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第3章の1 65歳支給が継続できるとする財政検証はトリック

 以下では、厚生年金についての具体的な将来像を示します。
 財政検証は、物価や実質賃金の上昇率を高く仮定することによって、問題が生じないように見せかけています。しかし、実際にはそれが実現できないため、支給開始年齢引き上げが不可避になります。

◇受給者対保険料支払い者の比率は悪化するが、財政検証は問題なしとする
 厚生年金の受給者と被保険者者(保険料支払者)の比率は、図表1 に示すとおりです。

 受給者一人あたり被保険者は、2015年度には2.2人ですが、2040年度には1.7人に、2060年度には1.3人に減少します。これは、社会全体の姿とほぼ同じです。
 このように受給者対保険料支払い者の比率が大幅に悪化するので、常識的に考えれば、給付の大幅な切り下げをしないかぎり、保険料の大幅な引き上げが不可避です。
 給付を一定とした場合の負担率は、2015年度に比べて、2040年度には約3割上昇し、2060年度には約7割上昇するはずです。

 ところが、2014年財政検証は、所得代替率を6割から5割に引き下げ、保険料率を現在の17%から18.3%に引き上げることだけで、制度を維持できるとしています(注)。

 しかし、「微調整だけで制度を維持できる」とする上の結論は、実は、巧妙なトリックによるのです。その仕組みはかなり複雑なものですが、それについて、以下に説明しましょう。

(注)2014年財政検証は、ケースAからHまで8通りのケースを示しています。
 ケースA,B,C,D,Eでは、マクロスライドで所得代替率を6割から5割に引き下げ、保険料率を現在の17%から18.3%に引き上げることによって、制度を維持できるとします。
 ケースF,G,Hでは、保険料率は18.3%ですが、所得代替率が5割を切ります。また、ケースG,Hでは、積立金が枯渇します。

図表1 厚生年金の被保険者数と受給者数の見通し

◇マクロスライドと実質賃金上昇で給付を圧縮
 財政検証のケースAについて、2015年度から2040年度への変化を詳しく見ると、つぎのようになります。

 被保険者一人あたりの保険料は、名目賃金率と同率で増加するはずです。ケースAでは、名目賃金上昇率(=物価上昇率+実質賃金上昇率)は年率4.3%と想定されているので、25年間には、2.86倍になります。
 これに、被保険者数の変化率(図表1から0.875)をかけると、2040年度の保険料収入は、2015年度度の2.51倍となります。
 図表2にある財政検証Aでは、2.4倍になることになっているので、ほぼ符合します。

 では、給付はどうでしょう?
 2040年度において65歳で新規裁定される受給者の裁定額(年金受給年齢に達したときに決定される年金額)は、15年度に65歳の裁定額に比べてどのように変化するでしょうか?
 裁定額は、年率で、名目賃金上昇率4.3%からマクロスライド分0.9%を控除した3.4%で増えます。マクロスライドは2044年度まで行うとされているので、25年間フルに適用され、裁定額は、25年間で2.31倍になります。

 ここで、この数字を用いて、2040年度の所得代替率を計算してみましょう。
 裁定年金額はいま計算したように2.31倍になり、名目賃金は先に計算したように2.86倍になります(ので、所得代替率は2.31/2.86=0.80倍になるはずです。
 2015年度の代替率は62%なので、これを0.80倍すれば、0.50になります。この数字は、ケースAの2040年度の所得代替率(52.5%)とほぼ等しくなります。 

 しかし、一人あたり年金額が2.31倍になり、受給者数が図表1にあるように1.13倍になるのでは、年金支給額は、1.13X2.31=2.61倍になってしまいます。
 ところが、ケースAでは、支給額は2.1倍にしかなっていません。

 これは、なぜでしょう? その理由は、つぎのとおりです。
 いま、「平均的受給者」というものを考えます。これは、その年金額に受給者総数を掛ければ、給付総額になるような人です。以下の計算では、これは75歳の受給者であると仮定します。
 65歳で裁定された後、実質賃金が年率2.3%上昇するとすれば、10年後には、年金の実質価値は、1.26分の1(約8割)になります。
 したがって、年金支給額は、2.60/1.26=2.08 倍にしかなりません。これで図表2と符合します。

◇実質賃金が上昇すると、既裁定年金の実質価値は下落する
 上に見たように、ある時点における年金の平均的な実質価値は、裁定された時に比べて、8割程度に低下してしまうわけです。裁定後時間が経つほど、低下率が大きくなります。
 これが重要です。

 実質賃金の上昇によって、こうしたことが起こるのです。
 「インフレ税」ということがしばしば言われます。これは、名目値で一定のものの実質価値が、インフレによって減価することを言います。年金に対しては物価スライドがなされているので、インフレ税は発生しません。しかし、実質賃金が上がると、それに対しては既裁定年金はスライドしないので、インフレ税の場合と似た効果が発生するのです。
 これは「実質賃金効果」と呼ぶことができるでしょう。

 所得代替率を6割から5割に切り下げるだけでは、図表1で見たような受給者と被保険者の変化には対処できません。しかし、実質賃金上昇率が高ければ、「実質賃金効果」が働くので、対処できてしまうのです。

 「所得代替率5割が確保される」と言われると、すべての受給者の代替率が5割であるように思います。
 確かに、裁定されたばかりの受給者ではそうなのですが、このように実質賃金上昇率が高い社会では、裁定後時間がたった受給者の代替率は「実質賃金効果」によって低下してしまうのです。
 これが、財政検証の第1のトリックです。

図表2 財政検証ケースAにおける収入と支出

◇トリックは実現できないので、70歳支給が不可避に
 トリックはそれだけではありません。
 第2の、より重要なトリックは、「以上の結果は、物価や実質賃金の伸び率が高いから可能になる」ということです。

 高い物価上昇率(または高い実質賃金上昇率)はマクロスライドを可能にし、他方で保険料収入を増加させます。したがって、年金財政に有利に働きます。しかし、実際にはそうした高い上昇率は実現できないから、マクロスライドは実行でききません。したがって、所得代替率の調整はできません。 
 さらに、高い実質賃金上昇率は、既裁定年金を増加させず、他方で保険料収入を増加させます。したがって、やはり年金財政に有利に働きます。しかし、実際にはこれも働かないので、年金の実質価値調整も実現できません
 こうして、トリックは実行できないのです。
 
 いま、物価上昇率も実質賃金賃金上昇率もゼロであるとしましょう。
 まず、被保険者一人あたりの保険料は増加しないので、被保険者数の変化率(図表1から0.875)をかけると、2040年度の保険料収入は、2015年度度の0.875倍となります。
 2015年度と2040年度の平均的な受給者を比較すると、マクロスライドが発動できないので、裁定額は変わりません。
 したがって、2040年度の給付額は、受給者の変化率(図表1から1.13)をかけて、2015年度度の1.13倍となります。

 保険料収入と給付との比率を2015年度と同じに保つには、保険料率を2040年度までに約3割引き上げなければなりません。2060年度までには、保険料率を約7割引き上げる必要があります。これが最初に述べたことです。
 しかし、それはとても実現できないでしょう。

 そこで給付を引き下げることが必要になります。
 実際には、支給開始年齢を引き上げることによって問題が解決される可能性が強いのです。

 2019年財政検証においては、ぜひとも、以上で指摘した点を明確にすべきです。
 2014年財政検証は、「経済全体がマイナス成長の場合にも実質賃金の上昇率がプラスになる」という非現実的な仮定を置いています。このような仮定をやめ、実質賃金の上昇率がゼロあるいはマイナスである場合の姿を示すべきです。

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