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幸福の箱

「サンタクロースとの撮影会」は、結婚式のお色直しで夫婦が控え室に使うらしいホテルの一室で行われた。8畳ほどに煌びやかなクリスマスツリーとプレゼント、美しいアンティーク風の布張りのソファが並べられ、その一つにお決まりのサンタクロース服を着た外国人が座る。
彼が「ほっほっほ」と笑い声をあげる。そういえばサンタクロースはそう笑うんだった。

サンタクロースの隣に腰掛ける。
「はーい、こっちだよー!」
かけられた声に前を向くと、ベストを着たカメラマンが微笑みながら手を振っている。丸メガネに撫で付けた七三分けの髪が昭和を感じさせる。まるでタイムスリップしたみたいだ。
隣を見ると、サンタクロースの膝に乗せられた我が子。バランスを取るように両手を少し開いてカメラマンを見つめている。
「お父さん、もう少しかがみましょうか」
カメラマンの言葉に、背後の夫が動く気配を感じた。
サンタクロースが、「『メリークリスマス』で撮るよ」と英語で語る。
カメラのレンズを見る。
カメラマンも、カメラマンの隣に立つ補助の女性も、写真を印刷するために部屋の隅に座るアシスタントらしき人も、皆笑いながら子どもの視線を集めようとしている。

「子どもがいるから」何かをすることが多くなった。比例するように、参加するイベントも子ども向けのものだ。そういう場所で働く人たちは、得てして子どもたちのために必死に動く瞬間がある。今この瞬間もそうだ。
そのおかげで、怒りも争いも嫉妬も悲しみもない。ただ幸福が詰まっている時間が訪れる。

けれど、私はそういう場面に出会うといつも胸が詰まる。
胸を張って語れる人生を送ってこなかった私は、子どものための空間であやされるわが子を見ると、ふいにその幸福を嚙みしめて「ああ、人生でこんな瞬間が訪れるなんて」と泣いてしまう。

一瞬が、写真に切り取られる。
サンタクロースとの撮影は予約で詰まっている。もう次の家族が待っているから、5分とこの場に居られない。

急いで別れを告げる私と子どもを、サンタクロースが引き止めた。
白い袋の中から、小さなサンタクロースのチョコレートを取り出して、子どもの手のひらに握らせる。
「メリークリスマス」
めっちゃ発音のいいメリークリスマスだ。
子が「あんがと」とつぶやく。相手は外国人サンタだけど、「サンキュー」じゃなくても通じるのか?

チョコレートはまだ食べさせたことがない。迷ったけれど、せっかくのサンタクロースからの贈り物なので、「よく噛んで」と食べさせる。
子どもから半分チョコレートをもらった夫が「結構苦めだよ」と言う。けれど子どもは嬉しそうに「おいしーい!」と笑った。

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