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繰り返しゲームのトリガー戦略(ゲーム理論)

経済学では資源配分の効率化には3つの方法があります。
1. 競争
2. 契約
3. 長期的関係

この3つの方法をうまくやるために、ゲーム理論では「インセンティブ」という概念を用いています。インセンティブとは今や和製英語にもなっていますが、抜け駆けしたら罰する、あるいは協力したら報酬を出すといった「動機、誘因」のことです。上の2. 3. の効率化の方法ではこのインセンティブ設計が取り入れられています。2 の契約に関しては「契約理論」「メカニズムデザイン」が、3 の長期的関係では「繰り返しゲーム」がそれぞれ考察されています。

そこで3 の長期的関係を結ぶことになる繰り返しゲームでは、どのようなインセンティブがあるのか見てましょう。

たとえば、競合他社のガソリンスタンドが隣合わせにあり、同じガソリンを売っているとしましょう。限界費用(卸値)はともに、c とします。売値 P = 100 としたとき、ともに利潤を最大化できると仮定します。その際の利潤は π とします(経済学では「利潤」を表す記号は一般に πパイ)。

このとき、2社はベストな売上を達成しています。そこで、A社が少しだけ値段を下げたとするとどうなるでしょうか。そうなると、もう一方B社の顧客はみなA社で買うことになります(隣合っています!)。となれば、A社の利潤は単純に約2倍に増えます。得しようと抜け駆けしたこの値引きの行為をゲーム理論では「逸脱 deviation」といいますが、こうなるとB社は売値を限界費用 c にせざるを得なくなります(p = c)。これはつまり、利潤がゼロということです。さらにA社も p = c で売るハメになり、ともに利潤ゼロという最悪の結果を招いてしまいます(同じガソリンなら1円でも安い方を買いますからね)。

1日を売上の単位としたとき、営業は毎日続くわけですから、この価格競争はいわば長期的関係といえます。毎日繰り返し行われるこの価格競争ゲームは「繰り返しゲーム」といいます。企業の目的は主に2つ、「利潤最大化」と「存続」ですから、このゲームは永遠に続くと仮定することできます。今までのことを整理してみましょう。

・スタートは p = 100 (とも利潤最大化する最適価格)
・P = 100 から逸脱(値引き、値上げ)がない限り、これを維持。
・他社が逸脱した場合、p = c (利潤ゼロ)が永遠に続く。

この前提のとき、少しでも値引きして逸脱するインセンティブがあるでしょうか。まず、ありません。ともに利潤がゼロになってしまうのですから。これは一般に「ルール」とか「取決」と言われていますが、しかし、2社とも自社の利潤を追求する結果、短期的(1日単位)でみれば、抜け駆けして値引きしたほうが得です(利潤は倍)。でも、競争という長期的関係となると、このちょっとした逸脱が引き金となり、もう一方の店はそれと同じ値段に下げ、すると、さらに値引きをすることで、これがまた引き金となり、他店はさらにそれと同じ値段に下げ...といった具合に、ついには p = c という利潤ゼロの最悪の状況になってしまいます。これをトリガー戦略(引き金)といい、一度この状態に陥ると永遠に続いてしまうのです。


※これは割引因子 δデルタ を想定する場合、利潤 π ≦ δ / (1−δ) π、もしくは 1/2 ≦ δ が条件ならば、「ともに逸脱しないことが最適」ということが証明されています。


ref. THE NEW PALGRAVE Game theory
Kandori Michihiro, repeated games "collusion of gas stations and the trigger strategy"

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