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猿田彦命と天鈿女命の婚礼のために建てられた荒木の宮で願う縁結び 荒立神社

■ 荒立神社(あらたてじんじゃ)


猿田彦命(サルタヒコノミコト)と天鈿女命(アメノウズメノミコト)の結婚が急だったので、荒木を利用し急いで宮を造営したため、「荒立宮」と称された。宮尾野地区はかつて「興梠(こうろぎ)の里」と呼ばれた里で、現在もこの社は興梠一族の氏神様としてあがめられている。アメノウズメノミコトは芸事の上達にご利益があるということで、昔から多くの芸能人が参拝する神社としても有名。


〈基本情報〉
住所:宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井宮尾野
高千穂バスセンターから1.5km
駐車場:有、無料、50台
祭神:猿田彦命(サルタヒコノミコト)・天鈿女命(アメノウズメノミコト)
例祭日:7月29日
御利益:夫婦円満、縁結び、子宝、芸事の上達、厄除け、長寿、諸願成就


・ 猿田彦命(サルタヒコノミコト)と天鈿女命(アメノウズメノミコト)の出逢い


瓊々杵尊(ニニギノミコト)が日向の高千穂に降られる途中、道が八つに分かれた所に、天上の高天原と下界の葦原中国とを照らす神が立っていました。ニニギノミコトは付き従って来ていたアメノウズメノミコトに、「そなたは立ち向かってくる神に対しても勝つことができる神である。行って、『天降りする道に、誰が、なぜ立ちふさがっているのか』と尋ねて来なさい」と命じます。アメノウズメノミコトはその神のもとに向かうと、着衣をはだけ胸元もあらわにし、裳裾もはだけて、その神に問いました。すると、その神は「吾は国つ神で、名はサルタヒコノミコトと言う。天つ神が降臨されると聞いたので、その道案内をしようとお迎えに上がったのです」と答えました。(『古事記』、『日本書紀』より)


・ サルタヒコノミコトとアメノウズメノミコトの結婚

その後、ニニギノミコトは「道案内役として仕えたサルタヒコノミコトの名前は、そなたが継いで、今後もお仕えしなさい」とアメノウズメノミコトに命じました。これにより、二人の神は結婚することになり、アメノウズメノミコトの女の子孫は「猿女(サルメ)」と名乗ることになりました。(『古事記』、『日本書紀』より)


・縄文人の豪族・サルタヒコノミコトと天孫族の国際結婚


サルタヒコノミコトは、『日本書紀』では

「鼻が長く、背が七尺余りもあり、目は八咫鏡のようで、赤いほおずきのように輝いている」

と、その外見について細かく描写されています。

神楽でもサルタヒコノミコトは天狗のような面をつけて舞われます。一方のアメノウズメノミコトはオカメのような面。国つ神であるサルタヒコノミコトは、天孫族が高千穂にやって来る前、この地方で力を持っていた縄文人の豪族だったのかもしれません。

梅原猛氏(『天皇家の“ふるさと”日向をゆく』)も指摘するように、二柱の神の婚姻は、のっぺりとした顔の弥生人アメノウズメノミコトと土着の縄文人との国際結婚を表した神話であり、その舞台となった神社だと考えることもできるでしょう。

〈周辺の見どころ〉

・ 二十躰王宮社(にじったいおおのみやしゃ)
荒立神社とくしふる神社を結ぶ小道の脇に祀られている石碑。天村雲命(アメノムラクモノミコト)や天斗麻根命(アメノトマネノミコト)、天少彦根命(アメノスクヒコネノミコト)をはじめとする、ニニギノミコトに仕え天降った32神のうち20神を祀る。


※この記事は、2008年に作成した記事です。

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