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連載小説「ありがとうじゃ足りない」2話

懇親会なんて初めて参加する。会場に向かっているだけでソワソワしてくる。そんな私にすい先生が不安を紛らわすように話しかけてくれた。
「理音ちゃんがMCまでやるなんてびっくり!理音ちゃんステージングに組み込んでなかったのに本番前に急にやりたいって言ってて、ほんとびっくりしたよ!」
組み込んでなかったんだ、私。まぁその前にすい先生に話してたなら良かったけど。
「あはははは」
私は笑うしか出来なかった。

懇親会の会場の扉を開ける。そりゃあそうだが、すごく豪華絢爛な会場な訳では無い。でも、逆に良かった。こっちの方がなじめる気がした。
テーブルには袋菓子とジュース、ビンゴカードが並んでいた。私くらいの歳の人から60代くらいの方、あと先生方がいた。ざっと25人くらいだろうか。
人数は学校のクラスと同じくらいだけど、アットホームな感じだった。過ごしやすそうだ。

皆はもうジュース片手に話をしている。私もすい先生からカルピスソーダを受け取った。体に流し込む。だんだん熱い体が冷えてきて、思考も冷静になった気分。
私はここで何をしているんだろう。よく分からない世界。謎の空白の2ヶ月。私はステージに立っている時になんで暗闇から降ってきたのだろう。懇親会に参加して、なんでそんなに明るい感じなんだ、私は。そんなことを思っているとすい先生が、
「昨日急に理音ちゃんメールしてくれて、懇親会参加するって言ったからこれもまたびっくりよ!1人キャンセル出てたからちょうど良かったし。それに参加してくれて嬉しいのよ。」
すい先生の明るさは元の世界と変わらない。この明るさが、私の心をいつも和ませてくれる。ありがたい。
でも、私の存在に気づいた人がヒソヒソと話し出した。悪口でも言っているのだろうか。もうそんなふうに思うのも慣れている。慣れているはずなのに、いつも怖い。

「行ってこいよ夢希〜。気になってんだろあの子。」
「えっ、あっ、えっ、」
高校生くらいの背が高い男子が5人くらい固まって騒いでいる。髪型がみんな今どきで、染めている子もいる。陽キャなんだろうって感じの人達。
そんな中、夢希さんという人だけ普通の男の子って感じ。髪の毛は黒くて、くせっ毛の前髪で目が完全に隠れている。長身ですらっとした体型は羨ましかった。
彼らを見た後、私は下を向いていた。どの世界でも、私は悪口を言われているように感じるんだと思うと辛かった。またどうせ独りになるんだ。私は泣きそうだった。皆私を必要としていない。何故かそう思ってしまうのだった。
その時、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。顔を上げる。さっきの男子、夢希さん。何だか不思議な走り方をしていて可愛らしい。
いや、それどころじゃないじゃないか。誰か知らない人が、無理やり来てるんじゃないか。そんな感じしかしないじゃないか。

心拍数が上がる。どうしよう。

「リオさんですか。」
「は、はい。」
呼吸が荒い。今何を言われても「はい」としか言えないだろう。
「レモクリ好きなんですか。僕も好きで。」
「は、はい。あ、そうなんですね。」
「はい…。」
話が続かない。どうしよう。

少しの間沈黙が続いたが、夢希さんが切り出した。
「あの、その、今日のリオさんの『出逢い』すごく良かったと思って。」
「は、はい。」
「歌声も表情もステージングもすごい良くて。地声で高い声張れるのが凄いなと思って。」
なんでこの人急に褒めだしたんだろう。場を和ませるためかな。私そんなに褒められるほど上手くないはずだから、お世辞だろう、どうせ。
「あの、それで、なんで話しかけたかっていうと」
「はい…。」
ダメ出しされるのだろうか。
「良かったら僕とバンド組みませんか。リオさんボーカルで。」
「は、はい?」
何を言ってるんだ、私はそんな凄いことしてないのに。
「リオさんの歌声を聞いて、リオさんとバンドをやりたいと思ったんです。僕ギター弾けるので。」
「はぁ。」
いきなりすぎて正直ビビった。言わされてるんじゃないかっていう疑念すら生まれた。
「でも、初めて話して僕のこと知らないだろうから、今度スタジオ入りませんか。」
「えっ、あっ、はい」
今なぜ「はい」なんて言ったのだろう。頭が全て「はい」に支配されていた。
スタジオ。その場所に憧れがあった。私はそこに行けば人に出逢えるかもしれないと聞いていた。いつか行ってみたいと思っていたけど、どんな所か全然知らない。だから不安で仕方なかったのだが、今なぜか行ってみたい気持ちが勝っている。
釣りかもしれないのに。誰かもよく知らないのに。名前すら知らないのに良いのだろうか。
そんなことを考える隙が一瞬あったが、すぐに
「まじですか。むっちゃ嬉しいです。ありがとうございます!あ、じゃあLINE交換…」
何だか話し出すと止まらないタイプのようだ。名前を聞く隙が無い。
スマホを差し出され、LINEのホーム画面を見る。
「綾原夢希、さん」
「あ、名前言ってなかったですね、すみません。綾原夢希です。中3。」
やっと名前と歳を口に出してくれた。中学生だったんだ、夢希さん。
「久野理音と言います。私も中3です。」
「同い年なんですね!」
「あはは…」
夢希さんはガツガツとは来ないが、話すことは嫌いではないのかもしれない。
そんな話をしながら、私達はLINEを交換した。
「スタジオ入る日、明日の11時でどうでしょう。」
あした、明日?私は別に良いけど、この人学校大丈夫なのか?
「あ、はい」
でもそんなことも言えず、「はい」と言う私だった。

その後、懇親会はぼっちで過ごした。すい先生も暇ではない。
私はただただビンゴカードと向き合っていた。ビンゴ大会で1抜けしたことは1度もない。
また今日も入賞なんかしなかった。
先程の男子のグループがわいわい盛り上がっていて、その中から優勝者が出たようだ。夢希さんは困ったような笑顔を浮かべながら男子に囲まれていた。

そんなこんなで懇親会も終わり、両親が迎えに来た。
「友達できた?」
優しく微笑むお母さん。
「なんかバンド組みたいっていってくれた人が居て、今度スタジオ入る?って言われたから明日行ってくる。」
「スタジオ?明日?まぁ良かったわねぇ。」
少しニヤニヤしているお母さん。それ以上は何も聞かれなかった。

家に着いて、ご飯を食べて、風呂に入って、部屋に行った。家は前の世界と全然変わらない。私の家だった。
私の部屋にはやっぱりアザラシは居たし、ごちゃごちゃしているところも変わらない。
ベッドにダイブする。この硬さも丁度いい。
私はベッドに顔を埋めながら、今日のことを思い返していた。久しぶりに学校に行ったらこの世界に落ちてきて、なんか歌って、懇親会にもでて、バンドに誘われて、スタジオ入らない?って言われて。
盛りだくさんな日だった。でもこの世界は私が居た世界じゃない。ただの夢だったら明日になったら元の世界に帰るんだ。また私だけ浮いた教室に戻るんだ。スタジオにも入れないんだ。夢から遠くなるんだ。
しょうがないことなのは分かってる。明日帰ってくるこの世界の私のために、どんなことがあったのかを日記に書き足した。
そして、夢ノートの「ステージに立つ」にチェックマークをいれた。

もう23時だ。寝よう。
明日の私楽しんでね。

暗闇の中に落ちていく。
そんな私の手を掴んでくれる暖かい手は無い。
上の方は光っているが、どんどん小さくなっていく。消えていく。
私の周りに光はなかった。
このまま落ち続けて、死神の元にでも行くのだろうか。さっきまでの世界は走馬灯のようなものだったのだろうか。
私に都合が良いことばっかりだった。死ぬ前の最後のご褒美だったのかもしれない。
すると、下の方から光が見えてきた。あそこは魔界ではなさそうな、さっきの走馬灯と同じような光を放っていた。
光に吸い込まれていく。眩しい。

目を開けると、そこは私の部屋のベッドだった。
時計を見ると、2022年11月14日午前5時だった。
私は元の世界には行かなかった。
私の日記も残ってたし、夢希さんとのLINEも残っている。

1階に降りると、お母さんがいつも通りパンを温めていた。普通の1日のようだ。
お父さんを会社に送り出し、私も朝ごはんを食べた。

私のスマホに着信音が入る。知らない人からのTwitterのDMだった。
そこには、「この世界は貴方の夢」と書かれていた。
迷惑メールかもしれない。でも、私しか知らない元の世界を知っているような言い方で、私は信じるしか自分を肯定する術がなかった。

スタジオに11時に着くように行くには10時には出なきゃいけない。そんなこと思いながらテレビを見ていたらいつの間にか9時を過ぎていた。

重たいキーボードとパソコンを背負い、オーディオインターフェースを大事に入っていた箱にしまい、鞄にいれた。勝手が分からなすぎて、こんな大荷物だがなんだか満足している。さすがにマイクはあるだろうし、持って行かなかった。

「行ってきます」
そうボソッと言ってもお母さんは手を振って見送ってくれる。お母さんって偉大だなって思った。

電車に揺られ、45分ほど。最寄り駅に着いたのだった。

つづく

読んでくださりありがとうございます。
前の投稿から時間が経ってしまいました。すみません。
またのんびり書いていこうと思います。
よろしくお願いします。


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