『低温物理実験技法』§10.温度計測

 温度を測定する際に重要なことは、測定される試料と温度計との間の温度差を最小にすることである[3]。問題となるその温度差は、測定時に温度計に発生する熱量、温度計の熱伝導度、および試料と温度計の境界に生じるカピッツァ抵抗で決まる。また、定常状態に達する速さは、温度計の熱容量に依存する。

 温度計は2つのグループに分けられる。1つは一次温度計であり、物質パラメータが物理法則に従って温度変化することを利用し、前もって校正しなくても温度測定が可能である。もう1つは二次温度計であり、いくつかの温度定点で校正する必要がある。

 室温付近だけであれば、サーミスターが高感度の温度計として利用できる[5]。また、液体窒素温度くらいまでの範囲で、摂氏温度に比例した出力を取り出せるようにしたICとして、LM35 (Texs Instruments)が市販されている。

§10ー1. 抵抗温度計
 金属や半導体の抵抗は温度依存するので、電気抵抗の測定により温度を測定することができる。あらかじめ校正する必要があるので二次温度計の一種である。抵抗温度計は小さな温度変化を観測できる高い感度を有すること、小型軽量であること、抵抗測定が簡単なことにメリットがある。半導体温度計は低温、金属抵抗温度計は高温側で高い感度をもっている。

 抵抗温度計の特性は温度変化する。その理由は、熱サイクル、材料の自然劣化、内部のガス拡散(ヘリウムガスの吸収を含む)などによる。長期の安定性の目安は1年以上抵抗が変わらないこと、短期の安定性は同じ温度で数時間~数日の間で抵抗が変化しないことである。

 抵抗温度計につなげるリード線は、熱のリークを防ぐために低い熱伝導率をもつ必要がある。CuNi(キュプロニッケル)でコートされた超伝導ワイヤや抵抗の高いマンガニン線が通常使われる。

 抵抗温度計をサンプルロッドに取り付けるときは、金属のブロックに穴を開けて挿入するのがふつうである。このとき、このときぴったりとはまるように工夫するか、あるいは銅の箔かワイヤで巻いて熱接触をよくする。ワニスやグリースを熱接触をよくするのに使うことができる。抵抗温度計を金属に開けた穴に入れるときは実効的に熱容量が大きくなるために、リード線を熱的にグラウンドすることで、温度安定までの時定数を小さくすることが重要である。熱的にグラウンドをとるにはワニスを用い、電気的な絶縁はたばこ紙を用いて行う。

 抵抗温度計の発熱の影響をみるためには、素子に入れる電力を変化させて抵抗値が変化するかどうかみればよい。

§10-1-1. カーボン抵抗温度計
 カーボン温度計は、感度が高く、低価格で、磁場の影響が小さい、超低温でも試料と熱接触を良くすることができるなどの特長を有する。ラジオ用のソリッド抵抗のなかで、アーレンブラッドリー社製の1/8W、1/4W、1/2W抵抗(W数の大きいものほどサイズも大きくなる)は0.3 K以上の温度測定に、スピアー社製の1002(1/2W) は10 mK以上の温度測定に用いられる。これらの抵抗はグラファイトに接着剤を混ぜて固めたものである。保護用にプラスチックカバーがついているので、それを紙やすりなどで剥がした方がよい。熱接触をよくできるという説もある[3]が、よくならないという本[4]もある。熱容量が小さくなることで温度安定するまでの時定数が短くなるようである[4]。また、0.1~0.3mm程度の厚さのディスクに切り出すことで質量を減らして熱容量を下げることも行われる。この場合は全長が短くなることで熱接触がよくなるようである[4]。

 アーレンブラッドリーの温度計は、温度の逆数1/Tを、logR、定数、1/logRのそれぞれに係数をかけた3つの項の足し算でフィットすることで校正曲線を得ることができる(Rは抵抗)。アーレンブラッドリーの1/8W抵抗は、長期間安定しており熱サイクルにも強い。また、磁場中でも使用することができる。磁気抵抗は正で、単調に増加する(最大で20%程度)。バッチにより磁気抵抗は異なるので、それぞれ校正する必要がある。現在でも複数の種類のものが入手可能なようである。

 スピアー社の1002型の抵抗は、4 K以下の超低温測定に用いられていた。抵抗は低温で1/Tに大体比例して増加するので、1/TをR、√R、1のそれぞれに係数をかけた3つの項の足し算で近似できる。磁場中では、抵抗は磁場と温度に複雑に依存する。磁場中で抵抗は極小点を有し、極小点の磁場は磁場方向にも依存する。ただ、磁気抵抗の大きさ自体は、アーレンブラッドリーの抵抗よりも小さい(6%程度)。文献に名前はよく挙げられているが、現在では入手困難なようである[2, 4]。

 松下電器のERC18SG( ERC18SG )も使われていた[2]が、現在でも入手できるかは定かではない。1 K以下で抵抗の変化が大きくなることが特徴である。一方、アーレンブラッドリーの温度計は1 Kから20 Kの範囲で抵抗変化が大きく使いやすい。

 リード線部分の接合部分や抵抗体自身への機械的応力に対して抵抗が敏感に変化するので注意深く取り扱う。また、はんだ付けする際は温度が上がりすぎないようにする。420 ℃の加熱で校正曲線のずれがあると報告されている。また、空気中の水蒸気を吸わないように真空中か不活性ガス中で保存する。校正の前に室温から4.2 Kまで熱サイクルを数回繰り返すことが推奨されている。

§10-1-2. ゲルマニウム温度計
 カーボン抵抗温度計に比べてゲルマニウム抵抗温度計は感度が高く長期安定性もよい。通常、logRをlogTの多項式でフィットする、あるいはlogRを1/T、定数、T、T^2の多項式でフィットすることで校正曲線を得るが、中間温度領域で抵抗の極小をもつなど複雑な温度変化を示す場合もあるので注意が必要である[5]。この問題は純度のよいゲルマニウムは抵抗が高すぎて、ある程度ドーピングしないと使用できないために起きる。信頼できるメーカーで校正されたものを購入し、研究室の基準温度計として使用することはおすすめできる。しかし、ゲルマニウム温度計は正の磁気抵抗が極めて大きく(800%~1000%)、低温磁場中の使用には向いていない。

§10-1-3. カーボングラス抵抗温度計
 室温から1.4 K付近までの温度をカバーできて、長期安定性もよく、磁場変化の小さい抵抗温度計としてカーボングラス抵抗がある。1.4 K以上では総合評価として使いやすい温度計である[5](Cernox温度計が普及する前のことだと思われる)。Lakeshore社のCGR-1-1000や、Cryocal社のCC-1000がある。磁気抵抗は温度域・磁場域によって正になったり負になったりして複雑だが、磁気抵抗の大きさはカーボン抵抗より小さい。

§10-1-4. 白金抵抗温度計
 白金抵抗温度計は、白金の細線を用いたものと、白金のスパッタ膜を用いた安価な素子が市販されている。低価格の素子は30 K程度で残留抵抗に達してしまうので、使える範囲が限られる。残留抵抗が大きいと磁気抵抗が小さく、磁場下での温度誤差も小さくなる。半導体センサーと異なり、磁気抵抗は全温度で磁場の2乗に比例するので補正が容易である。

 金属材料としてはこの他に、金、鉛、インジウム、コンスタンタン、マンガニンなども温度計として使える。

§10-1-5. 磁性希薄合金の抵抗温度計
 白金抵抗温度計は残留抵抗の影響のために10 K以下の低温で用いることができない。一方、磁性不純物散乱による近藤効果によって、金属の抵抗の温度変化を1.4 Kまで存在するようにできる。ロジウム・鉄の合金センサーや、白金・コバルトの合金センサー(チノー、R800-6)が知られる。ただし、低温で磁気抵抗の影響が大きいため磁場中では実用的ではない。

§10-1-6. ルテニウム酸化物抵抗温度計
 Scientific Instruments社Lakeshore社から発売されている。1.5 Kから室温をカバーするRO-105と0.05Kから20KをカバーするRO-600があり、磁場の影響が小さいことをうたっている。RO-600の磁気抵抗は、4.2K、8 Tで2%程度[5](カタログ値は0.7%)である。RO-600については、温度計自身が極低温でショットキー型の比熱を示すことが指摘されており、極低温領域の比熱測定には使いづらいようである。

 また、通常回路用の抵抗素子としてルテニウム酸化物のチップ抵抗も売られている。

§10-1-7. Cernox温度計
 ジルコニウム・オキシナイトライド薄膜をサファイア基板上に形成した素子による抵抗温度計である。素子ごとの個体差が小さく、100 K以上でも十分な温度係数をもつ。センサ自体が小型なので比熱などの測定にも有効であり、かなり普及している

 磁気抵抗も小さいのが売りであるが、0.4 Kでは15%以上の負の磁気抵抗が9 Tで見られるようである。4.2 Kより高温では正の磁気抵抗が現れるので、ちょうど4.2 K付近が磁気抵抗がゼロに近づく(符号変化する)温度となり特に磁気抵抗が小さくなる[5]。

§10-1-8. ダイオード温度計
 ダイオード温度計は、SiやGaAsが知られる。室温から30 Kくらいまでは使えるが、ヘリウム温度になると安定性が悪いようである。弱い磁場に敏感で、磁場の強さや向きによっても特性が変化するので、磁場中では使えない。

§10-2. 熱電対
 ヘリウム温度までをカバーする低温用熱電対としては、Au+0.07%Fe-Chromelか、Au+0.07%Fe-normal Agが標準的に使われる[5]。そのほかに、Cu-constantan、Au+2.1%Co-Cu、Fe-constantan、などがある。Type E (Chromel-constantan)の熱電対も10 K程度の低温まで使える。

 熱電対の特長は、自らの熱容量が小さく熱応答に優れていることと、温度差を直接的に検出できること、小型であること、発熱がないことである。しかし、同じ種類でもメーカーによって特性が微妙に異なる。組成が少し異なるか、そもそも均一な組成を得るのが難しいためと思われる。また、折り曲げたりすると特性が微妙に変わるので、長期安定性が問題になる場合には取り扱いに特に注意する。温度のドリフトに敏感なことも不利な点である。

 磁場下で利用する際は、磁場勾配が存在する部分に温度勾配があると、磁場依存性が大きくなる。磁場の影響は、熱電対の線がどういう磁場分布の空間を通っているかにも依存するので、注意を要する。

§10-3. 蒸気圧温度計と気体温度計
 ゼロ磁場における温度計測は抵抗温度計で行えるが、磁場下では少なからず磁場の影響を受ける。磁場の影響を受けない温度計は、蒸気圧温度計と気体温度計だけである[5]。

 5 Kから0.3 Kの間であれば、4Heか3Heの蒸気圧を用いた蒸気圧温度計が信頼性が高い。液体と熱平衡状態にある蒸気の圧力(飽和蒸気圧)を測るだけなので装置は簡単であり、また圧力はガスの物理的性質のみで決まるのが利点である。なお、別の種類のガスを用いればより高い温度の計測も可能である[2]。14 Kから20 KであればH2、55 Kから90 KはO2、63 Kから77 KはN2が利用できる。

 4.2 K以上では気体温度計が使える。[5]によると、ゼロ磁場の温度を測る抵抗温度計に加えて、磁場下のレファレンス温度計として4Heガスを用いた気体温度計を併用するやり方が優れている。つまり、磁場中でも温度が一定に保たれるように、気体温度計の圧力表示を参照して温度制御する。これは4Heガスが理想気体に近いために、圧力とモル数を知れば温度がわかることを利用している。

 具体的には以下のようにする。試料ホルダーに気体温度計セルを取り付け、適当な量のHeガスをセルに導入する。圧力を数10-数100 torr程度に調整し、閉じた系をつくる。圧力センサーを試料ロッド上部の大気に出ているところに取り付け、圧力が一定になるようにフィードバックしながらヒーターパワーを制御する。それにより磁場掃引中でも温度を一定にすることができる。

§10-4. キャパシタンス温度計
 SrTiO3を誘電体とするものとして、Lakeshore社のCS-501が知られる。熱サイクルによって温度依存性が変化するなど長期的安定性に欠けるが、磁場掃引中に温度を一定に保つためのレファレンス温度計としては使える。なぜならば、誘電体の誘電率は磁場の影響を受けづらいからである。

 ただし、時間的なドリフトが大きく使い勝手が悪いという報告もある[5]。SrTiO3は強誘電体に近い物質材料であり、誘電特性が複雑な変化を示す可能性がある。

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