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【ショートショート】総務部の逆襲

月曜日の朝、いつもの通り5階でエレベーターを降り、営業部のオフィスに向かう途中、営業1課課長の島崎は、手前にある総務部がなんだか騒がしいことに気がついた。
「だから、先週に頼みましたよね⁈今日使う資料作ってって」
声を荒げているのは主任の布川だ。彼の目の前には、総務部の若い女性がキョトンとした顔で立っている。
「どうした、布川」
「あ、課長、おはようございます。午後からの営業部ミーティングの資料をですね、先週、彼女に頼んだんですが、覚えてないって言うんですよ」
私は女性の方に視線を移した。
「ええ、ちょっと覚えがないです」
彼女は謝るでもなく、本当に覚えがないようだ。
「いや、頼んだでしょう!先週の水曜日ですよ!ここに来て」
身を乗り出す布川を私は腕で制して、待て待てと落ち着くように促した。
「ちょっと!困るんですよ!」
窓際の方から営業2課の田端課長の声が聞こえてきた。
目の前には総務部の鈴木課長が、やはりキョトンとした顔で立っている。
周りを見渡すと、総務部内のあちこちで同じようなやり取りがされていた。
あらゆる部署の人間が、総務部の社員に詰め寄っている。しかし相手は総じて身に覚えがないという表情で首を捻っている。
どういうことなんだ?
「僕、聞いちゃったんですよね」
背後でボソッと呟くような声に振り向くと、営業部の若手社員、木村が立っていた。
「おう、木村、どうした?何を聞いたんだ」
「先週の金曜日、僕、給湯室の前を通ったんです。そしたら、総務の星川部長がお湯を沸かしながら、何やら怒ってる様子でした」
「怒ってる?あの温厚な星川部長が?」
「はい、あいつら、俺たちを下に見やがってって」
何があったのか分からないが、星川部長が怒るとなると相当なことがあったのかもしれない。
「聞いたってそのことか?」
「はい、それと、その後にこう言ったんです。総務部がいないとどうなるか、目にもの見せてやる、って」
確かに私たちは普段から総務部にいろいろなことを頼っている。中にはなんでもやってもらうのを、当たり前と思って態度が悪い社員もいると聞く。
しかし、この状況がどう繋がるのか。
「あれですよ」
木村がホワイトボードを指差した。
そこには、赤いペンでこう書かれていた。

金曜日19時より忘年会

「まさか…」
島崎は目を見開いて驚きの表情のまま絶句した。
「多分、そのまさかです」
冷静に木村が頷く。
「だって今年はまだ、あと3週間あるぞ!」
布川も事態が飲み込めたようで驚きの表情を隠せない。
「そういうことか」
島崎は力なく呟いた。
「ええ」
木村がそれに応え、話を続ける。
「何かで腹を立てた星川部長が早くも忘年会を決行してしまったんです。それによって、総務のみんなは…」
「今年のことは全て忘れてしまったということか」
「その通りです」
「チクショウ!」
布川がそう叫んで壁を叩いた。
「あと3週間、俺たちはどうやって仕事したら良いんだ!」
どの部署も総務部に頼り切っていた。
普段は存在感が薄いのに、いざ機能しなくなると全社員が困る部署、それが総務部なのだ。

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