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180SXの事故についてのあれこれ

報道された福岡の180SXの事故で、ボディが真っ二つになっている現場写真は衝撃的だが、それが無謀運転の結果だとする発言がツイッター上には多くみられて、違和感をおぼえた。
 
180SXはS13型シルビアと同系の車種だ。日産がアメリカで「240SX」として販売していたハッチバッククーペを、901運動前夜の1989年に、エンジンを2.4LのKA24E型SOHCエンジンから1.8LのCA18DET型DOHCターボエンジンに換装し、日本でもプリンス、チェリー系列で販売するようになった。

販売期間は1999年までと長く、その間、二度のマイナーチェンジが施された。1度目のマイナーチェンジではエンジンが2LのSR20DETに変わった。二度めのビッグマイナーチェンジは、シルビアがS14型にフルモデルチェンジした3年後で、R33スカイラインなどと同様、衝突安全対策で多くのクルマが3ナンバーのボディをまとうようになったが、180SXは初期の5ナンバーサイズのボディのままモデルチェンジをせず、デビュー以来、10年間も売られ続けた。
 
180SXの中古車の相場は、今どのくらいなのか。
 
ある中古車サイトで見てみると、158万円から2,000万円とある。
一番安い個体は見るからにあやしく、容れ物はたしかに180SXに違いないが、素人目に見ても、支払額と同程度かその何倍ものメンテ費用がかかりそうだ。
2,000万円の個体はデモカー仕様で、3.7万キロという奇跡的な走行距離だ。上には上があって、価格のつかない「応相談」という個体も何台かある。
 
20年ほどまえ、10万キロ走行の180SXが、総額20万円くらいの値で売りに出されていた。その店は教え子の整備屋で、その教え子はうちのクルマ買ってくださいと、とぼくにしきりに勧めた。
 
当時のぼくのクルマは、実家の親が新車で買ったP10プリメーラ。AT車だったが、固いダンパーにローダウンスプリングで車高を落とし、保安基準適合のマフラーを付けて乗っていた。そのプリメーラよりも古いクルマに、わざわざ20万も出す気はなかった。
 
あのときのクルマと同程度の個体に、今は300万円後半の値がついている。いったい何なのだろうと思う。
 
そんな180SXに乗っていて大事故をした、ということになると、高価なスポ車に舞い上がって自制心を失い、コントロールできないような無謀なスピードで走っていたんだろう、というようなことを言う人たちが出てくる。
それはしかし偏見というものだ。
 
最新のメルセデスで安全運転を心がけていても、事故を起こせば死ぬときは死ぬ。フロアの腐った古いイタ車で乱暴にかっ飛ばしていても、死なない人は死なない。ことクルマの事故に関して言えば、自業自得ということは必ずしも当てはまらないのだ。
 
あれほどの壊れかたは相当なスピードが出ていたはず、などと今のクルマの感覚で言ってはいけない。180SXはなにせ30年以上もまえに設計されたボディなのだ。あの世代のクルマの安全基準は、いまのクルマと比べられるものではない。
 
エアバッグは、まだあたりまえの装備ではなかった。トラクションコントロールも、ABSも。シートベルトにプリテンショナーは備わっていなかったし、後席は2点式だった。
 
アメリカでは70年代から事故時の乗員の保護についての規制がなされていたが、日本ではようやく80年代になってから。安全対策の最新技術として、ドアの内側にインパクトビームが備わっているとカタログで堂々と記載されていたりしたものだといえば、当時の安全基準の程度がわかってもらえるだろうか。180SXはそんな時代のクルマなのだ。
 
事故を起こした180SXは、5穴ホイールと丸目のテールを見るかぎりでは後期型のようだが、そんなつっかい棒ごときで、80年代終わりの設計のボディの側面衝突の安全が大々的に向上していたとは思えない。180SXに限らず、当時のクルマはガードレールに側面から突っ込めば、法定速度域でもああいう壊れ方はする。
 
実際にあのころは、大破しているクルマをよく見かけた。今にくらべて無謀運転が多かったわけではない。ルーフがはがれて飛んだり、後部席がひしゃげておしつぶされたり、ボディが「く」の字に折れ曲がったりと、クルマが事故を起こすというのは、そういうものだったのだ。
 
最近のクルマはきれいに壊れるボディ設計のおかげで、よほどのスピードでなければ、真っ二つになるような壊れ方はしない。なので、昔のクルマのことを知らない人は、あんなふうに壊れるなんて、いったいどんなスピードを出していたのだろうと想像する
 
あんなふうに壊れるのは、180SXのボディ剛性が低いから、とか、フレーム強度が弱いから、とかいうツイートも見かける。それはしかし、ちょっとちがう。
 
ボディ剛性は、そのクルマの走行性能や乗り心地の指標にはなる。ノッチバックのS13シルビアにくらべて、180SXのハッチバックボディは、たしかに弱い。走り屋のお兄さんたちはみんな知っている。大きな開口部があるため、リアの剛性が低いのだ。AE86のレビントレノも、そうだった。
 
けれども、ボディ剛性はそもそも耐衝突安全性能と同列に語られるものではない。強剛性イコール事故の際に安全なボディとういわけでは必ずしもないのだ。
 
剛性の塊のようなスポーツモデルが、ちょっとした事故でくしゃくしゃに壊れたりする。ボディ剛性が高いイコール安全なクルマであるわけではない。ついでに言うと、耐久性も安全性とは無関係。パッシブセーフティを第一の売り物にする流行のSUVが、走り方や足回りの特性の影響もあるが、5年も経たないうちにボディのあちこちがひずんで、ガタガタになったりする。
 
安全性の高いクルマであっても、無謀な運転はしなくても、死ぬときは死ぬ。クルマを運転するということは、いつもそういう覚悟でハンドルを握らなければならない。
 
いっぽうで、乗っていたのが180SXでなかったら、これほどの事故にはならなかったかもしれない。そんな思いも頭をよぎる。
 
今の時代に180SXに乗っている人は、クルマに何かしらの趣味性を求めている人か、その家族だろう。ドリフトにあこがれて免許を取って初めてのローンを組んだとか、クルマ趣味のお父さんが乗っていたクルマを譲り受けたとかいうたぐいだ。
おじいさんが新車のころから乗っている名前もよく知らないクルマを、孫が友達とドライブに出かけるのにちょっと乗っていた、というようなこともないわけではないと思うが、そんなのはきわめてまれなケースだろう。
 
180SXに乗るということは、家のアシ車を借り出すのとは根本的にちがうのだ。ヒストリックなスポーツカーに乗る以上、今のクルマ同等のものを期待するのは、根本的にまちがっている。古い機械で遊ぶ以上、趣味性を満足させるのとひきかえに、いくばくかのリスクを背負うことを承知の上で、移動のためのクルマに乗るとき以上の覚悟をしなければならない。
 
この夏、息子は18歳の誕生日を迎えた。自分でも免許をとりたいというようになった。
うちの古いアコードをどうすべきか。思案するところである。

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