見出し画像

焼鳥ゲームセンター

 某国道の脇にプレイしたいゲームが置いてあるゲームセンターがあった。帰宅途中にあるので少し遊ぶにはとてもちょうどいい。

 目指すは鉄拳7という格闘ゲームである。ゲーム自体は大きい筐体であるし、すぐ見つかると思いながらも築30年くらい経っていそうな建物のボロさに少したじろぐ。ここに鉄拳7が本当に置いてあるのかとスマホで公式サイトを確認するが間違いはない。白い壁にぽっかりと開いた入口は狭く、少し身体を捩りながら入ると、まずはギラギラと光る銀色の厨房が見えた。正面にはお蕎麦やラーメンなどのお品書きがかかっている。ここは今やあまり見かけなくなったドライブインという施設で、ゲームセンターというより休憩と娯楽を兼ねた商業施設というほうが正しいかもしれない。ただ僕の目的がゲームであるだけで。

 平日の夕方6時にはここの食堂を利用する人はまだいないのか、厨房には誰もいなかった。いよいよ本当に鉄拳7があるのか不安になり、若干挙動不審になりつつも、少し黄ばんだ感じの吊り下げ看板が指し示す「ゲームコーナー」の通路を進む。程なくして無事に目的のゲームを発見できたが、まわりの少し色あせた壁には不釣り合いなハイテク筐体に笑ってしまった。その一画だけ現代感があったからだ。

 目的のゲームを見つけて謎の安堵感を得た僕は、他にもどんなゲームがあるか見回ってみることにした。いつから商品が入れ替わっていないか考えるUFOキャッチャー、上海、脱衣麻雀、名前がわからないパズルゲーム、ストリートファイターII、パチンコやスロットもある。奥の方では白髪のおばあさんがパズルゲームをプレイしていた。人以外の時間が30年ほど前から止まっている空間に来たような感じで、なんとも不思議な気持ちだ。おばあさんはいつの時代から来ているんだろうとか、暇すぎる僕はあれやこれやと考えながら、脱衣麻雀はあまりエロくないんだな等と観察してまわった。

 気が済んだ僕は、うまそうにタバコを吸いながらエヴァのパチンコを打っているおじさんの横で鉄拳7のプレイを始めた。大当たりを出しているおじさんは余裕があるのかチラチラとこちらを伺っている。(お前それやんの?へー)という感じがしてちょっと笑いそうになったけど、ギミックが派手なパチンコを見ている僕も同じことしてるし、お互いこんな時間にレトロな建物でゲームをしている奇妙な親近感を得たりしていた。無言のまま、お互い並んで違うゲームに興じている。真後ろから並んでいる様子を見たら、随分疲れた大人に見えるだろうなあなんて思っていた。実際希死念慮がデフォルトで設定されている僕の人生は、だるい。

 僕のゲームは勝ったり負けたり、それなりに楽しんでいると、突然焼鳥のタレを焦がしたような甘い香りがただよってきた。ゲーセンあるまじき香りで一瞬、脳が混乱する。ここが本来ドライブインであることはすぐ思い出せたが、次は奥の厨房で何が調理されているのか気になってしまう。ましてや時間は夕食時であるし興味がわく程度には僕の腹はきちんと、減っていた。

 全く一瞬のミスである。意識を画面に戻すと、対戦相手の金髪お嬢様キャラがコンボを叩き込んできていた。僕が使う性別不明のキャラは思い切り隙をつかれていて、気がついたら空中でボコボコにされている。結果は巻き返すことができずに負けてしまった。これもみんな美味そうなにおいが悪いのである。うまそうな焼鳥なんて反則だ、反則。

 プレイのために数枚重ねておいてあった100円も無くなったので、再戦を諦めて椅子を立つ。隣のおじさんは当たり終わったのか、控えめなエフェクト音を相手にエヴァのパチンコをまだ続けていた。台に取り付けられたモールド加工の綾波レイがじっとこちらを見ている。何となく、全然嬉しくないなと思った。何故かはわからない。

 来た通路を戻るとやはり、食堂では誰かが食事をしていた。焼鳥なんてあるんだろうかと興味があったものの、さすがに何を食べているんですかとは聞けずに建物を出た。蒸し暑い。この時期になると夕方は幾分気温が下がるとはいえ、やはり蒸し暑い。

 僕はここを焼鳥ゲームセンターと勝手に呼ぶことにした。真のライバルは焼鳥と位置づけて。

 世間では軒並みゲームセンターが閉店する中、あまり変化がない設備ながらも地元の方が寛いで遊んでいるのは貴重なことだろう。この変化のない空間に流れていた穏やかさを思うと残って欲しいし、年寄りになってから僕もここで格闘ゲームが出来たらいいと思う。

※2年近く前に書いた成熟下書き記事です。今きっと苦境に立たされているゲーセンの皆様に届くと良いな。