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[#私の学び直し] ヤンキー地元出身の私が海外向けに漫画を描くようなるまで

私は2016年前後から英語で漫画を描いています。主にTwitterPatreonに載せています。その活動を通して、実際にメールをしたり会ったりする海外の友達もたくさんできました。

海外の人と英語を使って交流なんて、すごく優秀な人と思ってしまうかもしれません。でも実際、私はそうではなく、偶然が重なって細かい学び直しがあったからなんです。1977年生まれの私はもともとヤンキー地域出身で、英語は大してできませんでした。現在までTOEICはもちろん、英検すら受けたことがありません。中学~高校までは偏差値も40くらいでした。

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しかしその後美大受験に失敗して、20歳くらいで普通の大学を受験しようと思い、ここで初めての学び直しがあったのです。この時は1997年の夏だったので受験まで半年しかありませんでした。なので、すでに大学に通っていた友達に何か効率のいい勉強法はないか聞いてみたところ、「基礎英文法問題精講」という参考書を一冊完璧に覚えればどこでも受かるよと教えてくれたのです。

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そして入試までの半年間で、最終的に8割くらいを覚えたら偏差値も40台から70台に上がり、受けた大学は本当に全部受かりました。一番レベルの高い大学は早稲田大学でした。正直なところ、美術という正解の無いことを4年近くやっていたせいで、受験勉強という正解のあるものは簡単に思えたというのも大きかったです。簡単というのは、内容がという意味ではなく、やり方がという意味です。参考書はこの1冊を暗記すればいいだけですし、期間も半年だけなので、人生のうち半年くらいは全集中してもいいかなと思えたんです。なので睡眠やお風呂の時間以外は全部勉強していました。一日15時間くらいです。実際は「基礎英文法問題精講という参考書を一冊完璧に覚えればどこでも受かるよ」はちょっと大げさな表現で、それプラス「基礎長文問題精講」と、ターゲット1400と1900(どちらも単語帳)も買いました。

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受験勉強は暗記メインなので、いろいろ手を出すよりも決まった内容を完璧にするほうが良いです。実際私も買ったのは上記の4冊だけでした。基礎英文法は通しで解き終えたら最初からを5回くらい繰り返しただけです。基礎長文は3回くらいです。「これをやればいいだけ」と考えれば、ちょっと簡単な気がしてきませんか?しかも何周もする=見たことある問題を解くということなので、周回を重ねるほど簡単になって賢くなった気がしてやる気が出てくるんです。しかも、単語帳の暗記は途中でだるくなったので半分くらいでやめていました。基礎英文法問題精講は、その後つきあった彼女の高校(都内の上位校です)でも教科書として使われていたので、本当に優良な参考書なんだと思います。昔の話なので全てがあてはまるわけではないかもしれません。…が、基本の部分は変わらないと思います。さらに毎日15時間も集中力が続かないとか、そんなに記憶できないなどの個人差もあると思います。でも、効果的に続けるにはシンプルなほうが良いということは伝わったのではないでしょうか。もし受験生のかたがこれを読んでいたら、参考にしてみてください。

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その後大学では英語は勉強しませんでした。卒業後の2000年代前半、私は漫画を出版社へ持ちこみ始めました。そして漫画の時間がとれるよう、短い時間で給料の良い塾講師のバイトも始めました。ここで2回目の学び直しがありました。「他人に教える」は「自分で学ぶ」とはまるで違うんです。例えば「I am a …」の「am」、つまりbe動詞ですが、私はこういう表を丸暗記していました。

自分的にはこれで問題なかったんですが、生徒によってはbe動詞を日本語訳すると何て言うの?という質問もあるんですよね。なのでそこも調べてbe動詞は「存在や状態(~いる、~ある)」という意味があることを知るんです。つまり、今まで暗記だけしていた内容から、もっと多角的な知識が身に着いたのです。これはどういうことかというと、英語がどういう言語かが分かるということなんです。例えるなら「花子さん、一郎くん、信長くん…」と名前を暗記していただけなのに対して、「花子さんは花のように華やかな人間になることを願って、一郎くんは長男で、信長くんは親が戦国武将好きで…」のようにそれぞれに意味が感じられたということなのです。英語も本来はただの勉強ではなくて、意味が存在する、つまり実際にそれを使って生活している人が世界に何億人もいるんですよね。今まで無機質な記号だった英語が、急に命のあるものに見えてきたんです。それは塾の先生という、他人の人生、つまり命に介入する仕事だったからというのもあったと思います。とても幸運な学び直しでした。

でも、基本的に我々は英語を実際に使う機会って無いんですよね。なのでその後も長いこと英語に触れる機会はありませんでした。そして2010年を過ぎたあたり、KADOKAWA×ニコニコ動画の企画を通して知り合った友人がいました。

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彼は海外メインで仕事をしており、フランスに住んでいたこともある人でした。そしてフランスの友人を時々紹介してくれたのです。一緒に日本の文化を海外に紹介するブログも始めました。これが3回目の学び直しです。ついに実際に英語で海外の人とコミュニケーションする機会がやってきたのです。これは、それまでの2回の学び直しとはまるで違いました。まず、受験や学校の勉強は紙の上でやることなので、外国の人が話している英語は最初のうちはあまり聞き取れませんでした。さらに、今までやった勉強の半分以上は意味がなかったのです。例えば文法はほとんど中学レベルで大丈夫ですし、単語も難しい言葉を使う必要はありません。例えばターゲット1900にはconsider(みなす)という単語が載っていますが、これも中学校で習うthink(思う)で十分なんです。そりゃそうですよね、我々日本人も日常会話でそんなに難しいことは言わないわけです。「私は彼を犯人だとみなす」ではなく「私は彼が犯人だと思う」なのです。さらに英語は世界中の人が使うので、日本語でいう方言のように、言い回しが人によって変わります。時には文法すら変わります。つまり、受験の英語だとバツになるような言い方も、実際はみんな使っているのです。

そこで気づいたのですが、受験英語は格闘ゲームの必殺技のコマンドをたくさん暗記するようなことなんです。↓↘→+パンチ=波動拳、↓↙←+キック=竜巻旋風脚、↙→↘↓↙←↘+小キック+大パンチ=レイジングストームなどを、大量に複雑なものまで暗記していたのです。でも実際はみんな、パンチとキックしか使っていないんですよね。「僕はレイジングストームの難しいコマンドをがんばって覚えて大学に受かったよ!」が我々で、みんなはそんなのよりパンチとキックをガチャガチャやって楽しんでいるんです。そこで自分もガチャガチャに参加するわけですが、それは自分がアホウと見られても平気ということでもあるんです。つまり変なタイミングでパンチを出して空振りしまくりのほうが、ええと、レイジングのコマンドは…何だっけ…とモゴモゴやってるよりも会話になるのです。これは私がもともと勉強ができなかったため、そこにプライドが無かったのが良い方向に働きました。実際、完全に相手の言うことを理解はしていませんし、自分の言いたいことも全部正しく伝えられません。誤解もたくさんされていると思います。でもまあアホウのヤンキー地元もみんなそんなもんでしたし、トータルで楽しくやれていればそれでいいんです。言い換えれば、人生全般のハードルが低いんです。

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最後に、海外の人と交流する中であることに気づきました。日本人は明らかに、世界で一番自分自身に負荷をかけている民族なのです。日本は先進国の中で最も幸福度が低いということを聞いたことがあると思います。労働時間が長く睡眠時間は短いですし、他人の目を気にしすぎ&比べすぎというのも原因ですよね。ほんのちょっとしたことでも、例えばTwitterでは赤の他人にコメントはしづらいという人がほとんどで、するときは「FF外から失礼します」と付ける人もいますよね(フォローしたりされたりでない間柄なのにコメントしてすいませんという意味です)。そういう身近な部分でも自分に負荷をかけているんです。英語のコメントやDMはもはやどこの国かわからない人からしょっちゅう来ますし、返事も返しても返さなくても良いのです。そんなに気にしていない人のほうが多いです。日本だと返信をしないと罪悪感を感じやすいですよね。これもまた負荷です。これは日本人が他人中心であるということなんです。そして他の英語を使う国の人たちは自分中心です。それは自己中心的という意味ではなく、自分の「こうしたい」を大切にしているということです。英語って、語順がこうなっていることをご存じでしょうか?

動詞が主語の次、二番目に来るんです。つまり自分の主張をまず述べて、その後に理由やなんかを続けるんですよね。日本語は逆で、理由を長~く述べて、一番最後に動詞、主張が来ます。言語の時点で引っ込み思案なんです。

これは最近のキーワードである「自己肯定感」にもつながるのではないでしょうか。主張を先に述べる言葉を日常的に使っていれば、無意識に自己をバーンと出すクセがつくと思うんです。日本人も外国人も、同じ機能を持った人間という生き物です。世界の人口は70億人で、日本人は1億人です。ということは多数決で、自分中心であるほうが生き物として自然なんじゃないかとも思います。

もちろん、これは日本の良い面でもあります。他人中心だから犯罪も少ないですし、サービス業は休日も、時には24時間営業もしていて便利です。でもそのぶん悪い面もあるというだけです。幸も不幸も他人中心だからという同じ出発点にあるのです。この他人中心という考え方は、我々が学校で、他人が作った教科書を暗記し、受験やテストという他人が評価するイベントのために勉強していたことも関係あると思います。自分自身が英語を話すための勉強ではなかったですよね。こんなふうに「我々日本人とは?」に気づいたことが、私の4回目の学び直しでした。これからも5回、6回と学び直しが続くんだと思います。それがすごく楽しみです。学ぶ事、知らなかった事を知るというのは、本来楽しい事のはずですもんね。最後まで読んでくれたあなたにとっても、何か学び直すきっかけになれば嬉しいです。

[おまけ]
ちなみにさっきの例文も、あんな教科書英語を使う必要はありません。こんな感じで全然伝わります。人生全般のハードルが低といろいろ便利です😇

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