『低温物理実験技法』§11.無冷媒型の冷凍機

 断熱技術と冷凍機性能の向上に伴い、冷凍機の応用範囲が拡大している。無冷媒型の装置は操作が簡便で、面倒な寒剤の充填が必要ないことから、ユーザーからの人気が高い。現在市販されている小型冷凍機は主として、スターリングサイクル、ギフォードマクマホンサイクル(GMサイクル)、パルス管冷凍機の3種類がある。厄介な液体ヘリウムを扱う手間がなくなるが、ガスの圧縮・膨張に伴い、試料部の温度振動(1K程度)と機械振動(10ミクロン程度)が問題になり、低減する工夫が必要となる。また、寒剤代がかからない代わりに電気代がかかり、液化機がある研究機関だとむしろコストが高くつく場合もある。

§11―1. GM冷凍機
 高圧のHeガスが充填された容器の弁を開くと、Heガスは断熱膨張することで最初の状態より温度が低くなる。この原理を利用してGM冷凍機は低温を得ている[5]。

 GM冷凍機は冷凍機ユニットと圧縮機ユニットから構成される。圧縮機ユニットは高圧のHeガスを冷凍機ユニットの中にある室温空間(ガス容器に相当するシリンダー(円筒容器)の上部)に供給する。ディスプレーサー(ピストンのようなもの)と呼ばれる可動部を移動させて室温空間をふさぐと、高圧ガスは蓄冷器を通って冷却されながら、シリンダー下部の低温空間に移る。ここで、圧縮機ユニットにつながる排気弁を開放してHeガスを断熱膨張させると、低温の低圧ガスが生成される。ディスプレーサーを最低位置に戻して排気弁を閉じ吸気弁を開くと元の状態に戻る。以上が1サイクルである。

 市販されているGM冷凍機(住友など)の冷凍機ユニットは、2段式のものがほとんどである。1段だけでは最低温度は30 K程度だが、2段にすることで10 K以下を達成できる。蓄冷器の蓄冷材には(低温で比較的高い比熱を示す)鉛などの非磁性金属が使われていたが、鉛の比熱が低温で急激に小さくなり、一方冷媒であるヘリウムガスの比熱は低温で逆に大きくなるため、十分な熱交換ができなくなる。蓄冷材として非磁性金属でなく、磁性金属を用いることで4 K以下の温度まで到達できる。これは通常の金属では比熱が低温で単調に減少するため蓄冷材としての能力を失うが、10 K以下で磁気相転移点をもつ希土類金属合金ならば大きな磁気比熱を利用できるからである。加えて、磁性蓄冷材の空隙率や配分比の最適化を行うことによって、4.2 Kでの冷凍能力を高められる可能性がある。

 2段式の冷凍機ユニットの構成としては、段付きのシリンダーに同心の1段目、2段目のディスプレーサーが連なって入っている。ユニット上部にあるのが駆動モーターであり、ディスプレーサーを往復運動させる。モーター駆動でなく、Heガスの圧力を使用したガス圧駆動方式もある。冷凍機ユニットの最低部にあるフランジに被冷却体を熱的に接触させることで冷却を行う。なお、取り付けに際して冷凍機ユニットの姿勢は360°全ての方向が可能であり、また真空断熱容器に収納せずに大気中で運転させても問題はない[5]。

 圧縮機ユニットは、全密閉式の冷媒圧縮機を使用している。冷媒にヘリウムを使用した場合には、圧縮熱が大量に発生するため特別な工夫がなされている。ヘリウム流量に対して重量流量比で20倍の潤滑油を混入して圧縮することで、圧縮熱を潤滑油の顕熱で吸収し、さらに摺動(しゅうどう)部の油潤滑をよくしている。圧縮機ユニットの冷却方式としては、水冷式と空冷式がある。

 GM冷凍機の冷凍性能はW(ワット)数で表され、様々な大きさのものが売られている。冷凍能力が大きい方が冷凍機ユニットの寸法が大きくなり、必要な電力も大きくなる。

 GM冷凍機の運転・停止は圧縮機ユニットについているスイッチをON・OFFするだけで他の操作は不要である。運転停止時は1.5 MPaの圧力で、運転時には高圧が2.0M Pa、低圧が0.6 MPa程度になる。異常時には自動で停止する。ただ、約10000時間毎に装置を分解して部品を交換するメンテンナンスが必要となる。数kgあるディスプレーサーの往復運動により、数十ミクロンの機械振動がある。振動の影響を絶つように設置することで、1ミクロン程度に抑えることは可能である。モンタナと呼ばれる装置ではnmレベルに振動を抑えており、高精度な光学測定に用いられる。

§11ー2. スターリング冷凍機
 スターリングサイクル冷凍機の原理は、(1)等温圧縮、(2)等容移送(体積一定で圧力を下げる)、(3)等温膨張、(4)等容移送(体積一定で圧力を上げる)の4行程から構成される。シリンダー内にあるディスプレーサーの移動、および圧縮ピストンの移動により、体積と圧力を制御する。行程(3)による等温膨張により、外部から熱を吸収することで、負荷部に取り付けられた被冷却体を冷却できる。

 簡単に原理を言えば以下のようになる[2]。2つのシリンダーがあり、それらが細い管でつながっているとする。2つのシリンダーにはそれぞれピストンがついており、中にHeガスが満たされている。(1)では左のピストンのみを動かしてガスを圧縮する(このとき熱が発生するが高温熱浴に逃がす)。(2)左右の体積の和を一定にしたまま2つのピストンを動かし、ガスを右のシリンダーに動かす。(3)右のピストンを右に動かしてガスを膨張させる。このとき低温熱浴から熱が吸収される。最後に、(4)左右の体積の和を一定にしたまま2つのピストンを左に動かし、ガスを左のシリンダーに移す。これで最初の状態に戻る。

 圧縮部とコールドヘッドの機構を一体化したインテグラル型と、圧縮部とコールドヘッドが分離したスプリット型の2つの形式がある。選定方法としては、DC電源の場合はロータリーモーター駆動方式の圧縮機をもつインテグラル型が、AC電源ではリニアモーター駆動による圧縮機をもつスプリット型が適している[5]。

 ピストンを比較的高速(10~50Hz)で運転するためコンパクトで、しかも効率の良い冷凍機が実現できる

§11―3. パルスチューブ冷凍機
 パルス管冷凍機は、圧縮機、蓄冷器、およびパルス管(パルスチューブ)と名付けられた単純な管が連なった構造をしている。パルス管の中には作動ガスであるHeガスが入っている。圧縮機のピストンの動きに応じて、パルス管内で軸方向に振動するガスは圧力変動を示す。GM冷凍機やスターリングサイクル冷凍機においてはディスプレーサーがシリンダー内で振動するのに対し、パルスチューブ冷凍機では低温部に動く部品がないという特長がある。パルス管の中のガスを仮想的なピストン(「ガスピストン」 )と考えるのがよい

 基本型のパルス管冷凍機は、ピストン・蓄冷機・パルス管・放熱器の順に並んだ構造となっている。パルス管の手前側(ピストンのある側)に蓄冷器が配置され、パルス管の奥側のシリンダー閉端部に放熱器がある。ピストンでガスを圧縮すると管内のガスの温度は上昇し、閉端部方向に移動して管壁に熱を与える。ピストンを引っ張り、ガスが膨張する過程では、温度降下を伴い蓄冷器方向に戻り管壁から熱を受け取る。この過程を繰り返すと、閉端方向に熱が汲み上げられていき、その熱を放熱させれば、パルス管と蓄冷器の接合部で温度が下がり冷凍効果が得られる。このように基本型パルス管冷凍機の原理は、管壁と管軸方向に振動するガスとの熱伝達に基づき、パルス管の表皮熱伝達機構と呼ばれる[5]。

 基本型パルス管方式を多段化することで、30 K台の低温が得られていた。低温に可動部を持たないことから多段化に際し技術的な困難は少ないが、到達温度が下がらなかったのは基本効率が悪いためである。しかし、オリフィス型のパルス管冷凍機が開発されてから、著しい発展があり4 K以下の低温が得られている。

 オリフィス型の冷凍機の冷凍発生機構は全く異なり、熱の汲み上げ効果は失われている[5]。オリフィス型方式においては、パルス管の閉端部に弁のついたオリフィス(気体を通す小さい穴)が設置され、オリフィスを通るガスが仕事をする。基本型パルス管の閉端部にオリフィスなどの仕事の吸収機構がある場合には限界を超える温度差を作ることが可能になる。その冷凍機構はむしろスターリングサイクルに類似している。運転周波数は約2 Hzであり、GM冷凍機の周波数(0.5 Hz)より高い。

 4 Kパルス管冷凍機は、NbTi超伝導マグネットの冷却に適している。機構がシンプルで予冷温度や冷凍能力を被冷却体の要求に応じて容易に変更できるので、最適化された低温システムを構築することができる。また、蓄冷材がシリンダ内を往復運動しないために、冷凍機運転時の振動が小さいというメリットがある。駆動部が少ないため、メンテナンス回数が減ることもメリットの1つである。

§11―4. 再凝縮装置
 液体ヘリウムに浸漬し超伝導磁石を冷却する低温装置でも、蒸発ヘリウムガスを再液化することで、超伝導磁石を長時間にわたって簡単に運転動作させることができる。

 方式としては、直接液化式と間接液化式がある[5]。直接液化式は、クライオスタット内で蒸発したHeガスを直接冷凍機で液化して戻す形式である。一方、間接液化式では、He冷凍機で発生させたHe冷媒を用いてクライオスタットから蒸発したHeガスを再液化させる。つまり、クライオスタット内と再凝縮冷凍機のヘリウムガスは分離されている。両者のシステムで一長一短がある。直接液化式の場合は、再凝縮冷凍機内のガスがクライオスタット系によって汚染される危険性があり、長時間の運転の信頼性が劣る。また、負荷の変動により蒸発ヘリウムガス量は変動するので運転制御が複雑になる。一方、間接液化式の場合には、熱交換方式のために超伝導コイルの冷却温度は直接方式より高くなる。

 現在市販されているヘリウム液化装置はジュール・トムソン(JT)回路の予冷にGM冷凍機を使用したGM+JT冷凍液化機が主流のようである。直接液化式と間接液化式の両方がある。パルスチューブ式の再凝縮装置も使われる。メンテナンスがほとんどいらず使いやすいというメリットがあるようである。

§11―5. 無冷媒型の超伝導マグネット
 液体ヘリウムを用いた超伝導磁石への電流供給においては、熱侵入を低減するために電流リードを蒸発ヘリウムガスで冷却している(ガス冷却型の電流リード)。一方で、液体ヘリウムを使わずに無冷媒型の冷凍機を用いて超伝導磁石を冷却する場合には、電流リードからの侵入熱が大きいため、冷凍機に大きな冷凍能力が必要である。そこで、電流リードの一部に熱伝導率の低い銅酸化物超伝導体を用いることができれば、システムはコンパクトになり冷凍機の利用効率もよくなる。

 寒剤を使う超伝導マグネットのクエンチと比べて、無冷媒型の超伝導マグネットでは、クエンチしたことに気づかないくらいクエンチが静かに起きるようである。

 パルスチューブ冷凍機を利用した無冷媒型の超伝導マグネットとして、Quantum Design社のDynacoolがある。1つの2段パルスチューブでマグネットコイルと試料を冷やしている。独自の温度調整システムとソフトウェアを用いて、(1)冷凍の必要のない400 Kまでの高温領域の温度変調、(2)高い冷凍能力を必要とする中間温度領域の温度変調、(3)液体ヘリウムの蒸発による1.8 K以下のベース温度での温度安定性、の全てを両立させている。

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