見出し画像

なぜハロウィンの日に若者は渋谷へ出かけるのか。

11月になりました。
先週末から昨日10月31日にかけて、ハロウィンのニュースが今年も全国を賑わせましたね。

中には年々マナーが悪くなっているという噂も。。
一部のメディアでは参加者が「暴徒化」したとも表現されていました。

確かに、今年は軽トラックを倒したり、逮捕者も多くでたりとバッドニュースが例年より目立ったような気もします。

ただ、ここで気になるのは ”彼らが渋谷に繰り出す理由” 。

昨年、一昨年ともに参加者の数は100万人を超えていて、年々増えているので今年はもっと多かったはずです。
そうなってくると、一概に悪い面だけ見るわけにもいかなくなってきます。

それだけの人が「参加している」理由があるわけですか…。

というわけで、僕なりの渋谷ハロウィンがここまで盛り上がる理由、みんながこぞって渋谷に出かけていく理由を考察したいと思います。
(※もちろん犯罪は良くないのですが、ハロウィンが善か悪かといった議論は一旦考慮せずに良い部分を考えてみます)

その理由は3つです。

・「何か面白いことが起こりそう」な空気感がある
・リアルな繋がりを実は求めている
・誰もが主役になれる


ハロウィンの狂気を振り返る

僕は上京して4年目になります。
地元福岡でも街中天神でそこそこ盛り上がるので実際に仮装したこともあります。

東京を知らない方は渋谷=地元で一番の繁華街と置き換えても少し伝わるかも知れませんが、経験上全国のニュースでも取り上げられる渋谷のそれは、他のハロウィーンパーティとは一線を画します。

主要なセンター街はもういつもの通勤で使う満員電車の比にならず、パンパンに溢れたクラブのそれよりも人口密度が高い状態になります。

酒に酔い、絶叫する人や暴れる人、ドサクサに紛れて女性の身体に触ろうとする人やとにかく写真を撮りまくる人、過激なパフォーマンスで人の目を引こうとする人、たくさんの人がいて、その人間模様は凄まじいです。

犯罪に巻き込まれる可能性も非常に高く、そうでなくとも酔っ払いに絡まれたり、お酒や嘔吐物、ゴミをぶっかけられる可能性も他人事でないくらい高いです。


本当に悪いことだらけなのか?意外な渦中の人たちの様子…

そんなリスクを冒してまで仮装し渋谷に出て行くのはなぜか、気になりませんか?

僕は渋谷で仮装したことはないけれど、実は毎年ハロウィンのシーズンには夜渋谷を歩いてみるんです。
(*現場を見ずに批判をするのは嫌だ、というのが僕のポリシーです*)

その中で毎年歩いてて見る光景というのは、参加者の大多数の人が笑顔なんです。


・・・意外ですか?


もちろん、喧嘩が発展したりたまたま渋谷にいて混雑に憤っている人もいますが、自ら仮装してこのハロウィンの祭典にやってきた人たちのほとんどは「笑顔」なんです。

ニュースの報道では特筆すべき悪事や出来事が流れますが、その場での多くの光景は、道を進みながら、出会う人出会う人が互いの仮装を褒めあい、一緒に写真を撮っている。

そんな光景です。


「何か面白いことが起こりそう」な空気感がある

もちろん、100万人を超す人が集まっているわけですから、面白くないわけはないんですよ、きっと。

僕もただ歩いているだけですが面白いと思います。
(FunなのかInterestingなのか、みたいな違いはそれぞれあるかも)

今年でいうと軽トラックが倒されましたが、毎年「何か」が起きるんです。

そういった意味でその「何か」の目撃者になることを、案外多くの人が期待している気がしています。

こういったニュースになるような大きなことでなくとも、街のいたるところで「何か面白いことが起きそう」な空気感がそこには漂っているんです。

ライブ感を大切にしたい、リアルな現場に触れたい、面白いことにはどんどん参加したい、シェアしたい、話題の中心でいたい、という僕らミレニアル世代にとっては格好のネタ作り場であるわけです。


リアルな繋がりを実は求めている

目立つ仮装をしていたり、ひねりが効いていて面白い人たちの前には写真を撮りたい人たちの行列ができていることも珍しくありません。

(こんな方もいらっしゃいました)

普段シャイな日本人がみんな互いに「写真撮りましょう」とスマホを差し出して、ポーズを決めている姿はある意味新鮮です。

そこまで奇抜な格好をしていなくてもみんな写真を撮ることにウェルカムで、そこから会話が生まれたり、再び会った集団が「また会ったね!!w」なんて言い合っている様子も比較的多くみかけるんです。

彼らの中で写真を撮り合うという行為が一つのプロトコルとなっているわけですね。

写真を撮り合う中で自然と会話、交流が生まれている。

渋谷ハロウィンは2013年くらいから本格的に盛り上がり、もはや文化となっていますが、SNSでシェアされ毎年話題になるような人たち、場所に実は行ってみたい、体験したい、という感覚になる人が一定数いる、そんな感覚を僕は感じています。


SNSでのやりとりが生活のほとんどを占める僕らは、いつの間にか情報を浴びまくって消化不良を起こしている。
その中で得た面白い情報を渋谷に行けば体験できて、交流もできる、そういう場を無意識に僕らは求めているような気がします。

そして何より100万人まで大きくなったその規模感が、参加ハードルを極限まで引き下げます。

無料で誰もが気軽に参加できる「フェス」が、ハロウィンなんではないかと思います。


誰もが主役になれる

何より強いイセンティブがこの「誰もが主役になれる」場であることなんだと思います。

無料で誰もが気軽に参加できるフェスではあるけれども、同じく夏に大いに盛り上がる音楽を中心としたフェスは、ほとんどの場合前方に「ステージ」があって、そして偶像としてのアーティストに向かってみんながエネルギーを送るような構図なわけです。

もちろん隣の人と共通のアーティストや音楽を介して交流することはあるのですが、ハロウィンほど断続的に多くの人と交わる場所はあまり存在しません。

そして「写真撮ってください!」「撮りましょう!」という会話から写真を撮り合う。
声をかけられる、ちやほやされる。褒め合う。そんな写真撮影というプロトコルを介して、単純に承認欲求を得られる以上の楽しさがあるんではないかと思います。


そこに参加している全員がその場を作っている当事者になります。
参加者であり、通常のフェスで言えばステージに立つアーティストでもいられる場です。

実際に仮装もせず歩いていると、僕はすごく羨ましいなという感覚になるのも偽りない素直な感想です。


今後どうなる?

ここまでの3つの理由から渋谷(日本)でハロウィンが盛り上がっているんだろう、というのが僕なりの見解です。

そうは言っても、この1週間くらいの盛り上がりの陰で困っている人や迷惑をしている人も多いことは事実でしょう。

じゃあどうすればいいのか、それはこれから考えていかないといけないことですよね。

個人的には、一昨年にゴミ問題が大きく取り上げられた時にキングコングの西野さんが提案した、「ゴミ拾いをイベントにしてしまおう!」という考え方に非常に感動したのを覚えています。

アプローチとしては、問題・課題はあるものの、それを取り締まったり制限していく方針ではなく、課題を気づいたらみんなが面白がって解決してしまっていた、みたいな状況を作る、そういう仕掛けを作るのがいいんではないかと思っています。


そのための一つとして、渋谷でハロウィンに参加するのと同じくらい面白い場を複数生み出す、という方法があると思います。

今年から特にTwitter上で盛り上がった「#地味なハロウィン」なんかはこの部類に入るのではないでしょうか。

もう一つ面白い指摘だったのは

https://twitter.com/koh_kira/status/1056478199515820037?s=21

コレ。
なるほど、と思いました。

一部みんながステージがないことが良いこと、みんながアーティストだ!という自分が書いた内容とは若干衝突してしまうのですが、夏フェスのステージとはまた違った「エネルギーの発散対象」を作ることも一つの解決法かもしれません。


ここまでつらつらと書きましたが、ぼくはハロウィンのような大量に人が集まる場をもっとうまく活用した方がいいじゃないかと思っています。

集客に苦戦しているお店やサービスが多い一方、雪崩的に人が増えているこのイベントもあるわけです。

世の中のムーブメントに対して批判をするばかりでなく、もっと良く展開されるにはどうしたらいいか考えていくことはよりよい未来を作っていくことに繋がると信じています。

ここまで読んでくださった方はありがとうございます。
ちょっとでも何か気づきを与えられるような投稿であればすごく嬉しいです。

もしこの記事が、筆者ことがいいね!と思って、何か恵んであげたいと思ってくださることがあれば、サポートという形でお気持ちを表明していただくことができます。筆者は喜びます。