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キャリアに偶発性を呼び込み、複数の専門性を獲得するには?冒険的なキャリアデザインを支える「戦略的トラベリング」の提案

人々の仕事を取り巻く環境が劇的に変化している現代において、「キャリアデザイン」についてもさまざまな議論が交わされ、アップデートが試みられています。

たとえば、教育心理学者のクランボルツは、重要なキャリアの転換点は偶然によってもたらされるという「計画的偶発性理論」を発表し、一度立てたキャリアプランに固執することは、かえってチャンスを掴む可能性を狭めてしまうことを指摘しました。また、「人生100年時代」を提唱したイギリスの組織論学者リンダ・グラットンは、1つの専門性を突き詰めるのではなく、複数の専門性を獲得していくべきだとする「連続的スペシャリスト」の考え方を提唱しました。

こうした不確実な社会のなかで、偶発生を受け入れながら連続的にアイデンティティを拡張していくキャリアの考え方は、昨今ある程度浸透してきているように思います。これを私は「冒険的なキャリアデザイン観」と呼んでいます。

実際に私たち個人の考え方も、ひとつの企業に自分を押し込めて生涯隷属する会社中心のキャリア観のではなく、自分の「ありたい人生」が中心にあり、幸せな人生を実現するためのひとつの構成要素として会社をはじめとするさまざまな要素があるような、人生中心のキャリア観にシフトしています。

"会社中心"から"人生中心"の冒険的なキャリアデザイン観へ

一方で、偶然のチャンスを掴んだり、複数の専門性を獲得したりすることは、会社のミッションに合わせて自分をアジャストしていくキャリアデザインや、ビジョンや”将来の夢”を設定し、その実現に向けて合理的に行動する従来のキャリアデザインに比べてはるかに難易度が高い。

荒波の立つ海のなかで「どの程度の専門性を身につけた段階で次に移ればいいのか」「どうやって新たな専門領域に踏み出すのか」といった具体的な方法論が、ほとんど示されていないように感じます。

1つの専門性を確立してある程度の収入を得られるようになった段階で、リスクを負ってまで次なる専門性の獲得へ移行するという選択肢は現実的にとりづらい、という課題もあります。拙著『パラドックス思考』の第7章でもキャリアについて書きましたが、キャリアデザインとは、矛盾に満ちたものなのです。

そこで本記事では、連続的に専門性を獲得していくための冒険的なキャリアデザインの見取り図となる考え方──「戦略的トラベリング」について、書いてみたいと思います。

トラベリングとは、バスケットボールの用語で、ボールを持った状態で3歩以上歩いてしまったときにとられる反則のこと。バスケであればご法度であるトラベリングが、なぜキャリアデザインに有効なのか。まずはキャリア形成の考え方について、順を追って解説します。


【STEP1】最初の「軸足」を置く位置を定める

今回のテーマは、キャリアにおいて"連続的"に専門性を獲得していくための方法を主題に論じようと思っています。

しかしながら、学生や若手ビジネスパーソンの方には「そもそも1つ目の専門性をどうやって定めればいいのかわからない」という人も多いと思います。
実際、「最初に軸足をどこに置くか」は非常に重要です。なぜなら連続的専門性とは、最初に定めた専門領域の周辺に広がっていくものであり、最初に何を専門性とするかによって 次の選択肢がある程度限定されてしまうためです。余談ですが、バスケの上手い人も、1歩目の着地の仕方が非常に上手いのですよね。

軸足を固定して、もう片足を自由にステップする動きを「ピボット」と呼ぶ。
しかし勢い余って軸足がズレてしまうと「トラベリング」で反則となる。

そこでまずは、キャリアにおける「最初の軸足」を定めるときの2つのポイントについてお伝えします。

1つ目のポイントは、軸足を「HOW」、すなわち道具として“磨いていけるスキル領域”に置くことです。

たとえば、私のキャリアの最初の軸足である「ワークショップデザイン」は、歴史の詰まった思想である一方、企業・地域・学校など、さまざまな領域の課題解決や課題解決の手段としてのスキル(HOW)でもあります。

もちろん若いうちから問題意識がはっきりしていて、最初の軸足を「環境問題」などの壮大な「WHY」に置きたい、というケースもあると思います。WHYに軸足を置くと使命感からモチベーションは上がりますし、問題意識が明確なことは大変素晴らしいと思うのですが、かなり戦略的にトレーニングを積まないと、30歳前後で行き詰まってしまうケースも少なくありません。WHYだけはっきりしていても、それを解決するためのHOWとしてのスキルが磨かれないと、結局はWHYに貢献できず、自己実現ができません。

30代を超えて高度なスキルが身についてくると、「このスキルをどう社会のために使っていこうか」という利他的な発想はどこかで必ず出てきます。なので、20代などのキャリアの初期段階においては、「何をのために使うのか」というWHYの部分は一旦横に大切に置いておいて、自分が「面白い」「探究したい」「使いこなしたい」と思えるHOWに軸足を起き、磨いていくことが大事だと思います。

もう1つのポイントは、「自分が長く楽しめそうなHOWを選ぶ」ことです。

たとえば「これからはITの時代だから、プログラミングを勉強する」というふうに、自分の軸足を定めるうえで、市場の状況やトレンドを考慮する人も多いと思います。しかしながら、好きでないことを無理にやろうとしても、続きません。途中で飽きたり、なんだか不安になってきて、専門性が確立する前に軸足を別の場所へと移してしまい、結局何の専門性も身につかない、という事態に陥ります。

キャリアにおいて武器にできるレベルの専門性とは、どんなに短くても少なくとも3-5年くらいはそこにどっぷり浸かってコミットしないと身につかないものだと思います。

「トレンド的にいま来てる」「次の転職に役立ちそう」といった短期的・外部的な理由ではなく、内発的動機に基づいて、自分の没入できるものを軸足にすることが、結局は強固な専門性を確立するための近道になると思います。

【STEP2】「自由足」で軸足の周辺領域を踏み固め、“面”をとる

軸足を置く位置が決まったら、今度はそこから無理なく足を伸ばせる範囲において、「自由足」(バスケットボール用語で、軸足ではないもう片方の足のこと)をピボットし、“面”を広げていきます。

これは要するに、軸足のHOWにさまざまな要素を掛け合わせることで、軸足を強化しながら専門性の幅を拡げる、ということです。

たとえば、私の場合は「ワークショップデザイン×まちづくり」「ワークショップデザイン×学校」「ワークショップデザイン×組織開発」という具合に、ワークショップデザインとさまざまな領域を掛け合わせることで、「さまざまな領域の課題を、ワークショップデザインで解決できる」という専門性の”面”をとっていきました。

これらの領域は、HOWであるワークショップデザインのスキルを使う対象、「WHAT」にあたります。

このように、軸足にある「HOW」に、さまざまな対象物の「WHAT」を掛け合わせていくのがやりやすいですが、掛け合わせる先がWHATではなく「別のHOW」の場合もあります。

たとえば、軸である「ワークショップデザイン」の手法を拡張させるために自由足を「アート」「演劇」「アイスブレイク」「ファシリテーション」「問いの設定」「LEGOブロック」など、「ワークショップデザイン」のスキルを拡張させる別のHOWを自由足で探索するということです。

もしその過程で「LEGOブロックを駆使したワークショップデザイン」そのものを軸足にしたくなった場合は、関心の軸が具体化されたということで、軸足を再設定すればよいでしょう。その上で、自由足を別の対象に伸ばしながら、専門性の”面”を作り続けます。

ただし、最初の軸足を「狭すぎず、広すぎない領域に置く」ことは、自由足を活かすための1つのポイントでもあります。あまりに狭く具体的すぎるニッチ領域に軸足を置いてしまうと、自由足の幅が広がらず、専門性の”面”が小さくまとまってしまう可能性があります。

キャリアデザインの鍵となる、周囲からの「認知」のコントロール

軸足が定まり、なんとなく自分の専門性を感じられるようになってきた。

ここで出てくるのが、いったいどのタイミングで「専門性が確立された」と言えるのか? という疑問です。

私の考える「専門性が確立された瞬間」とは、「安斎と言えばワークショップデザイン」という具合に、自分の軸足が周囲の人に認知されるようになったときです。ここでいう"周囲"とは、同じチームのメンバーや上司はもちろん、別の部署の同僚や先輩、SNSで相互につながっている人など「少し離れた知り合い」からの認知を指標にするとよいでしょう。

なぜここで「認知」の話になるのかというと、自分にどんな機会が降ってくるか、すなわちどんな仕事の依頼がもらえるかは、自分がどのように周囲に認知されているかによって決まるからです。

冒頭で「計画的偶発性理論」のことを少し書きましたが、「自分に何ができるのか」「どんな方向にいきたいのか」を意思を持って外部に発信し、認知されることで、未来のキャリアを開くような機会を得る可能性を高めることにつながります

だから、キャリアデザインにおいてセルフブランディングが重要なのです。

また、人間は複合的に理解を形成するものなので、1つだけインパクトのある実績があったとしても、軸足の認知にはつながりません。だからこそ、自由足を動かし続けて、“面”的な実績をつくる必要があったわけです。動き続けているからこそ、動いていない軸足が見えてくるようなイメージです。

私の例でいえば、私の目標は周囲から「安斎と言えばさまざまな領域の課題を、ワークショップデザインで解決できる」という認知を獲得することでした。それが「安斎と言えばまちづくり」「安斎と言えばLEGOのワークショップ」と認知されているうちは、自由足の”点”での実績が派手に目立ってしまっており、軸足のブランディングはまだ不十分な状態です。

実際、私自身キャリアの初期にLEGOブロックを頻繁に使っている時期に「LEGOのワークショップの人」と認知されていた時期がありました。そこで専門性の認知を修正するために、何年かの間LEGOのワークショップをあえて封印することで、「安斎と言えばワークショップデザイン」という認知が形成されるまで、軸足を固定して、自由足を動かし続けました。

私の場合はこの間にTwitterやBlogを通して「ワークショップデザイン」に関する情報を毎日のように継続発信し、またワークショップデザインの研究をするために大学院の修士課程に進学したこともあって、28歳の頃にはじめての共著『ワークショップデザイン論』を出版することができました。

これによって、周囲の知人から「安斎と言えばワークショップデザイン」と認知されるだけでなく、知人以外の業界関係者から「ワークショップデザインと言えば安斎勇樹」という逆の認知も形成され始めました。ここまでくると「ワークショップデザイン」というスキル領域と、私「安斎勇樹」という個人が業界コミュニティのなかで相互に強く結びつき、多くの人の第一想起がとれるようになり、ありがたいことに30代の前半のうちに「ワークショップデザインの第一人者」と呼んでいただける機会が増え、専門家としてポジションを築くことができました。

もちろん、私は幸運なことに、環境や先輩方に恵まれてこのようなキャリアアップを経験することができましたが、最初に選ぶ軸足の領域や外部環境によって業界の第一想起をとる難易度は異なりますし、領域によっては第一人者のポジションを築くまでに何十年とかかる業界もあるでしょう。

なのでまずは、自分の周囲の「少し離れた知り合い」に自分の軸足が正しく認知されることを目指すのが良いように思います。そこから派生して「知り合いの知り合い」くらいの距離感の人から、自分の軸とする得意領域の仕事の相談や依頼がくるようになれば、まずは「最初の専門性を確立できた」頃合いと言えるのではないかと思います。

また、ここで1つ補足しておきたいのは「軸足は、自由足を動かすことによって鍛えられる」ということです。

「勉強してある程度のファシリテーションスキルが身に付いたら、会議のファシリテーターをやります」とか、「スクールに通ってWEBデザイナーの資格がとれたら、デザインの仕事に挑戦します」と言う人がいます。

もちろん勉強の時間をとることは重要ですが、これは​​受験勉強に喩えれば「学力があがったら、模試を受けます」というのに似ていて、いつまでも”練習”を続けて永久にバッターボックスに立てないパターンです。とにかく軸足を定めたら、下手でもいいから自由足を動かしてピボットし続けていない限り、軸足は鍛えられません。仕事としての機会がなければ、ボランティアだってよいでしょう。とにかく実践し続けることが重要です。

そうした“動き”を続ける過程で、徐々に「あの人はワークショップデザインが得意なんだ」という認知と実力が相互に醸成されていくのです。
「まず軸足を固めてから、自由足を拡げる」という順序ではなく「自由足を拡げながら、軸足を鍛える」ことを意識することが重要なのです。

【STEP3】軸足をずらし、“戦略的トラベリング”を行う

「〇〇といえば△△」という認知が周囲に形成され、業界における上位想起が取れてくると、その領域に関するやりがいのある仕事がどんどん舞い込んでくるようになるでしょう。

自尊心も満たされ、得られる報酬も高額になったことで、このまま人生を逃げ切るぞ!... というのは前時代のキャリア戦略。「人生100年時代」の冒険を駆け抜ける「連続スペシャリスト」になるためには、この状況に慢心せずに「次の一手」を打つことが重要です。

ここで私が提案したいのが「戦略的トラベリング」という考え方です。

トラベリングとは、バスケットボールの用語で、ボールを持った状態で3歩以上歩いてしまったときにとられる反則のこと。バスケにおいては、最初に固定した軸足は、ズラしてはいけないのですね。

キャリアデザインにおいてもこれは同様で、ちょっと努力してうまくいかなかったからといって「これは自分には向いていない」などと言って軸足をブレさせ続けていては、専門性は身につきません。しばらくの間は軸足を固定して、決してトラベリングしないように、自由足でピボットを繰り返す必要がある。

しかし確立された専門性を軸足にピボットを繰り返していると、当初は「長く楽しめそう」と思って設定したはずの軸足に徐々に「飽き」を感じてくるタイミングがあります。仕事に大きなチャレンジがなくなり、同じルーティンの繰り返しになって、マンネリを感じてきたら...、このときこそが、いよいよ次なる専門性へと軸足をシフトすべきタイミング。つまりあえて戦略的にトラベリングを決行すべきタイミングです。

ポイントは、これまで探索的にピボットをしていた自由足を「次の軸足」として固定し直すことです。軸足も自由足も両足とも完全に別の領域に一足飛びにジャンプしてしまうと、これまで蓄積してきた専門性が資産として活きません。それは連続的専門性ではなく、単なるキャリアリセットです。

このとき、新しく軸足を着く場所は、一度自由足で踏んだことのある、手応えを感じていた領域になると思います。つまり、自由足で軸足の周辺を踏み固めるという行為には、「次なる軸足の可能性を探索する」という意味合いもあったわけです。

たとえば私の場合、「ワークショップデザイン」の次の軸足を「組織開発」にすべきか、あるいは「イノベーション」にすべきかなどと、自由足で探索経験のあったいくつかの対象領域からひとつに定めることができず、考えあぐねていました。結果として、自由足の一つとして探索していたHOWである「問い」を、次の軸足に定めました。ワークショップデザインよりも抽象度の高く、本質的なHOWを次の軸足にすることで、より大きな問題を解決可能な軸足で、キャリアアップを試みたのです。

戦略的トラベリングを行ったあとこそ、セルフブランディングがいっそう重要になってきます。一度形成されてしまった認知とは強固なもので、相当意識的に発信を行わない限り、過去の専門性に関する依頼が延々と来続けることになるからです。

私の場合も、次の軸足を「問い」にすると決めてからは、意識的にワークショップデザインの話題をSNSの発信から減らすようにしました。当然ながら、それでも世間の認知は「ワークショップの専門家」のままですから、引き続きワークショップの依頼はいただきます。それゆえ積極的に「会社ではお引き受けできますが、安斎自身はもうワークショップはやっていません」「ワークショップの研究はもうしません」と、軸足が変わったことをかなりはっきり周囲に伝える必要がありました。

次の軸足として出版した『問いのデザイン』では、出版社からは「ワークショップを書名に押し出してほしい」と要望があったのですが、私の意向でタイトルから「ワークショップ」という言葉を意識的に削除しました。

そしてその後に立て続けに「問い」を含んだ書籍を出版して、「安斎と言えば問い」「問いと言えば安斎」という認知を獲得したのです。現在は、その次の第三の軸足の仮説を定めて、「脱・問い」に挑戦しているところです。


  • 【STEP1】専門領域を定める

  • 【STEP2】専門領域の周辺領域をさまざまに踏み固めて専門性を確立しつつ、次なる専門領域の可能性を探る

  • 【STEP3】“トラベリング”で専門性を1つ隣の領域にずらす

ここまで、連続スペシャリスト的なキャリアを描くための方法論について書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?

1つの専門性で食べていけた時代に比べるとなかなかに大変ではありますが、人生100年時代を冒険的に楽しくくぐり抜けるキャリアデザインの参考になれば幸いです。


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