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【日記】熱に浮かされてもひとり

(1789文字)

休み明け早々に熱が出た。ただ今、絶賛上昇中。
実家の母の調子が悪くて看病に行ってたんだけど、見事に持って帰ってきた。コロナじゃなきゃ良いけど。

ボクは今、ひとり暮らし。
トイレに行くにも億劫なので、ご飯を作る元気もない。
こんな時に看病に来てくれて、お粥なんか作ってくれる女友達がいたら、やっぱり惚れちゃうよね。
って、既婚53歳が何を言ってるんだという感じだけど、ボクがまだ若くてひとり者なら惚れちゃう、絶対。

まぁ、ドラマとかで見たことがあるような、ありがちな設定だけど、それならどういう流れで惚れちゃうのかを想像してみる。

会社の上司に熱を出した旨を連絡し、布団に包まっていると、玄関のベルが鳴った。
「こんな時に誰だよ」
そう呟きながら布団から這い出し、玄関を開けると同僚の松本が立っていた。
「よ!大丈夫?」
「松本ぉ。どうしたんだよ」
(こんな時に誰に来て欲しいかとイメージしたら、女優の松本若菜が出てきたのでそのイメージで)
「課長から、ご飯も食べられないみたいだって聞いたからさ、作りに来てあげた。お邪魔しまーす」
松本はボクの返事を待たずにパンプスを脱ぎ、部屋に入って行く。
「ちょ、ちょっと」
「なに?見られちゃいけないものとかあるわけ?ヤラシいDVD?」
松本はそう笑いながら、シンプルなパンツスーツの上着を脱いでハンガーにかけた。
「寝てて。台所借りるから」
そう言う松本の後ろ姿を見ながら、ボクは大人しく布団に入った。
松本とは同じ営業部でデスクを並べてもう5年になる。
気が強いヤツで、言いはしないけど、男には負けないという気持ちが溢れている。
時々、扱いづらいと思うが、彼女の言うことは正論が多い。だから扱いづらいのか。
「仕事は大丈夫なの?」
台所の松本の後ろ姿に声をかける。
「今日は午後からアポがあるけど、午前中は余裕があるからさ、来てやった」
男っぽい話し方で恩着せがましく言いながらも、実はそう思っていないのが分かる。
天井を眺めながら横になり、松本を待つ。
体の中に蒸気機関車の釜炊きがいるんじゃないかと思うくらい、中心から熱が広がっていく。
手は痺れるように熱く、握っても力が入らない。
「お待たせ〜」
松本が玉子粥を作って持ってきた。
「おお、ありがとう。お前も料理するんだな」
憎まれ口を叩いてみる。
「当たり前でしょう。やる時はやるわよ。って、それはレトルトだけど」
「レトルトなの?」
「当たり前でしょう?文句言わずに食べる」
温かいお粥が喉から食道を通って、胃に落ちたのが分かる。昨日からなにも食べていない。
食べ終わると松本が持ってきた薬を飲んで、再び横になった。
「熱は?」
「分からない」
「なんで?」
「体温計ないから」
「これだから男のひとり暮らしは」
そう頬を膨らませながら、松本がボクのおでこに手を乗せ、もう片方の手で自分のおでこに触れる。ちょっと透けたブラウスの袖が目に入る。
「あら、結構あるわね」
松本の手は冷たくて気持ち良かった。その手を離そうとしたので、ボクは咄嗟に彼女の手の上に自分の手のひらを乗せ、
「気持ち良い」
と目を閉じたまま呟いた。
彼女は嫌がるでもなくそのままにされている。きっとボクの顔を覗き込んでいるだろう。
胸の鼓動が少しずつ高まる。微かに彼女の香りが漂う。いつもは何とも思わないけど、今日はなんだか艶かしく感じる。
「さて、それじゃ私はもう行くから」
松本がおでこから手を離して立ち上がる。
「行っちゃうの?」
思わず甘えるような言葉が出てしまったことに恥ずかしくなる。
「なに甘えてんのよ。分かった。晩御飯も持ってきてあげるから、それまで待ってなさい」
松本はそう言うと、スーツに袖を通し、パンプスを履くと玄関のドアを開けた。
日常の雑音が飛び込んできて、入れ替わりに彼女の姿は消えた。

なんて考えてみたけど、この彼女、同僚として来てる訳じゃない気がする。
ずっと気があるんだけど、男勝りのキャラなので言えずにいる。
そこでこの機会ですよ。
チャイムを鳴らす時はドキドキしたでしょうね。
そう思うと何だか可愛い。

とか何とか妄想しているうちに11時を過ぎた。
妄想というか、あくまでも小説の練習ですよ、はい。
誰か来てくれないかなーとスマホの電話番号やらLINEを眺めてみる。

みんな人妻じゃねぇか!

いや、人妻じゃなくてもダメだよ、53歳既婚男性。
まぁ、熱に浮かされているってことで。

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