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第3章 ビットコインバブル

1 18世紀イギリスの「南海バブル」そっくりの状況になった

◆「タダで資産を増やせる」という誤解に基づく価格上昇?

 第2章の4で述べたように、2017年11月に、ビットコインが再び分裂する可能性が高まった。8月の分裂のときとは違って、このときの分裂には「リプレイアタック」という深刻な問題があった。
 それにもかかわらず、ビットコインの価格は上昇を続け、過去最高値を更新した。
 これは、「分裂すると保有者がトクをする」という誤解に基づくものではなかったかと考えられるのである。これについて、以下に説明しよう。

 第2章の4で述べたように、分岐すると、分岐前に残高を保有していた人は、分岐後、元のコインと新しいコインを同単位保有する。
 ビットコインキャッシュ(BCC)の場合、分裂前の時点では、取引所がBCCを認めるかどうかは不確実だった。しかし、結果的にはほとんどの取引所が認めた。つまり、取引所は、ビットコインBTCの保有者に、BCCを無償で付与した。
 ただし、BTCを保有していた人の資産額が自動的に増えたわけではない。
 なぜなら、理論的には、分裂後のBCCとBTCを合わせた価値が、分裂前のBTCの価値と同じになるはずだからだ。つまり、他の条件が何も変わらないとすれば、BTCの時価総額は、BCCの時価総額の分だけ減るはずだ。したがって、BTCの価格は下がるはずなのである。
 ところが、実際には両方とも値上がりした。これは、ビットコインに対する期待が高まって、投機資金が流入したからなのだろう。
 このため、11月に分裂が起きた場合、これと同じことが起きるかもしれないという思惑が生じた。
 つまり、「タダで資産を増やせる」という思惑だ。それが17年11月から12月にかけての価格上昇の背後にあったと思われる。

◆18世紀イギリスの南海バブル

 以上の状況は、18世紀のイギリスにあった国策会社である南海会社の株式がバブルを起こしたときとそっくりだった。
 1720年、南海会社がスペイン植民地との独占的貿易権を取得して巨額の収入が得られるという噂が流されて、株価が上昇し、わずか半年の間に10倍にもなった。
 南海バブルの崩壊は、イギリス経済に甚大な悪影響を与えた。物理学者アイザック・ニュートンまでもが、南海会社の株式で2万ポンドに及ぶ損失を被った。これは、現代の日本円に換算すれば5.6億円になる。
 株式会社制度が禁止され、その後のイギリスの経済発展に悪影響を与えたのである。
 仮想通貨の場合も、バブルが崩壊して価格が暴落すれば、仮想通貨に対する信頼が失われる恐れがある。
 投機がなくなるのはよいことだが、問題は、技術面や利用面での開発が遅れてしまうことだ。南海バブルで株式会社の発展が阻害されたように、仮想通貨に悪影響が及ぶことが懸念された。悪影響がブロックチェーンにも及べば、事態はさらに深刻だ。

◆株式や国債もバブルだ

 もっとも、バブル状態にあるのは、仮想通貨だけではない。日本の金融市場が一般的にそうだ。
 現在の日本の株価は、日本銀行による上場投資信託(ETF)購入や、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による株式購入によって支えられている。
 財政再建の見通しがまったく立たないことを考えれば、国債が暴落しても、少しもおかしくない。しかし、日銀の金融緩和政策によって買い支えられて、金利は異常に低い水準だ。
 ビットコインの場合には、バブルに巻き込まれたくなければ、買わなければよい。
 しかし、国の経済政策の場合には、否応なしに巻き込まれてしまう。こちらのほうがずっと問題である。

2 送金コスト高騰問題の行方

◆価格上昇で送金手数料は銀行より高くなった

 ビットコインの価格上昇は問題をもたらした。送金手数料が自動的に上がってしまったのだ。これはビットコインを送金に用いる際に大きな問題となる。
 ビットコインのメリットとして、2017年の初め頃までは、「極めて低い送金手数料で送金ができる」ことが言われていた。確かにそうだったのだが、そのメリットが急速に失われた。

 ビットコイン(ビットコインキャッシュについても同様)の送金手数料は、ビットコイン建てで決められている。したがって、ビットコインの価格が上昇したために、手数料は上昇した。
 例えば、取引所の1つ、ビットフライヤーの場合は送金手数料が0.0004BTCなので、17年10月末のビットコイン価格1BTC=68万1260円で考えると、272.5円になった。仮に1BTC=80万円で計算すれば、320円となる。
 ところで、銀行の口座振替の手数料は、図表3-1に示すとおりだ。銀行の他行あて振込手数料は、3万円未満で270円なので、この時点において、送金額が3万円未満の場合には、すでにビットコインは銀行の手数料より高くなってしまった。
 銀行の口座振り込みに比べて、これまではビットコインが圧倒的に有利だった。しかし、その差がなくなった。
 ビットコインがそれまで持っていた「手数料が安い送金手段」としての魅力が減殺されてしまったことは、否定できない。
 これが続けば、ビットコインの健全な発展にとって、深刻な障害となる危険があった。

◆優れた送金手段だが、マイクロペイメントができない恐れ

 手数料が数百円になっても、送金金額が数十万円以上であれば、あまり大きな負担とは考えられないだろう。しかし、数千円程度未満の送金を行なうためには、かなり大きな負担になる。そして、ビットコインが本来活躍すべきは、この程度の範囲の金額の送金だ。
 数年前には、ビットコインによって、マイクロペイメントが可能になると考えられていた。これは、1円未満といったごく少額の送金だ。しかし、ビットコインの価格が現在のように上昇してしまっては、とてもマイクロペイメントなどできない。
 ビットコインは、送金に使って初めて価値あるものとなるのであって、持っているだけでは価値を生まない。だから、この問題をどのように解決するかが、ビットコインの今後を決めると言えよう。

 もちろん、送金にあたって問題となるのは、手数料だけではない。これまでの送金手段に比べて、ビットコインが以下の諸点で優れた特性を持っていることは間違いない。
 まず、ネットバンキングを使うのでなければ、ビットコインは、銀行の口座振り込みに比べると、送金者がわざわざ銀行窓口やATMまで行く必要がないので、手間が省ける。そして、1日中いつでも利用できる。
 また、クレジットカードに比べると、受け取り者にとっては、クレジットカード会社の審査のような手続きが必要ない。
 さらに、インターネットを用いて確実に相手に届く(なりすましなどの問題がない)。
 また、海外送金についても、現在の手段に比べてビットコインが遥かに優れていることは疑いない。
 マイクロペイメントにとっては、送金手数料の問題は本質的だ。ただし、この問題は、技術開発によっても克服できる。これについては、第7章で述べることとする。

◆ビットコイン建ての手数料は取引量で決まる

 では、手数料を引き下げることは可能だろうか?
 実は、簡単にはできないのだ。その理由を理解するには、ビットコインの手数料体系がどうなっているかを理解する必要がある。
 取引所やワレットの多くは、固定の送金手数料をユーザーから受け取っている。しかし、ビットコインのもともとの仕組みとしては、送金手数料はユーザーが決めるようになっている(取引所は、送金者から受け取った手数料をブロックチェーンに送っているのだ。なお、ユーザーが自分で送金手数料を決められる取引所やワレットもある)。
 どの送金要請を引き受けるかは、マイナーが自由に決める。手数料は彼らの収入となるので、マイナーは、高い送金手数料の送金を選ぶだろう。
 そして、どの程度の手数料がよいかは、取引量で決まる。2015年あたりまでは、送金手数料を「ゼロ」に設定しても、送金可能だったようだ。
 しかし、17年5月頃から状況が大きく変わった。取引量が増大し、この結果、混雑が発生した。未確認取引は、1年前に比べて大幅に増大した(未確認取引とは、送金要請を出したにもかかわらず、送金されずに残っているもの)。このため、ある程度高い手数料を設定しないと、いつになっても承認されないような事態が発生した。
 処理能力が所与の場合、取引量が増えれば、混雑が発生するために、自動的に手数料が引き上げられる。結局、処理能力が手数料を決めることになるのだ。

◆ビットコインの価格が下落したので手数料も下落

 第1章で見たように、ビットコインの価格は、その後、下落した。これは、ビットコインの人気が落ちたことを意味するのではない。
 むしろ逆であって、送金の手段という見地からすると、ビットコインが使いやすくなっていることを意味する。

 銀行の振込手数料との関係で、これを確かめておこう。
 図表3-1で見たように、三菱UFJ銀行の場合、他行あては、3万円以上で432円だ。
 他方、仮想通貨取引所のビットフライヤーの場合、ビットコインを送る手数料は0.0004BTCである。
 0.0004BTCが432円になるビットコイン価格は、108万円だ。2018年6月で70万円程度だから、銀行より安くなった。これは歓迎すべきことだ。
 送金手段として正当化されるためには、もっと低下する必要がある。
 三菱UFJ銀行の場合、3万円未満では270円である。ビットコインの手数料がこれと等しくなるには、ビットコイン価格が67万5000円になる必要がある。現在よりもう少し下がれば、この水準になる。
 こうした基準から見れば、ビットコインの価格は正常な水準に戻ってきていると考えることができる。

 なお、ビットコインは、取引所を通じなくても送金することができる。これがビットコインの本来の仕組みだ。
 利用者が自分のワレットからブロックチェーンに送金依頼を出す。その場合、手数料は自分で決める。マイナーは、提示されている手数料が高い注文から処理していく。
 取引量が少なければ、手数料ゼロでも送れる場合もある。それに対して、取引量が多くなると、低い手数料の注文は後回しにされるため、なかなか処理されない。
 したがって、均衡手数料は、競争原理で決まることになる。
 2017年の秋から冬にかけては、ビットコインの取引需要が増加し、処理能力が追いつかずに、送金の遅延や送金手数料の増加という問題が深刻化した。手数料は、17年末には55ドル程度にまでなった。
 しかし、その後低下。18年6月には1ドルを下回る水準になった。最高値に比べると、50分の1以下にまで低下したことになる。

3 ビットコインの投機封じは証拠金取引規制から

◆ビットコインを送金手段として使うための環境整備が必要

 ビットコインの規制強化論がドイツやフランスで急浮上している。
 日本はこの論議で世界のリード役を果たすべきだ。なぜなら、ビットコインの取引高で日本は世界一だからだ。
 日本の取引がこのように増加した原因は、少額の資金で多額の取引ができる「証拠金取引」にある可能性がある。もし価格高騰の原因が日本における証拠金取引にあるのなら、その見直しが必要とされよう。
 フランスとドイツは、ビットコイン規制案を2018年3月のG20(20カ国財務相・中央銀行総裁会議)に提案した。これは、望ましい動きだ。
 なぜなら、本章の2で述べたように、ビットコインの価格急騰に伴って、その送金手数料が急騰し、銀行の口座振込手数料よりも高くなってしまったからだ。これでは、「ビットコインは、投機対象以外には何も利用価値がない」という異常な状況になる。これは、「ビットコインの自殺」とも言える状態だ。投機抑制のための措置が必要なのは明らかだ。

 問題は、何を目的として、どのような規制を行なうかである。規制の目的は、ビットコインの利用そのものを抑えることであってはならない。中国のように取引所を閉鎖するのがよいとは思えない。
 なぜなら、仮想通貨が新しい技術革新であることは間違いないからだ。新しい技術の健全な発展のために環境を整備し、ビットコインを新しい送金・決済の手段として育てていくことが規制の目的だ。
 そのために、ビットコインが投機の対象になりにくいような条件を作ることが必要だ。

◆日本は規制の議論を積極的にリードすべきだ

 ドイツやフランスの規制強化論に対して、麻生太郎財務・金融相は「規制すればよいというものではない」と述べたと報道されている。
 そのとおりだが、規制が必要な場合もある。とくに、投機によって事態が歪ゆがめられてしまった場合にはそうだ。
 日本はこの問題に対して傍観者的な立場に留まることは許されない。むしろ、議論を積極的にリードする必要がある。全世界のビットコイン取引の約4割が日本の取引所で行なわれている状況では、日本が行なわない限り、有効な規制とはなり得ない。
 金融庁は、日本での取引がなぜこのように増加したのか、2017年12月中旬までの異常な価格上昇の原因が日本での取引の増大にあったのかどうか、について調査を行ない、その結果を公表すべきである。

 仮に、次項で述べるように、日本の取引所における証拠金取引が原因だとすれば、それを見直すことが必要だ。
 また、投機的な需要の中には、誤った期待に基づくものも多い。
 本章の1で述べたように、17年秋以降の価格上昇には、「ビットコインが分裂すると、分裂したコインがタダで付与されるので、資産が自動的に増える」という期待が影響した可能性がある。
 しかし、これは誤った期待だ(保有数量が増えるのは事実だが、資産価値が自動的に増えるわけではない)。こうしたことについて、適切な情報を提供する必要がある。

◆証拠金取引の見直し、レバレッジの最高限度引き下げ

 規制を行なう場合、まず対象とすべきは、ビットコインに関する証拠金取引である。
 ビットコインに関しては、証拠金取引が認められている。これは、一定額を証拠金として預けておくと、その何倍ものビットコインを購入できる仕組みだ(その比率を「レバレッジ」という)。将来の時点で売って、差額を決済する。
 少額の資金でビットコインを購入することができるので、投機に用いられる。ビットコインの価格が将来に値上がりすると予想しているが、手元資金が足りないという場合に使われる。2017年の価格上昇の過程では、かなりの額の取引が行なわれたと推測される。
 しかし、証拠金取引で保有しているビットコインは、送金のために使うことができない。だから、これは、単に投機のための手段であると考えざるを得ない。

 また価格が急激に下落すると、強制的に決済して損失を証拠金の範囲に留める「強制ロスカット」の仕組みが発動される。これによって価格下落が加速する。このように、価格の変動幅を拡大するわけだ。18年になってからの価格下落過程においても、これが影響したと考えられている。
 なお、証拠金取引は売りから入ることも可能であり、将来の価格下落を予想する人がいま売って、後で買い戻し、利益を得ることも原理的には可能だ。しかし、このような取引が多くなされていたとは考えにくい。
 証拠金取引は、外国為替や株式インデックスの取引でも行なわれている。しかし、仮想通貨の場合には、これらと同じようなファンダメンタルズ(基礎的条件)が存在しない。したがって、価格変動が極めて激しく、投機性が強い。
 こうした対象について、高いレバレッジの証拠金取引を認めてよいかどうか、疑問である。レバレッジの最高限度の引き下げなどの措置が必要ではないだろうか?

◆先物取引は投機を抑制する

 第4章で述べるように、2017年12月に、シカゴ・オプション取引所(CBOE)とシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)でビットコインの先物取引が始まった。
 これは、将来の時点のビットコインの売買を、現在、決めた価格で行なうものだ。
 先物取引と証拠金取引は似た面があるが、機能が違う。先物取引は、「将来におけるビットコインの価値を、現在において確定する」というヘッジの役割を果たす。

 例えば、商品を販売してビットコインで代金を受け入れると、ビットコインの残高が蓄積される。それをいちいち現実通貨に両替するのは面倒なので、ビットコインのままで保有していたいとする。しかし、将来、価格が下落すると、価値が下がってしまう。そうした場合、先物市場で売っておけば、将来の価値を確定することができる。これによって、ビットコインは決済手段として使いやすくなるわけだ。
 先物取引が投機を拡大するか、抑制するかについては、対立する意見があるが、第4章で述べるように、ビットコインについて言えば、抑制する効果のほうが結果的には大きかったと考えられる。
 以上から考えると、先物市場の形成は、ビットコインの利用拡大に寄与すると考えられる。そこで、日本でも先物市場を作ることが考えられる。

◆適正な課税を行なう必要がある

 課税を正しく行なうのも、投機を排除するために重要なことだ。
 第7章の3で述べるように、仮想通貨を売却または使用することによって生じる利益は、雑所得として課税される。
 仮想通貨を保有し続けているかぎり、収入が発生したことにはならないが、証拠金取引によって差額を決済して利益確定を行なった場合には、課税の対象になる。また、ビットコイン以外の仮想通貨で利益を得て、それをビットコインにした場合も課税の対象になる。
 雑所得は、他の所得と合算の上で累進課税されるので、利益が大きいと税額もかなりのものになる。
 また、雑所得であるため、年度間の損失の通算ができない。例えば、2017年の段階で利益を得て、18年になって損失を被った投資家も多いと思われるが、17年の利益を18年の損失と相殺することはできない。
 制度はこのようになっているが、実際の徴税が完全になされないと、投機的な取引を助長することになりかねない。適切な徴税がなされることを望みたい。

4 ICOが爆発的に拡大した

◆新しい資金調達手段であるICO

 仮想通貨を使った新しい資金調達の方法として、ICO(Initial Coin Offering)と呼ばれるものがある。これは、ブロックチェーンを用いる事業の資金調達の方法として、2015年頃に登場した方式である。
 ブロックチェーンを用いる事業において、サービス利用の対価として用いられる予定の固有の仮想通貨(トークン)を、事業計画の段階で売り出して資金調達をするものだ。
 スタートアップ企業の資金調達法としてこれまで用いられてきたのは、ベンチャーキャピタルの出資とIPO(Initial Public Offering:新規株式公開)だが、それに代わる資金調達手段として注目された。
 しかし、ブロックチェーン関連企業がICOで調達した資金総額が急激に増えた。CNBCが伝えるところでは、ベンチャーキャピタルからの調達額を上回るに至った。17年累計では12.5億ドルに上った。

 ICOは、新しい可能性を開く革新的方法だが、17年夏頃にはバブル的な様相を呈した。
 ICOは、これまでスタートアップ企業が行なってきたIPOのようなものだ。ただし、株式ではなく、仮想通貨を用いて資金調達を行なう。
 これは、一種のクラウドファンディングであり、すべてはインターネット内で完結する。
 IPOより遙かに簡単であり、投資銀行や証券会社のような第三者の補助を必要としない。このため、IPOの場合のような巨額の手数料を必要としない。
『ニューズウィーク』(日本語版、16年7月4日)は、「仮想通貨の投資ファンド『The DAO』が市場ルールを変える」の中で、ICOは投資家にも資金調達者にも新しい可能性を与えるものであり、「資本の民主化」だと評価した。

◆プリセールからローンチ、そして上場へ

 資金調達は、つぎの3つの段階を経て行なわれる。

第1段階 ICO
 新しいサービスを開始する前に、そのサービスで利用される仮想通貨を販売する。この仮想通貨は「トークン」と呼ばれる。
 プロジェクトの主催者は、サービスに使われる技術やビジネスモデルを「ホワイトペーパー」と呼ばれるレポートにまとめて公表する。
 投資家は、ホワイトペーパーを読んで、投資する価値のあるサービスか否かを評価し、成功するだろうと考えれば、トークンを購入する。
 この段階では、サービスが実際に提供されるには至っていない。開発すらされていないかもしれない。だから、トークンの価値を評価するのは極めて難しい。
 この段階がICOだが、「クラウドセール」とか「プリセール」(presale)とも呼ばれる。
 投資家に情報を与えるため、プリセールの予定を取りまとめて公開しているウェブサイトが存在する。

第2段階 ローンチ
 システムが開発されれば、実際にサービスの提供が開始される。これを「ローンチされた」ということが多い。

第3段階 上場
 有望と判断されたトークンは、仮想通貨取引所で取引される。これは、「上場される」と表現されることが多い。

◆2017年には夏までで14.9億ドル調達

 コインデスクのICOトラッカーによると、2017年に入ってから8月下旬までのICOによる資金調達は、14.9億ドル(約1600億円)にのぼり、16年通年の2.6億ドルをはるかに上回った。
 ICOによる最高の調達額は、Tezos(テゾス)というプロジェクトが17年7月に調達した2.32億ドルだった。
 これは、バグやシステム修正が必要な場合に、ブロックの分岐(フォーク)を行なわずに修正ができるブロックチェーンを開発しているプロジェクトだ。
 また、エストニア共和国が、「e-Residencyプログラム」の一環として、ICOを計画した。
 16年までのICOの主要なものは、The DAO(ザ・ダオ)、Augur(オーガー)、Ethereum(エセリウム)、DigixDAO(ディジックスダオ)などがあった。その後の注目すべきICOとして、つぎのようなものがある。

IOTA
 15年の11.12月にICOを行なっていたが、17年6月に大手取引所ビットフィネックスに上場した。当初の資金調達額は3000BTC(約1億2000万円)だったが、ビットフィネックスに上場してすぐに価格が500倍も上昇した。
 なお、IOTAのプロジェクトは、第7章の1と第9章の1で紹介する。

Gnosis
 ブロックチェーンを用いて予測市場を運営するGnosis(ノーシス)は、17年4月にICOを行ない、10分で目標額に達した。

Brave(ブレイブ)
 ブラウザ開発企業ブレイブが、17年6月にわずか30秒間で3500万ドルを調達した。

バンコール
 ブロックチェーン・プロジェクト「Bancor Protocol」が、ICOを通じ、3時間で1.5億ドル相当を調達した。

◆プロジェクトが失敗すれば無価値に

 ICOに関して最も重要なのは、対象とされているプロジェクトが成功するかどうかの見極めだ。
 この評価は、普通は極めて難しい。プロジェクトが失敗すれば、無価値なコインを入手することになる。
 しかし、事業が始まっていない段階での資金調達であるため、事業の内容を評価しにくい面がある。このため、詐欺的な内容の事業も紛れ込むという問題が発生した。17年の夏頃にはバブル的な状況になり、中国や韓国がICOを禁止する事態になった。
 Chainalysisによると、仮想通貨関連の詐欺による被害額は、2017年で約2億2500万ドル(250億円)に達した。
 アメリカ証券取引委員会(SEC)は、17年7月に、ICOで発行される仮想通貨は条件によって「有価証券」に該当し、規制対象になるという警告を発した。

◆値上がり期待でバブルの様相

 18世紀のイギリスで、南海会社の株価値上がり期待からバブルが発生し、多くの人々が投機に走った。これに刺激されて多くの株式会社が設立されたが、その中には、「誰もそれが何であるかわからないが、とにかく莫大な富を生み出す企業を運営する会社」というのもあった(チャールズ・マッケイ『狂気とバブル』パンローリング、2004年、原著は1852年)。
 これと似たようなICOが最近、実際に行なわれた。
 それは、EOSという仮想通貨でのことだ。
「トークンの使い道がなく、無価値だ」と、EOSの公式サイトにはっきり書かれている(The EOS Tokens do not have any rights, uses, purpose, attributes, functionalities or features, express or implied, including, without limitation, any uses, purpose, attributes, functionalities or features on the EOS Platform)。
 それにもかかわらず、17年6月に行なわれたICO開始後18時間で、16億円超の資金を調達してしまった。その後も資金調達が進み、第1回の調達額は時価191億円となった。
 そして、EOSは、ビットフィネックスという取引所に上場された。その一方で、ICOが1年も続いた。つまり、「プリセール中」の公式サイトで安く買えるのに、取引所で価格が上昇し続けているという、なんとも不可解なことが起こった。
 18世紀のイギリスでは、バブルが崩壊して暴落し、大きな社会問題となった。この経験から株式会社が禁止され、イギリス経済の発展に大きな制約となった。
 ICOについても、同じようなことが起きれば、せっかくの新しい可能性をつぶしてしまうことになる。どのような規制の仕組みを作るかを考えなければならない。
 これについては、事業に関する情報の提供が極めて重要である。また、取引所がトークンの取引を行なうかどうかにあたって、専門家としての知見を活用することが必要だ。
 こうした方策によって、新しい資金調達法を健全な形で育てていく必要がある。

◆オークション方式のICOも

 通常のIPOでは、売り出し価格と売り出し株式数を決める。したがって、売れ残りや買えない場合がある。しかし、オークションで決めれば、市場価格で決まることになり、合理的だ。
 通常のオークションでは、低い価格で開始し、徐々に価格を引き上げていく。最終的に、最も高い価格を提示した入札者が落札する。これは「イングリッシュオークション」と呼ばれる方式だ。
 これに対して、「ダッチオークション」という方式もある。これは、価格を徐々に下げていき、最初に落札者が入札した段階で決済するものだ。
 これは、花や美術品などの場合だ。株式の場合であれば、累積入札株式数が予定数になったところで(あるいは、累積入札額が予定額になったところで)決定する。
 例えば、ある企業がIPOで1万株を放出したとする。価格が1株あたり30ドルで入札希望があったが、購入株式数は1万株にならないとする。その場合は、さらに価格を引き下げる。20ドルになったところで、入札希望株式数の累積が1万株になれば、そこで決定する。20ドルが落札価格で、それ以上の価格で入札希望を出していた人は、すべて株式を購入できる。
 この方式は、アメリカ財務省の短期証券の入札で用いられている。また、2004年にグーグルがIPOを行なったとき、この方式を採用した。
 Gnosis(ノーシス)は、17年4月にこの方式でICOを行なった。「1200万ドル相当の資金が集まった時点で終了」というキャップが設定されており、わずか10分間で、これだけの資金が集まった。
 GnosisのCEOが、この方式がなぜ優れているかを説明している。高値で入札した買い手は、購入することが確約されており、購入の時点では、それより安い価格で買うことができる。だから、買おうと思っても買えないとか、上場した途端に価格が急上昇したりすることはないというのだ。確かに、均衡価格を求めるという観点からすれば合理的な方法であり、ICOバブルへの対処策ともなるだろう。
 しかし、Gnosisの場合、問題がないわけではない。販売されたトークは、全トークンの5%であり、残り95%は運営者が保有している。それらを合わせた価値は、約3億ドル(約340億円)にものぼる。仮に運営者保有トークンが将来売りに出されれば、価格が暴落する可能性も否定できない。

5 金発見時の成功法則は採掘者を採掘すること

◆カリフォルニア・ゴールドラッシュの勝者

 1848年、当時、辺境の地だったアメリカ・カリフォルニアで金きんが発見された。
 金は普通は地底深く埋もれているので、採掘に巨大な設備と多大な労働力を必要とする。しかし、カリフォルニアでは砂金として地表に露出していた。このため、誰でも簡単な道具で採集することができた。
 そこで、世界中から採掘者(マイナー)たちが集まり、空前のゴールドラッシュが起きた。
 中には、1日で2000ドルの収入を得た人もいた。当時のアメリカの平均賃金は1日1ドルだったから、1日で5年半分の収入を得たわけだ。彼らは、「リッチストライク」と呼ばれた。

 しかし、しばらくすると大金持ちは誕生しなくなった。それだけではない。意外なことに、マイナーの多くは極貧にあえぐ状態になってしまった。
 それは、あまりに多くの人が殺到したからだ。彼らは、「カリフォルニアの川原は砂金であふれている」と期待し、大変な労苦で地の果てであるカリフォルニアまで来たのだが、あふれていたのは人間だった。そのため、金はあっという間に採集されてしまったのだ。
 しかも、生活必需物資がない辺境の地に突然大勢の人が押し寄せたので、物価が急騰した。これでは生活は破綻してしまう。
 日本で「雪山讃歌」として知られている歌の元である「いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementine)」は、陽気な歌だと思っている人が多いが、歌詞をたどればわかるように、実は、この頃の哀れなゴールドマイナーの歌なのである。

 カリフォルニア・ゴールドラッシュは、重要な教訓をもたらした。それは、「バスに乗り遅れるなと叫んでみんなと同じ方向に走れば、群衆に押しつぶされてしまう」ということだ。
 では、ゴールドラッシュで金持ちになった人は、初期のリッチストライクだけだったか? 実は、そうではなかった。
 何人もの成功者が出た。中でも有名なのは、リーバイ・ストラウスだ。彼は、マイナーたちが必要とするもの、つまり、丈夫でポケットが破れないズボンを作った。
 最初は、テント用のキャンバス地を使った。それが足りなくなったので、「serge de Nimes」、つまりフランスのニーム地方のサージを使った。これが、短縮されて「denim(デニム)」と呼ばれるようになった。さらに、馬用ブランケットに使うリベットでポケットを補強した。そして、毒虫や毒蛇よけのために、インディゴ・ブルーで染めた。このズボンは、後に「リーバイスのブルージーンズ」として知られることになる。
 ストラウスの成功は、「マイニング・ザ・マイナーズ」と表現される。これは、「採掘者を採掘する」という意味だ。

◆現代のゴールドラッシュで誰が勝者となったか?

 現代においても、同じようなストーリーが繰り返された。PC(パソコン)、液晶テレビ、スマートフォンなどの新しい技術の登場は、金の発見に似ている。
 それを事業化しようと、世界中の企業が殺到した。発見された金を採集しようとマイナーがカリフォルニアに殺到したのと同じだ。その結果、利益が減ってしまったのも同じだ。
 PCの場合、最初はNECなどが膨大な利益を上げた。しかし、ほどなくして、PCは「コモディティ化」してしまった。つまり、多くのメーカーが生産できる製品になった。そして、価格が低下し、利益の薄い事業になってしまった。
 液晶テレビも、従来のブラウン管テレビを一新する革新的な製品だった。しかし世界中のメーカーが量産し、価格がどんどん低下してしまった。液晶テレビに集中していたシャープは、経営危機に追い込まれた。
 スマートフォンもそうだ。グーグルが基本ソフトのアンドロイドを公開したので、世界中のメーカーが群がった。日本のメーカーも例外でない。そのため、アップル以外のメーカーで巨額の利益を得られた事業者はなかった。みんなと同じ方向に走って、押しつぶされてしまったのだ。

 IT革命の勝者は、マイクロソフトやアップル、グーグル、それにアマゾン・ドット・コムやフェイスブックなど、ごく少数の企業に限定された。これら5社は、いま時価総額においてアメリカのトップ5社となっている(ただし、グーグルについては、GOOGとGOOGLの合計)。
 アップルは製造業だが、iPhoneという新しい製品を開発しただけでなく、世界的水平分業という新しい生産方式を確立し、ファブレス(工場のない製造業)となることによって、新しい製造業のビジネスモデルを切り開いた。
 グーグルは、検索連動広告という新しい広告方式を用いることによって、従来とはまったく異なる広告のビジネスモデルを確立した。フェイスブックも、SNSという新しい方式で個人情報を集めて広告を行なっている。アマゾンはウェブショップであり、従来の流通業とはまったく異なる。
 これらの企業は、現代版ストラウスと言えるだろう。
 なお、マイクロソフトのビジネスモデルは、巧みなものだが、さほど革新的ではない(MS‐DOSというPCの基本ソフトをIBMに安く売り、規格を公開することによって利用者を増やし、ネットワーク効果を実現した。その上でIBM互換機メーカーに高く売って収益を上げた)。

◆仮想通貨のゴールドラッシュ、値上がり益で勝者になれるか?

 2017年における仮想通貨の顕著な値上がりは、まさにゴールドラッシュだった。たまたま、ここでも「マイナー」という言葉が使われている(仮想通貨の場合のマイナーとは、仮想通貨の取引を記録する作業を行なうコンピュータ、あるいは事業者を指す)。
 価格が急上昇したので、マイニングの採算が向上し、日本でもマイニング事業への参入者が登場している。
 ただし、仮想通貨のマイニングも、金の採集と同じで、さほど高度の技術を必要とするものではない。カリフォルニア・ゴールドラッシュのマイナーのようにならなければよいのだが……。
 仮想通貨のゴールドラッシュでは、自宅のソファーに座ったままで値上がり益を得ようとする人が大勢出てきた。彼らは、勝者となるだろうか?
 一見すると、多くの人が買えば買うほど価格が上がるから、自己増殖的に価格が上がり、値上がり益が得られるように思われる。みんなと同じことをすることこそ、ケインズの美人投票論(「多くの人が美人と思う人に投票する」)の神髄ではあるまいか? 確かに、短期的にはそうかもしれない。しかし、それはバブル以外の何物でもないのだ。

 他方、世界では、新しい通貨であるビットコインの性能をさらに向上させるプロジェクトや、それを実際のビジネスに応用するプロジェクトが数多く誕生している。また、ビットコインの基礎技術であるブロックチェーンを利用して新しい事業を始めようとするプロジェクトもある。
 これらのすべてが成功するわけではなく、失敗するプロジェクトもあるだろう。しかし、勝者はそうしたプロジェクトの中からしか出てこない。日本の問題は、現代のリーバイ・ストラウスになろうとする人が出てこないことだ。



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