見出し画像

Jewelry Box Ep.7 ヴィーナス♡誕生

ジュエリーには記憶が刻まれます。
ジュエリー業界一筋の私が、これまで垣間見たエピソードを紹介させていただきます。
今回のエピソードは、人生のテーマは『薔薇』と『音楽』というマダムのこだわりエピソードです。
登場する方々には了承を得ておりますが、携わったジュエリーは個人所有のものですので、デザイン画や画像を公開することは致しません。
  

 Ep.7 ヴィーナス♡誕生

ジュエリーは奢侈品という括りになるそうです。
コトバンクによりますと奢侈品とは、生活必需品以外の贅沢品。おごりの品とあります。
奢りの品とは、ジュエラーとしては見逃せないくだりですが、たしかにジュエリーは無くても生きていける物に違いありません。
ですが私は、ジュエリーは「彩り」であると捉えております。
日常の場面で、例えばオフィスで着ける胸元にキラリと光るダイヤモンドプチネックレスやお気に入りの誕生石のリングなどは生活を彩るスパイス。
結婚という大きな節目に愛する男性から贈られる一粒石のダイヤモンドリングなどは人生を彩るエッセンス、というように。
ジュエリーは安い物ではありません。
だからこそ装うとモチベーションが上がり、ちょっとした自信を与えてくれるのです。
そして仕事でもちょっと頑張れたり、居心地のよい家庭に気を配れたりするわけです。
そんなことを考えるたびに思い出される方がおります。
あらゆるものにこだわりをお持ちの素敵なマダム。
彼女の人生のテーマは『薔薇』と『音楽』。
とても明確で優雅でいらっしゃる。
薔薇をあしらったお召し物を好み、リビングにはグランドピアノ。
ガラスのショーケースの中にはヴァイオリンという彩り豊かな生活を送られております。
そしてマダムはジュエリーも大好き。
『薔薇』と『音楽』にまつわるジュエリーをご所望ということでした。
さて、『薔薇』と『音楽』と聞いて私が最初に思い浮かんだのは、美と愛の女神・ヴィーナスでした。
ギリシア神話ではアプロディテと同一視される女神です。
彼女の誕生は神話でこのように描かれております。
 
海に投げ捨てられたウラノスの陽物から泡が生じ、そこから麗しい女神が誕生した。
その瞬間、天空からは薔薇の花が降り注ぎ、天上では誕生を言祝ぐ妙なる調べが響き渡った。
 
ボッティチェッリのヴィーナス誕生はまさにこの場面を描いたものです。
さすがに妙なる調べは画上に表現されておりませんが、薔薇の花が降り注ぐさまは見事に描かれております。

私はマダムとお会いした時にこのお話しを致しました。
マダムはヴィーナス誕生の逸話をご存知なかったのですが、その詩的でロマンチックな背景がたいそう気に入られたそうで。
「そのエピソードいただくわ」
とさっそく『ヴィーナス誕生』の複製画を購入されてリビングに飾られました。
それまでリビングには薔薇のボタニカル画が飾られておりましたが、なんともしっくりくるご様子。
「好きなものに囲まれて暮らすって素敵でしょ♡」
本当に人生を楽しまれているお姿は生き生きとしていらっしゃいます。
 
そうして私のお持ちしたジュエリーの中からマダムが選ばれたのは、装飾品ではありませんでした。
それは職人さんの手作りの一点もの。
18金で製作された楽器のセットでした。
大きさは約3センチほどのホルン、フルート、ヴァイオリンの3点セットです。
これはもうジュエリーでありながら、一種の芸術品ですね。
その精緻な細工に魅せられて、マダムはさっそく専用のガラスケースを注文されたそうです。
こうして気に入ったものをひとつずつコレクションしてゆくのも素敵だな、と感じたお客様でした。
 
これからはおまけなのですが、私はボッティチェッリの『ヴィーナス誕生』が若い時分からとても好きでした。
実際にカンヴァスに印刷をした複製画も所蔵しております。
神話や聖書の逸話などは美術品を見るうえで心得ておきたい知識のひとつですが、私がギリシア神話にはまったのは、中学生頃だったと思います。
そのきっかけはやはりこの『ヴィーナス誕生』を読み解きたいという知識欲が発露したからでした。
この絵画はそれまでの写実主義とはまったく異なった手法で描かれております。
まずヴィーナスの立ち姿もちょっと不自然ですね。
そして、この絵はギリシア神話を知ることで、とても動きを感じる絵画になることをご存知でしょうか。
この絵を三分割した場合、中央はもちろんヴィーナスですね。
左のパーツはニンフ・クロリスを抱いた西風ゼピュロスがヴィーナスをキュプロス島へと吹き寄せる風を送っております。
そして中央のヴィーナスはホタテの貝殻によって運ばれ、右のパーツはホーライと呼ばれる季節を運行する女神(衣服の柄からおそらく『春』)がヴィーナスを迎えるべく、聖衣を広げているという構図です。
この絵画はこの神話を踏まえて、左から右に流れてゆく、とても動きのあるものです。

ジュエリーにも神話を彷彿とさせるテーマを持つものも多くあります。
それはまさに芸術品です。
美術展や宝飾展など訪れる時に今回のようなお話を頭の片隅にでも置いていただければ幸いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?