。
「こんばんは、優奈さん。今夜も楽しんでくださいね」
「優奈。金剛はホストじゃないって言っただろ?」
アキラさんはどんなもの言いもソフトに聞こえるから不思議だ。
「だけど、絶対素質あると思うのよ。通う楽しみも増えるしね」
「ボク、まだ未成年なんで。でも優奈さんにお褒めの言葉をいただいてうれしいです」
「ホストの素質アリ、なんて褒め言葉じゃないぞ」
麗が通りすがりにボクをつついた。
 
『プラチナステージ』にはその名の通り、中央にステージが設置されている。
特別な日、例えばお客様のバースデーには必ずこちらにバースデーケーキを用意して祝ったりするのだ。
もちろん喉に自信アリの強者は歌ってもオッケー。
環さんから聞いた話だけど、前にアキラさんがキューピッドになったニューハーフとオナベのカップルがこのステージでプロポーズをしたらしい。
今でも仲良く二人で遊びにくるというのだから、『幸せのステージ』と呼ばれている。
ボクはホストクラブというものを知らなかったけど、『プラチナステージ』はいつでも活気に溢れていて、和やかな空気で満ちている。
お客さんも気持ちよく酔うのが心地いいらしく、また戻って来たくなる場所という雰囲気なのだ。
もちろんホスト同士のライバル心というのはあるけど、お互い競って高め合うというポジティブな感じ。けして負の方向に振れないのが、やはりリーダーのアキラさんのカリスマなのだろう。
ここでの一夜は仮初の夢。
お客様が楽しめるようにボクも力を尽くそう。
 
午前二時、最後のお客様をお見送りして、『プラチナステージ』は閉店した。
ボクがもろもろの片付けを終えて、ふうっ、と一息つくと、アキラさんが待ってくれていた。
「これバイト代ね」
アキラさんは白い封筒をボクに手渡した。
「受け取れませんよ。感謝の気持ちでお手伝いしたかったんですから」
「気持ちはうれしいけど、労働にはちゃんと見合う対価をお支払いするのがルールなんだよ」
「だって、これアキラさんのポケットマネーでしょ?あのケチなオーナーが払うわけないじゃないですか」
「バレたか」
「これじゃあ明日また手伝いに来れなくなっちゃいます」
「いいんだよ。来なくて」
「そんな・・・」
「お前にはやりたいことがあるんだろ?時間だって限られているんだし」
「でも・・・」
「気持ちは充分伝わってるから」
アキラさんは優しい人だ。それに甘えていいんだろうか。何よりアキラさんとの繋がりがなくなってしまうようで寂しい。
「来週二十歳の誕生日だったよな」
「はい」
「じゃあ、みんなで祝ってやるから来いよ。お姉ちゃんも誘ってな」
「はい」
やっぱりアキラさんは人タラシだ。ボクはうれしくて涙がでてしまった。
 
 (2)
一週間後、4月20日の木曜日。
「ダイヤ、デパート行くわよ」
ボクは朝の10時に起こされた。昨晩は今日の誕生日が楽しみでなかなか寝付けなかったから、頭がボーっとしているのだ。
「はりきってるねぇ、ヒメ。でも、デパートは11時からだし、『プラチナステージ』に行くのは夜8時だよ」
「そっかぁ。でも買い物して髪の毛セットしたらそのぐらいすぐよ。女の身支度は時間がかかるの」
「ともかく、ココアを一杯飲ませてよ」
「はい、はい」
ヒメはそう言ってキッチンに向かった。
ボクはヒメの家に転がり込んでから、2LDKの一室に布団を敷いて寝起きしていた。今でこそヒメに買ってもらった洋服やら何やらで物が溢れているが、最初にこの部屋に足を踏み入れた時には、小ぢんまりとしていてあまりの物の少なさに驚いたものだ。
恐らくは財前とか言う会社の社長から身を隠していることにも関係しているのだろう。いつでも逃げられるように、という気配がする。
リビングに行くと左手に2個のマグカップをカチャカチャいわせながら、ヒメがソファに座るところだった。
「はい、お好きなだけお砂糖入れちゃって」
右手に持ったシュガーポットをボクの前に差し出す。
「ヒメといるとさ、色々なことに気付くよ」
「ん?例えば?」
「マグカップが2個あるからカチャカチャ鳴るじゃん。独り暮らしではお客さんが来るときしか出ない音だったから、新鮮だな、って」
ヒメは少し笑った。
「12時には家出るからね。デパートでランチよ」
「はーい」
会話をする相手がいる。
「そうだ、ダイヤ。お誕生日オメデトウ♡」
「あ、ありがとう」
ボクの幸せゲージはこんな些細なことで満たされるんだ。
 
数時間後、ボクのじんわり、ほっこりとしたた感慨はあっさりと吹き飛んだ。
女の人というのはどうしてこんなにも買い物が好きなんだろう?
ヒメならばどれでも好きなものを好きなだけ買えるだろうに、ものすごく吟味している。
「それさっきも見てた服だよね。気に入ったんなら買えば?」
「だってぇ、一度着て終わり、じゃもったいないでしょ?それにアレンジきく服の方がいいじゃない。ブランド品は安くないのよ」
と、まぁこんな感じでブランドのブティックでもう一時間ぐらい悩んでいる。
なるほどこれではすぐに夜の8時になりそうだ。
「でもなぁ、ダイヤの誕生日だし、恩人のアキラさんにお会いするんだからちゃんとして行かなきゃいけないもんね」
「アキラさんはそんなこと気にしないと思うけど?」
「ダメよ。ああいう職業の人は人を見る目が養われているから、持ち物とかさりげなく見てるもんなのよ」
「たしかに。この間店行ったらブランドのいい服着てるな、って言われたよ」
「ほらね」
そう言いながら、ヒメはまた悩む。
結局、一番最初に試着したダークブルーのドレスに決めた。
織り方に特徴があるのか、角度によってダークレッドやパープルのような光沢を見せる。
とてもアレンジがきくようなドレスではないけれど、とりあえず決まったことにホッとした。
「さて、ドレスは決まったからあとはクツとバッグね」
まだ悩むものがあったのか・・・。
「あ、ドレスに合わせたネイルもしなくちゃ」
・・・ボクは絶句した。
「本屋さん行ってきていいかな?」
「今4時半だから6時には戻って来てね。ダイヤは本屋行くと時間忘れちゃうから最悪6時半で」
「了解」
 
6時を過ぎてショップに戻ったボクを店長さんたちが待ち構えていた。
マネージャーはこのブランドを渋く着こなしたダンディなおじさまだった。
「高遠さまのお支度はまだ時間がかかりそうですので、ダイヤさんの担当を紹介させていただきます」
隣には小柄の女性が控えている。どこか小動物っぽくて可愛いらしい。
「メンズコーディネートの担当をしております小林です。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそお世話になります」
ぺこりと頭を下げると、その姿勢のまま、小林さんはすかさずメジャーを取り出してボクの肩幅を測った。
「ダイヤ君の髪色は地毛ですか?」
「はい」
「どんな色でも着こなせる素敵なカラーだわ。それに身長も高くてかっこいい」
「ありがとうございます」
小林さんは話しながらも手を止めない。採寸したデータをカルテのような用紙にさらさらと書きこんでゆく。その動きはまるでリスのようだった。
「形はシングルよね。で、やっぱりAライン。あ~、でもダブルでも似合うかも。大人びた感じも逆に瑞々しい感じがして悪くないわね」
独り言なんだろうか。
小林嬢はじーっとボクの顔を凝視めた。
「黄金色の瞳も神秘的ね。この色が引き立つ色は・・・ラベンダーかな、ポップなグリーンもいい。淡めのブルーも神秘的」
リス嬢の独り言は続く。
「ブラックは強すぎるけど、艶ありなら品がいいかも。でもお出掛け過ぎよね。ラベンダー一色だとなんかチャラいし、ジャケットなしでベストだとホストみたいだし。二十歳の誕生日に相応しくて、ディナータイム仕様ね。ダークブルーにホワイトのストライプだとビジネスマンみたいだわね。かといってチェックはやりすぎるとお高く留まったイギリス紳士になっちゃうし。でも問題はどれを着ても似合っちゃうってことよね」
マネージャーはボクにそっと耳打ちした。
「申し訳ありません。小林は仕事熱心でして。ですが腕は確かです」
「はい。よろしくおねがいいたします」
リス嬢はちょこちょこと次の間に消えるとまずはダークブルーと光沢のあるラベンダーのスーツを2着持ってきた。
それをボクの顔に合わせて「違う、違う」と助手の彼女にパスした。
「高遠様のドレスの色とも合わせなくちゃね」
また別のスーツを何着か持ってきては助手に手渡していく。
彼女は背が高いので立ったままでワードローブのような状態だ。
リス嬢は吟味に吟味を重ねて、ようやく決まりの一着を取り出した。
「ダークトーンだと落ち着き過ぎちゃうからこの光沢のあるグレーのスーツがよく似合うわ。ダイヤ君はもしかしてモデルさんかしら?」
「いえ、ただの学生です」
「シャツはね、このスーツだったらどんな色でも合わせやすいんだけど、ピンクだと遊び人風になっちゃうから気を付けてね」
そう言いながらヒメのお買い上げボックスにピンクのシャツを遠慮なく放り込んでいる。
「今日はこっちのシンプルなホワイトのシャツがベスト。靴は明るいブラウン。ワンポイントのポケットチーフは挿し色のラベンダーね。ネクタイは無しよ」
助手のレディが一式をフィッティングルームに運び込んだので、ボクもお召替えタイム。
なんだかんだでようやく落ち着いたけれど、このブティックを訪れてかれこれ5時間強。
女の人って、ホント大変だな・・・。
そう、辟易しているボクにマネージャーは、
「高遠様のお支度が整いました」
と、重厚な次の間の扉を開けた。
目の前に現れたヒメは別人のように美しかった。
まるで女神。
裾を流したドレスは人魚らしく、それでいてそこには深海を思わせる真珠の優美なきらめき。初めて会った時にも凛として美しい人だとは思ったけれど、なんというか光輝がある。
首元に艶めく真珠のチョーカーもよく似合っていた。
「ダイヤもバッチリ決まってるわね。素敵だわ」
「恐縮です!」
リス嬢が満足げな笑みで胸を張った。
ヒメがボクのチーフを直しながらいつもの調子なのはありがたい。ボクは情けなくも心臓がいつもより逸るのを悟られないように取り繕うので必死なのだ。女の人に免疫が無いのを知られるのはちょっと恥ずかしい。
「表に車を用意させてあります。夢の一夜を楽しんでくださいませ」
マネージャーの低く響く声に見送られて、ボクらはブティックを後にした。
 
黒塗りのハイヤーが『プラチナステージ』に向かうまでの間、ボクはなんだか気軽にヒメに声をかけられなかった。
ヒメはそれを察したのかくすりと笑う。
「七色変化。ケースバイケースで演出を変えるというのは女の武器なのよ。これも処世術のひとつね」
まさに妖花。
なんて危険な香りがするのだろう。
『プラチナステージ』に下り立ったヒメはボクの右腕に左手を添えた。
「これから先、私をエスコートするのがあなたの役目よ。目の高さを起点として、常に15度上を見ること。それが雲を踏むということよ」
雲を踏む・・・、言われたことを噛みしめながら、ボクは表から『プラチナステージ』の扉を開いた。
 
(3)
「ようこそ、いらっしゃいませ」
アキラさんをはじめ、ナンバー入りしている面々に迎えられ、ボクはあまりの待遇にたじろいだ。
「お誕生日、おめでとう」
待ち受けていた優奈さんがミニブーケを差し出してくれたのには驚いた。
そういえば、今日は木曜日だった。
「優奈さん、ありがとうございます。恐縮です」
「金剛君、すごくカッコイイ♡」
「なんだか、照れますね。でもうれしいです」
そうしてみつめた優奈さんの興味はすでに他にあるようだった。
ヒメに釘付けになっている。
「やーん、素敵なお姉さま。夜の女王様みたい♡」
「うちのダイヤがお世話になりまして、ありがとうございます」
そうしてにこりと笑んで頭を傾ける姿はとても優美な物腰だ。
「本当に素敵♡」
優奈さんはすっかりヒメのファンになってしまったようだ。
「おい、金剛。あの綺麗な人がお姉ちゃんなのか?」
麗はのぼせ上ったように耳まで真っ赤に染めている。
そして、磁力に引き寄せられるようにヒメに近寄り、恭しく頭を垂れた。
「お姉さま、はじめまして。お会いできて光栄です。金剛を最初に見つけたのはオレなんですよ」
なんて、なれなれしくヒメの手まで握って、カチンときたし、驚いた。
麗は調子のいい奴だが、こんな媚びた態度は絶対にとらない。何かが変だ。
「麗?らしくないじゃないか」
ギロリと睨む麗の目の色がオカシイ。
「なんだよ、彼女はお前のものじゃないだろ?シスコンなのか?」
そのままボクを突き倒しそうな勢いで、こんなに攻撃的な麗は見たことがない。それにしても、ムカつく。
「正気か?麗」
そう言うのが精一杯だった。
元々ボクは人と争うのが苦手なのだ。
「もう、二人とも。楽しまないと、ねぇ」
バタフライのようにボクと麗の間に割って入ったヒメの一言で場は和んだ。
ヒメの異能、何かのチャームなんだろうか?
「ボクさ、試されたわけ?」
ヒメに耳打ちすると、
「試されてるのは私よ。一番弱いチャームでも、お嬢ちゃんと坊やしか籠絡できないなんて、さすが夜の街は侮れないわね。さてと、御大登場だわ」
と、理由もわからぬうちにアキラさんが目の前で笑んでいた。
「一筋縄じゃいかなそうなお姉ちゃんだね。後妻業って聞いたから、どんな狡賢い蛇女毒婦が来るかと思ったら、なんともまっすぐで麗しい人なんだね」
アキラさんはいつものように余裕綽々だ。
「私は嘘がつけない性質だから。でも、蛇女と毒婦って最悪級の言葉を普通初対面のレディに贈ってくださるもの?」
ヒメの可愛い抗議に、あのいつでも大人なポーカーフェイスのアキラさんがプッと顔を崩したのは意外だった。
「これは失礼」
「まぁ、あなたは悪気がないから許してあげるわ。ダイヤの恩人だしね」
「ダイヤか・・・。いいね」
アキラさんはきりりと背筋を伸ばすと、片膝をついてヒメの手を取った。
「改めまして、秋平享です。以後、お見知りおきを」
そのトーンは常人には聞き取りづらい音域だった。
普通には『アキラ』と聞こえる。
これがアキラさんの本名なのだろう。
周りには聞こえづらいし、その名を知る者は限られているに違いない。
「高遠媛です。こちらこそ噂のアキラさんにお会いできてうれしいわ」
アキラさんはヒメの手の甲に軽く口づけた。
「あーん、アキラ。ズルイ~」
優奈さんが身を捩っていたけれど、アキラさんにおねだりをしているのか、ヒメにかまってほしくて嫉妬しているのかよくわからなかった。
多分どっちもなのだ。
「さて、悪女はホストクラブは初めてかな?」
「あいにくしばらく現世とは離れていたの。でも、グーグル先生で学習済みよ。夢を見させてくれるのでしょう?」
「お望みのままに、一夜の夢を」
「でも、今夜の主役はダイヤよね」
「おっしゃる通り」
そうしてアキラさんがボクの背中にポン、と軽く触れると、バチン、と照明が落ちた。
ものすごいベタな演出だけど、ハッピーバースデーの歌と共に、英明さんが『20』の数字が燦然と輝くケーキをステージに運んで、正面のテーブルに据えた。
室内が元通りに明るく輝くと、アキラさんのキラキラウインクが炸裂☆
「ダイヤ、大人の世界にようこそ♡」
って、やっぱりホスト色、強っっっ!
ポン、とシャンパンの栓を抜く音が響き、環さんがタワーの頂点から手慣れた様子で注いでゆくのは壮観だった。
「オメデトウ!」
みんなの祝福がうれしくて、初めてのシャンパンは大人の香りで、しびれるようなアロマに酔いそうだった。
それより、何より、
「みなさん、ありがとうございます」
それだけ絞り出すと、ボクの涙腺は崩壊した。


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