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議会の存在意義とは何なのか?港区議会の議論から考えてみる

 先日、「港区では修学旅行でシンガポールに!」というニュースがSNSにたくさん流れておりました。話としては、9月の補正予算案として区長から議会への事前相談なしに突如として提案が出てきたことが発端。

 そこから「港区」のお金持ちイメージから「さすがお金もってんな」とか「他にやることあるやろ」といったように色々な角度から切り取られて瞬く間にSNSで拡散されるという事態になりました。

 その盛り上がりとは裏腹に、その後の審議過程についてはそれほど着目されていないように思いますが、わたしが取り上げたいのはこちらの方。そのプロセスと、関連して中央区の実態を対比させることにより、タイトルのとおり議会は何のためにあるのかという点について考えてみます。


海外修学旅行を巡る議論@港区

議会での審議プロセス 

 まず、基本的な議論の流れについて軽く説明します。まず、プレイヤーとして自治体には首長(区長)と議会がいます。

 自治体の中ででこんなことにお金使います(予算)、こんなルール作ります(条例)といった案(議案)を作るのは基本的に首長側で、その案を承認するのが議会。図示するとこんな感じ(これは長崎市の例ですがわかりやすかったので)。

Vol.16「二元代表制って?」- 長崎市

 予算や条例を実現するためには議会での承認が不可欠であることから、首長は議会が反対するようなものはそもそも出さないか、出すにしても事前に調整と説明をした上で提出するというのがよくある話。その結果、議会で議案が否決されるということはあまり多いものではありません。

今回の港区で異なっていたプロセス

 今回の海外研修の議案についても、結果的にはほぼ同様のプロセスを辿り、可決されています。ただ、異なっていたのは委員会での採決の際に「附帯決議」が付いていたこと。これは議案に対して「OKするけどこういうところに考慮してね」といったような留保条件で、今回の件では実施に向けての具体的な検討は別途委員会を立ち上げてそこで議論するという条件が付けられました。

 そして、その委員会は早速立ち上げられ、具体的な中身やこれまでのプロセスの妥当性についての議論が行われているようです。

進め方における問題点

 このようなことになった発端は決定プロセスと思われます。今回の騒動を見ると、本件は事前に議会に対して情報提供などを行わず突如として出てきたもののようです。

 これがたいした内容でなければまだしも、これまで国内だった修学旅行を国外にするという大きな方針転換であったこと、さらにはその費用の積算など詳細に色々と不明な点があることなどもあり、議会の側から強い反発を招いています。

 港区議会の小倉りえこ議員(自民党議員団)は下記のように書いておられます(太字はほづみ、以下同じ)。

ひょっとしたら行政にしたら議会は追認機関だと思われてるのかしら、と。そのくらい、いわゆる『議会軽視』というのに等しいのではないかと、そう感じていた次第です。

https://note.com/ogura_rieko/n/n16b323124706

 実態はどうあれ、本来的に議会の役割は区長の追認することではありません。予算や条例などが適正なものであるかどうかを別の立場から確認することが議会の役割です。そして、その判断を行うためには十分な情報提供が必要です。また、情報提供はあくまで検討段階で持ってきてもらわねばなりません。そうでなければ、議論を行う余地がないためです。

 にもかかわらず、この件では十分な事前の説明もなく、突如として結論ありきの内容を議案として持ってきています。港区議会では、この点について問題視しているわけです。


 さらに問題をややこしくしているのは、その中身と期間。提案の中身は修学旅行であって、子どもの教育に関わることでありあまり公然とは反対しにくいものであること。そして、企画されている修学旅行は来年の話であって、すぐに決めないと準備のスケジュールの都合上、旅行それ自体に影響が出かねないということ。

 やること自体が悪いことではないので公然とは反対しにくい。さらに、タイムリミットがあることなので議論を先延ばしにすることもできない。このような難しい状況において、港区議会の取った判断が「賛成はするけど附帯決議で委員会を立ち上げ継続的に議論する」ということだったのでした。

一連の動きで驚いた点

 わたしにとって、これら一連の動きは極めて新鮮に映りました。議会でちゃんと議論が行われているというように見えたためです。「あたりめーだろ」と怒られるかもですが、事前にお膳立てが済んでいてそれを淡々と進めるのが実際の議会という印象があり、これまでの実体験としてもそうであったからです。もう少し細かく言うと、驚きポイントは2点。

驚き1:自民党会派も積極的に議論に参加している!

 1点は、自民党会派も議論に参加しているという点。本件については賛否それぞれ活発な議論が行われていたわけですが、その議論に自民党会派も積極的に議論に参加していました。

 港区議会の会派構成を見てみると、中央区と同様に議会の最大会派は自民党。基本的に最大会派を握らなければ議案を通すことはできないことから事前調整を行っておくというのが常道で、その調整が済んでいればわざわざ議会で議論する必要はありません。

 事前調整をミスったのか、反対されることを前提に区長が敢えて出してきたのかといった経緯は不明ですが、今回の件について最大会派である自民党も参加しているのが大きな驚きでした。

驚き2:制度を柔軟に活用し、審議が行われている!

 もう1つは、制度を柔軟に活用されている、ということ。今回の審議では委員会の場で資料要求を行い、審議時間を延長し、さらには附帯決議で特別委員会を立ち上げるということまでやっています。

 これらの手続きは「地方議会ハンドブック」などのテキストを見てなんとなく理解はしていたものの実際使われている場面を見ることは自身の経験としてはないもので、これらを使いこなしている議会もあるんだ!という驚きがありました。

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 議会での議論がどうあるべきかは種々考え方がありますが、わたしとしては予定調和で淡々と終わるよりは今回の港区議会のように表だって議論が行われるべきと考えています。

 もちろんそれがいつまで経っても議論ばかりで何事も決められなくなってしまっては意味がありませんが、区民の皆さんにとっても検討過程が明らかになることは決して悪いことではありません。

 なぜなら、議員がちゃんと活動しているということが目に見えて分かるためです。さらに、それが委員会や本会議での発言としてのやり取りとなれば議事録として半永久的に記録されることになります。これによって議案への賛否が結果として良かったのか悪かったのかについて検証することも可能となります。

仮校舎設置を巡る議論@中央区

 さてさて、翻って中央区の話です。今回の件について、そもそもわたしが関心を持ったのは中央区議会で似たような案件があったため。noteでも過去に取り上げた日本橋中学校仮校舎の件です。

 なお、最初に改めて言っておきますが校舎建替や仮設校舎設置それ自体に反対しているわけではありません。子どもの学びよりも樹木の方が大事であるかのような主張をされている方もいますが、そういった主張に同調するものではありません。あくまで行政のプロセスとして住民を無視して決定ありきで進める行政を問題視しています。 

議会での審議プロセス

 この件における中央区議会での対応は、冒頭に挙げた港区のものとは大きく異なっていました。現在までの経緯はこんな感じ。

2022年
 9-10月 議会での報告、連合町会や学校の保護者への説明実施
2023年
 5月 工事実施にかかる文書の掲示
 6-7月 根回し工事実施
 10月 地域向け住民説明会実施
2024年
 後半 仮設校舎の整備の開始

 まず、この話が議会に提出されたのは2022年9月頃。仮校舎を現在の校舎とは別の場所に設置するということでどこに移設するのかについて選択肢は多々あるはずなのですが、区の資料としては「浜町公園の一角に設置します!」という資料。そして、これとほぼタイミングで町会、学校の保護者に対してもそれぞれ説明が行われました。

 この時点で、すでに区としては浜町公園に設置することを決めていたこと、すなわち「決定ありき」であることは、中学校の保護者向けの説明会ではっきりと示されています。質疑の中で「仮校舎を浜町公園に整備することは、決定事項である」とはっきり言っています

 まさに「結論ありき」で、全て調整が終わった結論が出た段階でこんなものをポンと突然出してきて承認しろというのは「議会軽視」の最たるものであるわけですが、中央議会としての反応は先ほどの港区とさっぱり異なったものでした。

 委員会においては地元町会への説明の状況など数件質問が出た程度で、そもそもの進め方についての意見は特段なし。もちろん反対意見が出るわけでもなく淡々と採択されました。

 また、近隣住民に対しては説明会すら行われないという始末で、そもそも知らないという方も多い状況。特に樹木保護に関心のある区民の方から現状について早急に説明会その後に請願が出てきたものの、その後の委員会ではこの請願すらも否決されました。

 そして、説明会は早期開催されることもなく、当初予定していた10月に
行われ、今後本格的に工事が進むことになっています。

進め方における問題点

 この件でも問題であったのは決定に至るまでのプロセスです。

 この件が議会に提出されたのは2022年9月ですが、この時期に調整が終わって決定されているということは当然にもっと前の段階で議論は行われていたはずです。特に今回の場所は国有地ということで区が勝手に決められるわけでなく、国交省と事前の調整を行っていたようです。

 ということは、本来であればその調整前の検討段階で議会には報告しておくべきでした。調整した上でやっぱり止めましたというのでは相手方にも迷惑がかかるためです。

 しかしながら、その検討過程での議会への情報提供は、わたしが確認する限り確認できませんでした。そして、それに対して「議会軽視である!」と憤慨する人も残念ながらいませんでした。

 直近の議論では、この問題は樹木を保護するべきか、それとも教育を大事にするべきかという二者択一となっていました。しかし、もっと早い段階で議論ができていればもっと別の選択肢があったかもしれないですし、浜町公園で行うにしても(一部の区民が言うように)樹木にもより配慮した形で工事が進められたはずです。

議会の存在意義とは何なのか?

議会の存在意義とは何なのか?

 港区と中央区、扱われたテーマはそれぞれ別であって前提条件も同じではないにせよ、それぞれの違いを見るにつけ考えるのはタイトルにも掲げたように「議会の存在意義とは何なのか」という点です。

 繰り返しになりますが、本来的に言えば区側では検討段階のものを議会に提出し、そこでの議論によって適宜意見が交わされた後に実施されるべきです。結論ありきの決定事項を持ってこられて、それをそのまま承認しているようでは議会の存在意義などあったものではありません。それではただの追認機関です。

 今回の件に至っては、区民から出てきた請願についても否決するという徹底ぶりですからなおのこと罪は重いです。

現在の構造の根っこにあるものは何か?

 なぜこのようなことが起こるのでしょうか。わたしの問題意識に対して、ある方と会話してときに出てきたのは「事前審査/事前説明」という慣習。

 これは国政の中で生まれてきたもので、「内閣が国会に予算・法案等を提出するにあたり,閣議決定前に自民党が審査する手続き」(与党審査の制度化とその源流)。要するに、議案が表に出てくる前に自民党がチェックをして、そこで了承を得られたものしか出てこないという仕組みです。

 この仕組みによって本来行われるべき議論がこの事前審査で行われることによって、その後の委員会や本会議が空洞化しているという指摘があります。

ここが変!日本の国会 大山礼子(駒澤大学)より引用

 これはあくまで国の話であるのですが、これが地方議会にも同様の構造があるらしいのです。

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 これは何となく「そうだろうなー」と妙に納得してしまう部分もありますが、議会の存在意義を失わせかねない大々々問題です。

 なぜならば、このようなプロセスが間に挟まれる場合には国の場合と同様、最大会派が事前審査でOKを出したものしか議案として出せなくなるためです。最大会派が気に入らないものを提案してきたとしても、それを突っぱねられてしまうことで議会の進行が進まないということになれば区側は折れるしかありません。

 また、このプロセスを通過した議案というのは最大会派の合意を得ている内容となることから、他の会派が委員会などの場でいかに反対しようとも気にする必要はなくなってしまいます。となると、議会はまともな議論の場でもなんでもなく、負け犬の遠吠えを繰り返す場に成り下がってしまうわけです。


 同様の問題点を指摘されている方もいます。以下は、法政大学法学部教授 廣瀬克哉氏の講演における発言です。

 内閣を選び出している与党の中から、その内閣がやろうとしていることについて、いろいろ事前に意見をつけて、ガバニングパーティー全体として、こうだというのをつくるのは当然のことです。
 他方で、二元代表というのは、執行権がやろうとすることを、議事機関がもう1回フィルターを通して、是か非か判断するということですから、事前の意見の交流というのは、あってもいいかもしれませんが、議案が出てきた段階で、もう仕上がっているよというのは、議会としての権限の放棄であります。職務放棄に当たると、私は思います。与党事前審査は、二元代表には馴染まない仕組みであると思います。しかし、現実にはこれをやっていらっしゃる。

今、地方議会に問われて いるもの 自治研センター講演会より

 彼の見解としては議院内閣制、つまり国の政治システムにおける事前審査には一定の理解を示しています。それは、議院内閣制において内閣を作るのは議会の多数派であって、基本的に考え方は同じであるためです。

 一方で、二元代表制、地方における政治システムにおいてこの仕組みは馴染まないという見解です。二元代表制においては首長と議会は別の選挙でそれぞれ選ばれ、その2つの民意で選ばれた者たちがそれぞれに判断を行うべきという制度設計になっているためです。いくら多数派とはいえ事前に調整して議会としての見解をあらかじめ決めてしまうことは「議会としての権限の放棄」としています。わたしもまったく同じ考えです。


 多数派の意見が結局通るのだから議論をしようがしまいが変わらないのでは、という乱暴な見方もあるかもしれませんが、それこそ議会としての存在意義の放棄です。あくまで委員会や本会議という場はそこに参加するメンバで議論を交わし、その中で他者の意見にも耳を傾けた上でメンバ全員の総意として賛否を決めるものです。

 もともと賛成だった人が反対派の意見を聞くことで考えを改めることもあるでしょうし、その反対もあるでしょう。そのためには少数派の意見を聞く場が必要ですし、それを受け入れられるような制度設計も不可欠です。逆に言えば、会派の人数で決まるのであれば委員会も本会議も開く意味も存在している理由もありません。事前の賛否の人数カウントだけで済む話です。

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 議会基本条例で事前審査を明示的に禁止している例もあります。こちらは玉名市の議会基本条例。

玉名市議会基本条例逐条解説

 見ての通りで、事前審査を行わないことを明確に条例に記載しています。

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 一方で、この事前審査を一切なくしてしまって委員会当日に議論するというのでは時間が十分でないという点もあります。こういった点については、会派の大小を問わず委員会単位で全委員に対して事前説明を行うという取組もあるようです。わたしが見つけたのは神奈川県議会の事例。

 事前審査に対する最大の批判は、議会審議の前に実施されるため議会審議を空洞化させるというものである。 それに対して、神奈川県議会では常任委員会という議会の公式な場において、 行政部局から報告事項という形で後に議案となる事項の考え方や素案が提示され、質疑が行われている。これらの報告事項は、常任委員会での審議を充実させるものである。成案となる議案が形成される前から議論するという点では国政の事前審査と同じだが、神奈
川県においては議論をする場が常任委員会という議会の公式な場であるという点が大きく異なる。

常任委員会における情報と議会制民主主義神奈川県議会を事例とした長期実証分析

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 これらの取り上げた事例の実態がどうであるのか、この事例がどれほど一般的なのかについてまで踏み込んで現時点では調べられているわけではないです。ただ、重要であるのは「二元代表制である地方議会において事前審査なるものは何らかの法律に定められたものでもないし、運営上で不可欠なものではない」ということです。それに対して学会からの批判的な見解がまずありますし、条例で禁止している例もあります。また、事前審査という形を取るにしても特定の会派に対してのみではなく、委員会に対して行うという実践例もあります。

最後に

 今回は港区における海外修学旅行、中央区の日本橋中学校仮校舎設置のそれぞれの議論のプロセスを紹介し、そこからその両者の実態を対比させることで議会は何のためにあるのかなんていう大仰なことまで考えてみました。

 とりあえず思いのままに書いてみたというのが正直なところで、まだ整理がうまく付いてない部分が多いです。また、後半に議会において議論が結論ありきとなりがちな要因として事前審査/事前説明という仕組みを挙げましたが、これが実態としてたとえば中央区にあるかどうか、あるとしたらどのように運用されているかについての調査はこれからです。

 いずれにせよ、地方議会の人間という立場である以上、議会における議論をいかに活性化させていくかという仕組みの部分の改善は、個別具体的な議論と同じくらい重要なことだと思っています。また進展があれば報告していきます。

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