年金生活者に5000円給付は妥当なのか?その中身と意図について考えてみた

 年度末におかしなニュースが舞い込んできました。年金生活者の人たちに対して5000円を「臨時特別給付金」として配る、という政策が提案され*1、多くの人たちからツッコミの嵐となっています。ちょっと時間が経ってしまいましたが、色々と味わい深いニュースですので、今回はこの件について考えてみたいと思います。

どんな政策?

 まずは政策の中身について。わりとシンプルな話で、「年金生活者に対して5000円程度の支給をする」というものです。その理由としては、年金の支給額が減少したため。年金の支給額は現役世代の賃金に連動するような形になっていて、コロナ禍の中で現役世代の賃金が低下したことを受けて年金も下がっています。この低下部分を補填しようというのがこの5000円案です。

 対象はおよそ2600万人と言われており、これに5000円を配るとなると1300億円。予算としては2021年度予算のうちのコロナ関係での予備費を充てる想定らしいです。提案しているのは自民党と公明党。報道によれば発案したのは自民党の茂木幹事長だとされ、そこに公明党も誘って岸田首相に申し入れを行ったとのこと*2。

 この件は冒頭に書いたとおり、特に子育て世代を中心に多くのツッコミを受けています。最近の子ども手当の特例給付の廃止など子育て世帯に対する所得制限が敏感なテーマになっている中、特に「制限も設けることなく」「高齢者に対して」給付が行われるという点が大きな理由でしょう。

是非について考える

 次に、この是非について考えてみます。まず、わたしの基本的なスタンスについて。税金の役割はそれぞれの人の一時的な浮き沈み(リッチになったり貧しくなったり)を平準化することにあると考えていますので、高齢者であろうが子どもであろうが、困っている人が困らない程度の保障が行われるべきと考えています。したがって、高齢者と子育て世代の分断を生むような取り上げ方は若干危険ではないかと感じています。困っている子育て世代がいるのと同様に、困っている高齢者だっています。それを一緒くたにして「子育て世代 VS 高齢者」の構図にするのはSNS上での拡散と自己顕示欲の発散には役に立っても、根本的な問題の解消には無意味というか害ですらあるでしょう。

 とはいえ、このスタンスから見ても今回の政策を肯定するのはちょっと難しいように思います。政策の評価にあたってよく言われているのが「必要性」、「効率性」「有効性」、「公平性」の4つ。もう随分古くなりはしましたが、総務省の政策評価に挙げられていた観点。もっと良いのがあるかもですが、ひとまずこの観点から眺めてみることにしましょう。

(ア)「必要性」の観点
・政策の目的が、国民や社会のニーズに照らして妥当か、上位の目的に照らして妥当か。
・行政関与の在り方から見て行政が担う必要があるか。
(イ)「効率性」の観点
・投入された資源量に見合った効果が得られるか、又は実際に得られているか。
・必要な効果がより少ない資源量で得られるものが他にないか。
・同一の資源量でより大きな効果が得られるものが他にないか。
(ウ)「有効性」の観点
・政策の実施により、期待される効果が得られるか、又は実際に得られているか。
(エ)「公平性」の観点
・政策の目的に照らして、政策の効果の受益や費用の負担が公平に分配されるか、又は実際に分配されているか。*3

「必要性」の視点

 必要性とは、国民や社会のニーズが存在するかどうかという点。今回の政策で必要性として挙げられているのは年金額の引き下げ。年金額は現役世代の賃金と連動していまして、最近のコロナ禍で現役世代の賃金が減少していることから2022年4月から0.4%の引き下げが行われることになっています*4。これは年金額と現役世代の賃金を平準化させようというもので、反対に現役世代の賃金が上がれば年金も上がることになる仕組み。引き下げの額としては月額で259円とそれほど大きな額ではないものの、貯蓄もなく年金のみで生活している世帯にとっての必要性はありそうです。他方で、それ以外の人たちへの必要性はちょっと疑問です。

「効率性」の視点

 効率性とは、必要な効果をより少ない資源量、つまり少ない予算で得られるかどうかという点。今回の政策が低所得な年金生活者の生活を維持するということであれば、それを実現するために必要な措置をより少ない予算で行えているかどうか。

 この点では大きな問題があると言わざるを得ません。低所得の人たちを救うという目的からすれば、年金生活者全体を対象とする必要はありません。少なくとも低年金状態にあるだろうとされる国民年金のみの受給者にするべきです。この対象にすれば、対象者は2600万人から700万人に減少します。さらに言えば年金の額は少なくても多額の資産を持っているようなケースも考えられることから、資産要件、つまり一定以上の資産を持つ者には給付の対象にしないという制約を設ければさらに対象者は減るでしょう。対象者が減るということは、必要な人により多くの給付を行えるということでもあります。

「有効性」の視点

 次に、有効性。政策が行われることによって、期待される効果があるかどうか。今回の件では、低所得の年金生活者の生活が守られるかどうかという点です。これは捉え方次第かと思います。給付額の少ない国民年金生活者の引き下げ額を補填するという狭い意味で捉えれば、今年度の減少幅は上記に書いたとおり、国民年金での減額は月額で259円なので、年額では3108円。5000円の給付が行われればむしろプラスになるわけなので、この分の補填という意味では意味があります。ただし、厚生年金については月額で903円減るので、年額で10836円。ここまで含めると5000円では足りないので不十分、ということになります。また、単に目の前の引き下げ額を補填することイコール年金生活者の生活を守るということとして扱って良いのかという点でも疑問が残ります。

「公平」の視点

 最後に公平性で、政策の効果の受益や費用の負担が公平に分配されるかどうかという点。「公平」というのは誰にでも同じものを提供するのではなく、個々人の違いを考慮してそれぞれに必要なものを提供されることというのが一般的な理解でしょう。こういう絵がよく出てきますね。

画像1

 この真ん中の絵のように、全員の身長を考慮して全員がよく見えるようにするのが「公平」、個人の身長を踏まえずに同じものを提供するのが「平等」とされます*5。

 今回の政策の対象には特に所得制限や資産制限のような話は出ていませんので、まさに上記の絵でいうところの「平等」の状態であって、「公平」ではないでしょう。年金生活者の中でも厚生年金で元々それなりにもらっている人もいれば、国民年金のみで細々と生活している人も居ますが、どちらにしても給付されるのは5000円。

 年金生活者以外の他の世代と比較しての公平性という点についてはすべてのコロナ関係の給付を把握しているわけではないのですが、「年金生活者支援給付金」*6という制度もあるようで年金生活者が現役世代と比較してこれまで無視されてきたということでもなさそうです。

まとめ

 総じて言うと、今回の引き下げの影響によって生活困窮に陥る年金生活者はおられるかと思うので、この補填という意味での必要性はあるように思います。ただし、年金の支給額は加入している制度によっても違っていて、かつ所有している資産にも大きな違いがあります。ようするに、すべての年金生活者が困っているわけではありません。一律に5000円を配るという案はこれらの各世帯の状況を考慮していないという点で公平性の面でおかしいですし、年金生活者全体にばらまくということには多額の予算(事務費も含め)が必要となることから、効率性も損ねています。さらに、対象者が多いからこそ1人あたりの給付額は少なくなってしまうことから、有効性の面でも問題です。

 それではどのような形に修正するべきか。これまでの繰り返しにはなりますが、目的が給付額の低い年金生活者の生活を守るという点なのであれば、対象を絞り、給付額を上げるべきでしょう。そうすれば、全体としてのコストを抑えつつ、必要な人に必要な支援を手厚くすることが可能です。たとえば、引き下げの影響の大きそうな国民年金のみで生活している人は700万人程度なので、この方たちに限定するのであれば同額であれば350億、倍の1万円にしても700億。

 もしくは、このようなややこしい給付金を1回限りで行うのであれば、そもそも引き下げを1年凍結してしまえば一番シンプルではないかとも考えます。予算の出どころ(今回の政策はコロナ対策の予備費を使う)とか1度凍結すると今後また再開が困難とか色々事情はあるかと思いますが、1300億円の給付のために「事業費が700億円」とかいう記事も出ています*7。こんなに無駄なことはありません。制度を凍結してしまえばその手続きに要するコストはあるにしても、全ての自治体で給付金を配るというコストよりは格段に安くなるでしょう。

結局、この政策の意図は?

 これまで書いてきたとおり、この政策は名目として掲げている目的からすると異様におかしな中身になっていると言わざるを得ません。本当にこの問題を解決しようとするのならば、もっとマシなアイディアが出てくるはずと信じたいのですが、であれば実際の意図はどこにあるのでしょうか。これは推測にならざるを得ませんが、多くの方が指摘されているとおり、参院選に向けての選挙対策ということなのかなと感じます

 今回の引き下げの影響を受ける初めての年金支給日は6月15日、そして参院選の公示日は6月22日。投票の前に年金が下がっていると実感すると、その票が与党から逃げるのではないかというところを危惧しているというわけです*8。

 一方で、今回のような給付金をばらまけば、「引き下げ額はこの給付で補填されます、あなたたちのことを気にしてます!」というポーズにはなります。この目的からすると、真に困っている人を救うということは二の次で、できる限り広くばらまくことが重要です。このような意図であれば、わざわざ多額の事務費を使ってたかだか5000円をばらまくという政策も理解はできます。

 ただそれにしてもいくらなんでも有権者を馬鹿にしすぎているのではないかというツッコミはもっともなところ。高齢者の方々はSNS利用者は多くないのでそのような声はネット上にはありませんが、そういう声が当事者から出てきてもおかしくありません。

最後に

 さて、今回は年金生活者に対して5000円を給付するという政策について考えてきました。年代を問わず必要な支援を行うべきとは考えますが、そのスタンスからもこの政策を肯定することは難しいです。なお、この件についてはその後になかなかパンチの効いた続報が出てきました。

5000円給付、仕切り直し 疑問噴出、増額論が浮上―政府・与党:時事ドットコム

 「疑問噴出」という見出しを見て「さすがに内部からも批判が出てきたか」とちょっと安堵していたのですが、その中身が「一昨年の10万円給付に比べて少額なことや、自民党では党内手続きを経なかった点が原因だ」ということで桂三枝師匠バリにずっこけました。根本的な問題である、資産等を踏まえずに年金生活者全体にばらまく路線には特にツッコミなし。理由はどうあれ(よくないけど)、ひとまずは取り下げということになったようですが、今後どのような展開になるのかは注目していこうと思います。

 なお、このニュースから派生して感じたのが2点。1つは政治プロセスの中で、このようなツッコミどころ満載の政策が出てきたということへの危惧。炎上マーケティングでもあるまいし、このような内容でも世間の理解を得られるだろうという認識だったのであろうとすれば、世間の感覚とのズレは相当なものです。国内での話ならまだツッコミ受けて軌道修正で何とかなるかもですが、緊迫している外交とかの分野でこの手のヘマをやらかして国際的地位を危うくしないかとか余計な心配をしてしまいます。

 もう1つは、文中にも書きましたが、この報道への世間の反応で世代間対立を煽るようなものが多く見られたという点。たとえば、「子育て世代は苦しんでいるのに高齢者優遇か!」といった類いの話です。気持ちとして分からなくもないですが、このような議論が生むのは分断でしかないように感じます。苦しんでない子育て世代はいるでしょうし、貧しい高齢者だっています。年齢を問わず困窮している人はいて、そういう人はそれぞれ社会に守られるべきではないでしょうか。そして、全員を十分に救うのが難しいということであれば(もちろん困っている人を全て救える社会が最善ではあるでしょうが)、それぞれの困っている度合いを比較してより困っている人を助ける、助けられなかった人には申し訳ないけどちょっと我慢してもらうというのが社会のあり方ではないかとわたしは考えます。

 この判断軸をいかにして公平に決めていくのかというのは、まさにこれからの課題でしょう。先日、公聴会での発言で炎上した中室氏に関する記事が昨日アップされましたが、氏の公聴会で主張されていたことはまさにこの点でした。

個人の状況を詳細に把握することのない「一律」の再分配は改め、もっと近代的な方法を取るべきではないかというのが、私の言いたかったことです。*9

 この言葉は幼児教育の無償化に対してのものですが、今回の年金生活への給付についてもまったく同じことが言えます。個人の状況を踏まえることなく一律に少額をばらまいたところで政策の効果は得られませんし、それゆえに世間からの理解も得られません。配るにしても年収や資産などの状況をきっちり把握した上で真に必要な人に対して効果的な形での給付が行われるべきで、その判定には資産などの情報をデジタルな形で連携させるなどの手段によって、より効果的・効率的なアプローチを洗練させていく必要があります

 たとえば所得制限という話でいうと、現状で大学の無償化の対象は住民税非課税世帯(世帯構成によるが年収300〜400万円程度)の子どものみ。仮に400万円だとすると、400万円の人は無償化、401万円からは有償ということになります。ただ、当事者からすれば「年収400万」と「年収401万」の生活に違いはほぼないわけで、わざわざこのようなはっきりとした壁を設けることは「年収が低い方が得をしている」という感覚を持ちやすく公平感を損なうものです。

 大学の無償化でいうと一応なだらかにしようという意気込みはあるようで、年収によって「全額補助」「2/3補助」「1/3補助」という刻みが設けられています*10。

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 ただ、このようなざっくりとした基準ではなくてもっとなだらかに刻みを設けるということは可能であるはずです。従来型の紙媒体での手続きになると計算などの手間が膨大になることから不可能でしょうが、そこはデジタルの出番。データと計算式があれば計算などはExcelでも簡単にできる話です。この刻みがなだらかになれば、不公平感も大きく改善されるでしょう。

画像3

 このように子育て世代がどうとか高齢者がどうとかではなくて、世代を問わずどうすればもっと公平感のある制度になるのか、そしてどういう対象を助けどういう対象は助けないのかという建設的な議論がもっと盛り上がっていくべきだと考えていますが、なかなかそこにフォーカスが当たらないというのは残念なところ。こういう議論を深めていくためにはどうすれば良いのかについても考えていく必要がありそうです。

*1:年金生活者に「臨時特別給付金」、政府調整…1回限り「5000円」案 : 政治 : ニュース : 読売新聞オンライン

*2:5000円給付「茂木氏が提案」 公明幹部(時事通信) - Yahoo!ニュース

*3:政策評価に関する標準的ガイドライン

*4:4月から年金支給額0.4%引き下げ 若い世代も将来割をくう仕組み:朝日新聞デジタル

*5:平等(Equality)よりも公平(Equity)を ~左利きの日に考えるDiversity, Equity, and Inclusion (DEI)~|D-nnovation Perspectives|Deloitte Japan

*6:年金生活者支援給付金制度について | 厚生労働省

*7:5000円の給付金配布で“中抜き”か。事務経費700億円はお抱え企業の懐に?「またパソナ」「竹中平蔵が大儲け」皮肉の声 - まぐまぐニュース!

*8:5000円の給付金などいらない! 年金生活者から見ても空疎なバラマキ 自公両党は税金を自分の財布と勘違いするな(1/4) | JBpress (ジェイビープレス)

*9:子どもの人口は12%、高齢者は30%。幼児教育無償化から考えた、若年世代のためのルール作りのこれから。 | ハフポスト NEWS

*10:2020年4月から始まる「大学無償化」対象になる世帯の年収基準はいくら? | ファイナンシャルフィールド


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