『低温物理実験技法』§5.超伝導マグネットの技術

§5―1. イントロダクション
 超伝導マグネットは、通常の電磁石で必要になるkWからMWレベルの大電力を使わずに強い磁場を発生させられる[1]。大抵の場合、超伝導マグネットに必要な寒剤の費用は、常伝導システムを動かす電力の費用よりも随分安い。

 超伝導マグネットにはいろんなタイプがあるが、典型的なのはソレノイド型かスプリットペア型(2つのコイルが横に並んでいるタイプ)である。ソレノイド型スプリットペア型よりも、シンプルで安価に作ることができる。また、磁場の均一度を高くできる。スプリット型は、コイル間にはたらく強い力により、15 T以上の強い磁場を作るのは困難である。しかし、スプリットペア型は試料を磁場に垂直に配置することが容易であり、光学測定によく用いられる

 9Tまでの磁場はNbTi超伝導体を用いて作製できるが、それ以上の磁場(20 Tまで)はより高価で脆いNb3Snを使う必要がある。経済的な理由から、磁場が一番強くなるマグネットの内側の部分にだけNb3Snを使い、外側にはNbTiを使う。全長で1キロメートル以上のワイヤが使われる。

 なお、NbTiの超伝導転移温度は10.6 Kであり、4.2 Kにおける典型的な臨界磁場の値は12 Tである。一方、Nb3Snの超伝導転移温度は18.3 Kであり、4.2 Kにおける臨界磁場は25 Tである。

 ハイブリッドマグネットを使うと、40 Tまでの磁場が発生させられる[1]。ハイブリッドマグネットは、超伝導マグネットの内側に水冷銅マグネットを組み合わせることで強い磁場を発生させる。国内でも35 T級のハイブリッドマグネットが使用できるようである。

 Nb3Snの代わりに高温超伝導体を内側のマグネットに用いることで、より高磁場を発生させられる超伝導マグネットもそのうち普及すると期待される。4.2 Kでは臨界電流は高いはずであり、線材は販売されている。実用的な超伝導マグネットの作製は未だ改善の途中であるようである。線材にかかるコストが高い点もネックになっているようである。

 超伝導マグネットにおいては、追加のコイルが磁場の形(分布)を変えるために使われることがある。Compensation coilは、(有限の長さのコイルであることによる)メインコイルの端の磁場減衰を補償することで、磁場均一度を上げることができる。Shim coilは、残留する磁場勾配を取り除くのに使われる。メインコイルに直列につなげることで、磁場を微調整できる。Shim coilは超伝導コイルのときもあるし、普通の常伝導コイルの場合もある。Cancellation coilは、コイルの片端(か時に両端)に取り付け、磁場中心付近に低磁場領域を作ることができる。例えば、10 mTより低い領域を、15 Tマグネットの磁場中心から30 cm離れたところに作ることができる。

§5-2. 超伝導マグネットの作製
 超伝導マグネットは、コイルを何重にも巻いて作られている。異なるグレードの超伝導体を使ってコイルを作ることで、コストをできるだけ下げている。コイルは含侵しており、機械的な強度を高めて、磁場変調したときに相互に部品が動くことを防いでいる。

 スプリットペア型は、コイル内およびコイル間に働く力に抗するために特に注意深く固定する必要がある。これらの力は典型的には数10トンに及ぶ。Compensation coil、shim coil、cancellation coilも同様に硬く固定する必要がある。

 コイル間の電気的な接続には超伝導体のジョイントをつかうことで、マグネットの残留抵抗は10^-8 オーム以下にまで下げられている。

 マグネットを作るためのワイヤは多芯であり、エネルギー消費を伴うフラックスジャンプを防いで安定性を高めている。しかし、一芯のワイヤも、接続部の抵抗を下げることができるため(10^-14 オーム以下)、超伝導マグネットに使われることがある。

 超伝導線材は、超伝導合金を銅の中に埋め込み、その外を絶縁被覆したものがよく使われている。銅に埋め込むのは、万一超伝導が一部破れたときに、その部分の発熱を逃がすのと、電流をバイパスして焼き切れを防ぐためである。なお、多芯の線は自作の場合は使いづらいようである[2]。

 自作の場合、6 T以下で(1 cm球の体積の中で)10^-3 以下の均一度であれば、ソレノイドコイルは作製が可能である。多層ソレノイドにする場合は、層間に銅箔をはさんで熱伝導をよくすること、最も内側の層で電流と磁場が線材の規格を超えないように注意すればよい。

 コイルにつなぐ電線には数10 Aの大電流が流れるので、熱流入を防ぐために、細い銅線を編んで表面積を大きくし、冷たい蒸発ガスで冷却をする必要がある。また、マグネットに近づくにつれて表面積を小さくすることなどの工夫がいる。励磁用の電源は低電圧大電流の電源を用いるが、ゆっくりした電流掃引が可能であることと、リップルが少ないことが必要である。また、マグネットの超伝導が破れたときに電源に大きな逆電圧がかかるので保護のためにマグネットと並列に大きいダイオードをつける。

 磁場の値を計測するときは、精度が必要なときは核磁気共鳴で、そうでないときは細い銅線の磁気抵抗効果や半導体のホール効果で測定する。

§5ー3. マグネットの基本的な物理
 超伝導コイルは、ゼロ抵抗のコイルである。インダクタンスが100 Hのマグネットの場合、100 Aの動作電流時に1/2 MJのエネルギーが蓄えられる[1]。

 電磁誘導により発生する電圧が、磁場変調の速度の上限を決める。また、マグネットの発熱を引き起こす渦電流やヒステレシス、反磁性などの効果もスイープ速度の上限を決める。

 ローレンツ力によりマグネットには強い力がかかる。この力はマグネットを破裂させようとする。従ってマグネットコイルは硬く固定する必要がある。

 単純な動作としては、マグネットは4.2 Kまで冷やして使用する。しかしもっと温度を下げれば性能を改善できる。2.2 K(ラムダ温度)まで下げることで20-25%程度、より高い磁場値を達成できる。しかし、ローレンツ力もより強くなるため、マグネットがそれに耐えられる構造になっているかどうかを確認する必要がある。

 マグネット近くに強磁性体を置くと、良い効果も悪い効果もある。良い面としては、shim coilのように、漏れ磁場を減らす効果がある。良くない面としては、磁場分布が変調されてしまうことで、強い力がマグネットにかかることがある。この理由から、磁性体を近くに置きたいときは注意を要する。磁場をシールドをしたい場合には、コンピュータシミュレーションにより解析することが必要である(プロにやってもらう必要がある)。

§5―4. 磁場の均一度
 磁場の均一度は、直径1 cmの球に対して規定される。ソレノイド型のマグネットの場合、10^-3 の均一度は容易に達成できる。直列のshim coilを使うことで、10^-5 まで改善される。高感度なNMRを行うには10^-5 では足らず、10^-7 までの均一度が必要である。これは独立したshim coilにより達成させられる。スプリットペア型は、磁場均一度をあげるのは難しく、10^-2 から10^-4 が典型的である。マグネットの配置が正確で、独立したshim coilを用いると、磁場均一度は10^-6 まで達成できる。

§5.5 永久電流モード(persistent mode)
 超伝導マグネットのメリットは、persistent modeで動作できることである。Persistent modeでは、超伝導回路は閉回路になり、磁場電源はスイッチオフできる。磁場の減衰は非常にゆっくりであり、その時間レートはインダクタンスや超伝導接続部の数などに依存する。典型的には一時間で10^-4 の減衰率であるが、高感度NMRのためには10^-7 くらいまで改善させることもある。

 Persistent modeは、メインコイルに並列に超伝導スイッチを配置することで達成できる。マグネットに電流を流すときは、超伝導スイッチをヒーターにより温め常伝導状態に保つ。この状態では、スイッチのインピーダンスは数オームあり、大部分の電流はマグネットに流れる。より高い抵抗のスイッチが、より速いスイープ速度のマグネットに使われる。

§5―6. クエンチ
 マグネットはすべての伝導体が超伝導であるときにのみ正常に動作する。もしどこかの部分が常伝導になると、ジュール発熱が生じる。この発熱は常伝導領域を広げていき、コイル全体に及ぶ。蓄えられたエネルギーが消費され、液体ヘリウムは急激に蒸発しマグネットの温度は4.2 Kから激しく上昇する。これをクエンチと呼ぶ。

 マグネットの安定性は設計に依存する。クエンチが始まるには非常に小さなエネルギーで十分である。クエンチが起きるには1 mmの長さから放出されるエネルギーで十分である。このことは超伝導マグネットを作るのが難しい理由の一つである。ワイヤのミクロな動きでもクエンチが起きる可能性がある。

 マグネットがクエンチすると、ワイヤの巻き方は安定した方向に修正され、液体ヘリウムを再び充填することで通常の使用が可能である。実際、新しいマグネットは数回クエンチすることで設計された磁場になり、クエンチは徐々に高い磁場で起きるようになる。このプロセスはtraningと呼ばれ、正常なことである。Trainingは工場で行われてから出荷される。

 工場出荷後にマグネットがクエンチするのは稀であり、クエンチなしに何年も使用可能である。しかし、装置を移動した後の初めての使用でクエンチが起きたのなら、振動でマグネットが動いている場合があるので珍しいことではない。1回から2回のtrainingクエンチで、マグネットはもともとの仕様を回復する。

§5―7. 保護回路
 保護回路のないマグネットがクエンチすることは重大な結果をもたらす。100 Hのインダクタンスのマグネットにおいて、電流が100 Aから一秒でゼロになったとすると、10 kVの電圧が誘起され1/2 MJが消費される。そのため、マグネットには通常保護回路を設け、エネルギーの消費を助けてマグネットへのダメージを防ぐ。

 保護回路は、抵抗と、ダイオード/抵抗の2つのタイプがある。保護回路の設計は専門的な分野であり、不適切な設計は悲惨な事態を生む可能性がある。

§5―7―1. 抵抗による保護回路
 抵抗の保護回路はシンプルで安価だが、いくつか欠点がある。抵抗はマグネットコイルと並列に配置されており、磁場をスイープすると電磁誘導により抵抗にも電流が流れる。発熱により液体ヘリウムの蒸発量が増加するため、抵抗は液体ヘリウム層の上側の方につけておく必要がある。

 もう一つのデメリットは、時定数があることである。磁場スイープの後に、電流が安定するまでに数十秒待つ必要がある。これは誘導電流が収まるのを待つ必要があるからである。

§5―7―2. ダイオード/抵抗による保護回路
 ダイオード/抵抗の保護回路は、1組(2個)のダイオードを抵抗に直列で繋げるだけである。このダイオードは、低温で動作し、高電流でも動作する。クエンチのときには、ダイオードは電流を一方向に流す役割をもつ。ダイオードを適切に選ぶことで、磁場スイープのときには誘起される電圧によりダイオードがオープンにならないようにする。クエンチのときは電圧が上がってダイオードがオープンになり、抵抗に電流が流れる。

 通常では電流は保護回路に流れないので、液体ヘリウム層の下部に配置することができる。また、マグネットに流れる電流は電源から発生した電流値に正確であり、時定数は非常に短くなる。磁場スイープを止めると、誘導起電力はすぐに収まる。

§5―8. マグネット電源
 電源は、大電流を低抵抗で高インダクタンスの負荷に流せることが必要である。また、スイープ速度やスイッチヒーターを制御できることが必要である。通常バイポーラ式であり、正と負の磁場の両方を出せる必要がある。また通常、定電流モードで動作する。さらに、RS232やGPIBなどでコンピュータから制御できるほうが望ましい。

 最近の電源は、不得手なユーザーが犯しがちなよくあるミスを防ぐためのファームウェアが装備されている。例えば、persistent modeにした場合には、電源はセット電流を覚えており、異なる電流で誤ってスイッチをオープンするのを防いでくれる。

§5―9. 典型的な動作原理
 以下に、典型的な超伝導マグネットの磁場操作の手順を示す。
§5―9―1. 励磁
 電源をマグネットにつなぎ、電流と電圧をゼロにセットする。スイッチヒーターに50 mA程度の電流を流し、温める。数秒待つと、スイッチは常伝導になり、10-100オームの抵抗を示す。この抵抗はマグネットコイルの抵抗よりもかなり大きいので、印加電流はマグネットに流れるようになる。電流を増加させると、電圧もゆっくり大きくなることが観測される。電圧は、誘導起電力とリード部の抵抗(0.01オーム)にかかる電圧の足し算である。

 スイープ速度はマニュアルに従って調整されるべきであり、高磁場ではゆっくりにする必要がある。励磁を止めると、電圧は落ちていきリード部の抵抗に起因する電圧に落ち着く。誘導起電力がなくなる時間スケールは、抵抗による保護回路の場合は数十秒かかる場合がある。電圧値と電流値が落ち着いたら、スイッチヒーターを切り10-20秒待つ。リード部に流れる電流が減少していくと、スイッチを流れる電流が増加していく。

§5―9―2. スイッチのクエンチ
 マグネットがpersistent modeに入るときに、スイッチはクエンチすることがある。大抵の場合、マグネットの他の部分をクエンチさせることはない。最近の電源は、スイッチクエンチを検知すると、自動的に復旧するが非常に古い電源装置の場合はマニュアル動作が必要になる。

§5―9―3. 減磁
 励磁と逆の操作になる。リード部分に励磁のときの電流値の電流を流す。次に、スイッチヒーターをオンする。このとき、マグネットコイルに流れる電流とリードに流れる電流は完全には一致しないので、電圧値は少し変動する。電流を規定の速度で減少させて磁場を減少させる。このとき、リード部の抵抗による電圧と逆符号の誘導起電力が生じることが観測できる。目的の磁場に到達したら、スイッチを閉じて数秒~数十秒待つ。

§5―10. 特別の用途のための超伝導マグネット
 ソレノイド型やスプリットペア型以外の特殊な磁場分布の超伝導マグネットもある。

 中性子実験への応用のために、非対称のスプリットペア型のマグネットが用いられる。片方のコイルがもう一方よりも大きく、ゼロ磁場領域が小さいコイルの中にあるようになっている。これにより照射する中性子のスピン偏極を保つことができる。

 双極子型あるいは四極子型のマグネットは、磁場が荷電粒子の運動を曲げるために使われる。加速器などのビームラインで用いられる

 ジャイロトロンにおいては、磁場分布を正確に知るために、たくさんのコイルを使用している。

§5―11. 超伝導磁石と希釈冷凍機の組み合わせ
 超伝導磁石は希釈冷凍機と組み合わせて使用することができるが、マグネットが希釈冷凍機の動作に影響を与えることがある。

① 渦電流によるヒーティング:磁場スイープなどにより渦電流が生じることで、熱がロスする。0.1 μWの発熱でも冷凍機の能力に影響を与える。

② 温度計:多くの温度計は磁場により影響を受けるため、mK領域で正確に温度を計測するのは困難である。しばしば磁場をキャンセルする領域を磁場中心のそばに作り、温度計を試料のなるべく近くに配置するようにする。

③ 実験への影響:cancellation coilを配置するときは、その位置を注意深く決める必要がある。マグネットコイル近くに配置するときは、より強いローレンツ力が働くため設計が難しくなる。

 いくつかの希釈冷凍機においては、3He/4He混合液体の中に試料があり、非金属のチューブに囲まれている。この場合は、mixing chamberにおける金属部分の渦電流を減らすためだけにcancellation領域が必要となる。もし完全に1Kポットより下が非金属でできている場合は、cancellation coilはさほど重要でない。ただし、磁場に敏感な温度計は、磁場がcancelした領域に配置するほうがよいだろう。

 他の希釈冷凍機は、熱接触を良くするために、銅や銀を使っている。この場合は渦電流による発熱が顕著になる。Cancellation coilは、発熱を避けるためでなく、温度計などを低磁場領域に配置するために設置される。通常100ガウス程度の低磁場にまでキャンセルされる。一般に、磁場をキャンセルする領域を広くとればとるほどcancellation coilの設計は難しくなり、高くなる。

 (核)断熱消磁システムは、いくつかの独立したマグネットが必要である。一つ(あるいは二つ)は極低温を達成するための銅や常磁性塩の消磁のために使われる。もう一つの小さなコイルは、(超伝導体で作られる)熱スイッチのために使われる。また、高磁場実験のためにもう一つのコイルが必要になる。これらのコイルは当然強く固定されている必要がある。超伝導スイッチの正常動作などのために、相互インダクタンスや渦電流を回避する必要がある。そのために複雑な磁場キャンセル領域が必要になることがある。

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