『低温物理実験技法』§1.真空ポンプ

 真空ポンプは、極低温冷却装置(クライオスタット)の真空断熱層の真空引きやサンプル層の排気など色々な用途で使われる。低温装置の場合には、普通の排気とは異なった注意が必要である[1]。

 クライオスタット内の配管は、コンダクタンスが温度に依存することに注意しなければいけない[2]。4.2 Kでのコンダクタンスは300 Kのときの10倍近く大きいので、液体ヘリウムで冷やされた部分にまで同じ太さの配管をつなぐのは無意味である。実験スペースをかせぐためにも先を細くしたほうがよい。

§1-1. ポンプの種類と用途
① ロータリーポンプ(油回転真空ポンプ)
 ロータリーポンプは、偏心した回転軸をもったローター、固定翼、油によって、空気をかき出す仕組みである。原理については、サンユー電子の絵がわかりやすい。

 ロータリーポンプには、一段式と二段式がある。その違いは、ローターなどの部品が一組か、直列の二組かの違いである。二段式のほうが低圧力が得られる。なお、三段以上にしてもあまり効果がないようであり、二段式までしか売られていないようである。排気できる限界は0.1 Pa程度と言われている。
 
 ロータリーポンプをディフュージョンポンプやターボ分子ポンプと組み合わせて使う場合には、一段式で性能的には十分のようである[1]。具体的には、到達真空度1 Paで排気量5 m^3/hourで十分のようである。しかし、排気性能不足で油が逆流するとクライオスタットに悪影響が永遠に残るので、二段式を用いることも多い。

 ロータリーポンプは、4.2 K以下の低温を実現するためにサンプル層を減圧するのにも使われる。適したポンプ性能はクライオスタットサイズにも依存するので、低温装置の業者に確認するのがよい。

 低温装置にはガスバラストバルブがついたロータリーポンプが良いようである。低温装置には水がどうしてもたまるので、水が液化し油に混入すると真空度が下がらなくなる。また、ポンプの寿命も短くなる。ガスバラストバルブはそれらの問題を防いでくれる。もしガスバラストバルブがついていないポンプの場合には、水が混入した場合には油を交換するしかない。

 クライオスタットにつなげる配管はなるべく短い方がよいが、ポンプの振動を防ぐためには、壁などに固定する必要がある。ロータリーポンプは安価でコンパクトであり、持ち運びもできて、スイッチ一つで気軽に使える。しかし、上記のとおり、低温容器が油の蒸気に汚染される可能性があるので注意が必要である。

② ディフュージョンポンプ(油拡散ポンプ)
 ディフュージョンポンプとは、油を加熱しジェット流を作り、この流れを利用して排気するポンプである。ヒーター、作動油、ジェット流の方向を排気方向に変える傘のような羽から構成される。機構が簡単なため、排気量の割に安価である。到達圧力は10^-3 ~10^-6 Paである。予備排気を必要とし(通常はロータリーポンプを用いる)、起動に時間がかかるため、三方弁の操作(補助バルブと荒引バルブ)が必要となる。

 機構は単純であるが、油のジェット流を使用するので、正常な使用状態でも容器への油の混入がある。特に、排気中に誤って真空容器を大気にした場合には、油の蒸気が容器内に充満し、容器が油まみれになる可能性があるので注意する。

 油の混入を防ぎ、より高真空を得るには、真空引きにあたってコールドトラップを用いた方がよい。コールドトラップは真空容器とディフュージョンポンプの間に挿入する。コールドトラップを使うことにより、クライオスタット内の水分がポンプに入らないように吸着してくれる。また、油蒸気も吸着されるので、容器への油の逆流も防いでくれる。コールドトラップは液体窒素を使うものと、ペルチェ効果を使うもの二種がある。ペルチェ効果の方が長期的には楽でよい。

 低温装置には、直径が50 mmから75 mmのディフュージョンポンプで十分のようだ[1]。空冷タイプで排気量(空気に対して)50 l/sec、最低到達圧力10^-5 Paがよく使われる[1]。昨今では、より高性能な空冷ポンプが楽に手に入るようである

 なお、ディフュージョンポンプの性能は、4Heガスの対しては空気の場合より一桁以上落ちる。しかし、以下のターボ分子ポンプの項で説明するように、ディフュージョンポンプは分子量の小さいヘリウムガスに対しては未だに有効なポンプである。

③ ターボ分子ポンプ
 ターボ分子ポンプとは、タービンを高速回転することで排気するポンプであり、クリーンな高真空が得られるため、ディフュージョンポンプの代わりによく使われる。到達圧力は10^-7 ~10^-10 Pa程度である。

 ターボ分子ポンプは、分子の質量によって排気速度が変化する。油は分子量が大きいので非常に引きがよく、油の逆流はほぼ無視できる。この意味で、クリーンなポンプと呼ばれているが、細かいことを言えば真に清浄とは言えないようである。背圧は100 Paかそれ以上でも大丈夫なので、バックポンプとしてダイアフラムポンプも使うことができる。

 ヘリウムガスの排気速度は窒素ガスの排気速度よりも20%高いが、圧縮比はヘリウムガスの方が非常に低い。ヘリウムガス(や水素ガス)は分子量が小さいので、ターボ分子ポンプは不得意である。ヘリウムガスを引く場合には、ロータリーポンプは二段式を使って背圧をできるだけ下げる必要がある。ヘリウムガスに対しては、ディフュージョンポンプの方が優れている[1]。

 ターボ分子ポンプをベントする(ガスを入れて大気圧に戻す)ときは、ポンプ停止後まだゆっくりと回転しているときに行うべきである。圧力が高い方からの逆流を防いでくれる。通常はポンプコントローラに自動ベント装置がついている。ベントは水分が入らないように乾燥した空気で行われる。なお、ポンプが作動したままチャンバーを急激に大気開放すると羽根が飛びあがり故障の原因となる

④ ルーツポンプ
 ルーツポンプはメカニカルブースターポンプとも呼ばれる。バックポンプとしてロータリーポンプを用い、高真空を得ることができる。直列に繋げられるのを特徴とする。例えば、1000 m^3 /hの排気速度を達成したい場合には、1000 m^3 /hのルーツポンプに250 m^3 /hのルーツポンプをバックポンプとして利用し、さらにそのバックポンプとして65 m^3 /hのロータリーポンプを使うのがよい[1]。しかし、このオプションは高価である。

⑤ ソープションポンプ
 ソープションポンプは安価で、油も使わず、振動もない。チャコールと呼ばれる吸着剤を低温にして容器内のガスを吸着させることで、高真空を達成する。チャコールとしては、モレキュラーシーブ(人工ゼオライト)や活性炭などが用いられる。

 液体窒素クライオスタットの場合、外部の真空断熱層に吸着材を使用している。もし吸着材がないと、温度が上がるとアウトガスにより真空度が悪くなる。77 Kの吸着剤ではヘリウムガスは吸着できない。液体ヘリウム容器の外部表面温度は4.2 Kであり、ヘリウム以外の全てのガスを金属表面に吸着させられるため、吸着剤はあまり用いられない。また、吸着剤はヘリウムのリーク検出作業の妨げになることもある。

 ソープションポンプは、吸着するガスの量が飽和すると使えなくなる。その場合は温度を上げて真空引きすることにより再生(リジェネ)する必要がある。再生とは、温度をあげて吸着した物質を気体に戻すことで、溜めこんだ気体を吸着材から吐き出させることである。飽和する量はガスの種類にもよるが、実用的には数か月から一年くらいはもつことが望まれる。

⑥ クライオポンプ
 クライオポンプは、4.2 Kまで冷やされたたくさんの金属板を有するソープションポンプである。氷が多くついた場合はリジェネが必要である。4.2 Kでは多くの物質の蒸気圧が無視できるほど小さいことを基礎にしている。このポンプはクリーンであり、超高真空を得ることができる。欠点は、水素やヘリウムガスなどの沸点の低い気体の排気速度が低いことである。一方、水に対しては大きな排気速度をもつ。また注意点として、オゾンをため込んで再生させると、爆発することがあるので注意する

⑦ドライ真空ポンプ(樫山工業)
 ドライポンプは油の混入がないことから真空部への汚染の心配がないが、ダイヤフラムポンプでは排気量が小さいことが問題となる。樫山工業のドライ真空ポンプは、ドライ真空ポンプとしては高性能で、ロータリーポンプやスクロールポンプの置き換えが可能となる。スクロールポンプのような頻繁なメンテナンスが不要で、3年に1度でよいようである。また、低騒音、低振動である。一方、グラウンドの電気ノイズが大きいという話もあり、低温装置に組み込む場合には電気ノイズの影響に注意をする必要があるかもしれない。

§1-2. ポンプアクセサリについての注意
① オイルミストフィルタ
 ロータリーポンプの排気は大気開放せずに、取り除くことが望まれる。第一に、健康を害するからである。第二に、ポンプの後ろにある部品を汚す可能性があるからである。低温装置の場合は、ヘリウム回収ラインを油で汚すのを防ぐために、ロータリーポンプへのオイルミストフィルタの取り付けが必要である。なお、定期的なメンテナンスが必要である。

② 真空配管ライン
 なるべく効率的になるように設計すべきである[1]。第一に、リークが無いようにすべきである。プラスックやゴムのホースではヘリウムガスが漏れる可能性がある。第二に、真空ポンプの性能を妨げないようにラインを設計すべきである。インピーダンスがガス流量を妨げてしまうと、到達真空度が落ちてしまう。第三に、ラインの内部はクリーンであるべきである。水分が入っていると到達圧力が悪くなる。また、もしヘリウムガスが付着しているとリークテストがやりづらくなる。

③ Oリング
 Oリングの材質は多くある。この中で低温測定に適切なものを選ぶ必要がある。

 Oリングのゴムは低温で固くなり、弾性を失う。また、縮むことも問題になる。低温用のOリングというのも売られている(例①例②例③)が、液体ヘリウム温度までの低温装置での使用は想定していないようである。

 シリコンゴム製のOリングは、ヘリウムガスが透過してしまうので低温装置には不向きである[1]。しかし、-60 ℃以上の温度であれば、実用的なレベルでシールされ、十分に使えるようである。250 ℃の高温まで使用可能である。

 ブチルゴムは古くはOリングによく使われており、ヘリウムガスを透過しづらく便利である。-60 ℃以上の温度で使用するのが望ましい。

 ニトリルゴムは大抵の真空装置に対してベストな素材である。安くて簡単に手に入る。真空グリースも使える。-40 ℃から120 ℃まで使える。

 バイトンも真空装置に適した素材である。ニトリルゴムより高温で使用しやすい。しかし、ニトリルゴムより高価であり、長期間収縮した後に歪みが残りやすい。-20 ℃から200 ℃まで使用可能である。200℃を超えるとフッ酸を含んだねばねばの残留物が生じるので注意する。

 テフロンも真空シールに使えるが、クリープ(一定の荷重をかけると時間とともに変形していく現象)を踏まえた接合部の設計が必要である。

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