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連載小説 「ありがとうじゃ足りない」 1話

ただただ机に向かいパソコンをいじる。久野理音はパソコンオタクという訳では無い。ただの不登校中学生である。
なぜ不登校かと聞かれても何も答えられない。いじめられていた訳でもないし、何にもできなかったわけではないと思っている。だが「いない方がマシだ」という自分の心の声だけで不登校になった。そんなこと言い訳だと思われて終わりだ。
私は友達は居た方だし、勉強もそこそこできたけど、私は全てを捨てた。何も出来ないと思ったから。
新たな友達なんてそりゃ出来ないし、孤独を味わっていた。
私の友達はゴマフアザラシのぬいぐるみと彼等の音楽だった。
私が休み始めてどん底にいた時、彼等の音楽に出逢った。彼等は「イエローレモンクリーム」というバンドである。通称レモクリ。
ギターボーカルである屋須木鈴都。通称すずくん。誰よりも顔が整っていて、全ての作詞を担当している。レモンクリーム色のメッシュが綺麗。
ギターの唯舞桐人。通称きいちゃん。クールなギタリストだが、笑顔が可愛いと有名である。紺色の少し長めの髪が美しい。時々女性に間違えられるようだか、男性である。
キーボードの島根輝蘭。通称きらりん。1番元気いっぱいな天然で、全ての作曲をしている。今は金髪だが髪色がコロコロ変わる。服はジェンダーレスな感じが多い。
彼等3人は高校生でデビューし、大旋風を巻き起こしている。
そんな彼等を見た時、曲・歌詞・演出はもちろんだけど、何よりも楽しそうに演奏する彼等に虜になった。救われた。彼等見たいに輝きたい、そう思った。
 ピアノは習っていたが、小学校の時に辞めてしまった。私って長続きしない。この輝きたい気持ちも終わってしまうのだろうか。
「終わらない。」
そう100%言う自信はなかった。でも今、その気持ちは0.1%ほどだと思う。
このまま不登校で高校にも行かないで生きていくのだろうか。そんなことはしたくない。

私は本気で音楽を始める決意をした。

ボイストレーニングに通い始めた。お母さんにお願いしたらサラッといいよと言われた。
歌詞を書きはじめた。
独学でDTMを始めた。楽しくなってきて、機材を揃えるため、誕生日プレゼントでいくつかお願いした。そしたら祖父母から援助を貰えて、すごいいい感じのデスクができた。
夢を書くノート「夢ノート」を作った。
日々を振り返れるように日記もつけた。
そして、初めての曲ができた。暗い曲だった。でも気に入っていた。
私はあらゆるSNSを駆使して投稿した。
ワクワクしていた。自信があった。これだけは上手くいく。そう思っていた。
結果はむしろ低評価だった。色んなところに文句をつけられた。
「はぁ」
ため息しか出なかった。
でも、折れそうになった私を彼等の音楽が支えてくれた。
彼等みたいに誰かを救い支えになるような音楽がやりたい。誰かに届いて欲しい。その一心で頑張れた。

「ありがとう」
その言葉だけでは足りなかった。

代わり映えのしない日々だった。
私はアザラシの真似をしてるくらい放心状態だった。
すずくん。彼も学校に行ってなかったらしい。理由は音楽がやりたいから。そんな友達ができそうにない環境の中で、きいちゃんときらりんみたいな仲間が出来たのが羨ましい。私は友達という者を遮断して2年間くらい生きてきてしまった。悔しい。
私は高校に行かなきゃいけない。今の学校は中高一貫でそのままエスカレーターで進級できる。でも、勉強について行く自信も無い。もう既にグループができてる中に入る自信も無い。でも、他に仲間ができる場所も思いつかない。
そして知ったのが、きいちゃんが音楽科の高校に行っていたこと。そこで私は思った。
「私も音楽ができる学校に行けば良いじゃん。」
そして見つけたのが空星学園だった。軽音楽部が盛んだけど、好きな時に通って単位を取得する学校。
私はそこに行くために本気になってボイトレに力を入れた。私の唯一の自慢できることが歌だった。誰か仲間になってくれる人に出逢えるように。願うばかりだった。

「私は変わらなきゃ」
焦りがあった。そしてもし、空星学園に行ったとして、また行けなくなったら。怖かった。
慣れなきゃいけない。人というものに。学校というものに。たとえ今の学校の高校、板山高校に通わなかったとしても、慣れることが大事なのは分かっていた。怖い気持ちが強かった。でも、誰かに出逢えるかもしれないと思った。

次の日、中学校に行った。2022年9月2日。久々の制服は重く、固く、暑く、鎧のようだった。
登校中、周りらからの視線とかを感じると思ったけど、逆に何も無かった。それぞれのグループがやっぱりできていた。誰も話しかけてくれない。自分には話しかける勇気なんか無かった。私は空気だった。
皆の声は大きかった。自信に満ち溢れていた。私には無い力強さがあった。
私は独りだった。
誰かと出逢える、そんなことは起きなかった。私に近づいてくれる人はいなかった。
席に座っても誰も来ないんだろうな。そう思って着席する。目を瞑り1人の世界に入ろうとした。
「ここに来たのは自分の夢のため」
そう言い聞かせる。
そんな私の手には夢ノートと日記があった。まるでお守りだ。うん。自分のためだ。

その時だった。急に椅子が傾いた。
体が浮く。ジェットコースターが急降下する時のように内蔵が上の方に寄った。驚いた。50mくらいの高さから落とされていく気分。命綱も何も無い。
「うわぁぁぁ、、、!!」
ただただ間抜けな叫び声が響く暗い曲穴に落ちていく。
急に降下がゆっくりになった。ふわふわしている。

光が見えてきた。

二本足で着地した。もう何でもありだなと思った。

目を開ける。
その景色を見て頭が真っ白になった。私はスポットライトを浴びて、ステージに立っていた。

もうなんなんだよ。ここは何なんだよ。
いや、あのさ。私、なんでこんな所にいるの?さっきまで学校にいたじゃん。私死んだのかな。転生?
色々考えるけど、全て白くなり消えていく。何が何だか分からない。

急に音楽が流れてきた。マイクを持つ私はこれはライブだと確信した。歌うのか、私。
この曲は、「出逢い」という曲。
レモクリの知る人ぞ知る名曲。

ちょうどボイトレでこの曲習ってたな。
「声に合ってるね」
って言ってもらったな。
今歌わなかったら、今死んでても多分変なやつって思われるよな。
このステージが何なのか分からないけど。やるしかない。
手が震える。でもこういう時に言われるのって、「楽しんでこい」だもんな。
今私の夢のひとつである「ステージに立つ」が叶っている。
じゃあ楽しむのみじゃん。

もうすぐ歌い出し。
「貴方が苦手なの
それを意識するとより嫌いになってしまう
人の心の形って
人それぞれなの
分かってるの」
歌い出しは好調。いい感じ。
「貴方に傷を負わせてしまうの
私はそんなに優しくないの
貴方の方が優しいのよ
貴方に優しくなりたいの」
1番が終わった。
私はステージングも習った訳じゃないけど頑張っていた。ひたすら映像で見たすずくんの真似をした。すずくんみたいにかっこよくいる自信はないけど、楽しかった。
2番に入った。
「貴方に出逢うことが無ければ
私は自分を責めなかったでしょう
でも私は
貴方からたくさんのこと
学んだの」
大丈夫。歌える。
「貴方に傷を負わせたくないように
私も傷を負いたくないの
貴方の方が綺麗なのよ
私はただ逃げているだけなの」
この曲は私を支えてくれた。
今でも思うけど、私って優しいのと、誰かに出会えるのと、逃げているだけじゃないのと、すごく不安だった時、
「人それぞれ心の形が違うから苦手な人に優しくできない時もある
でも、優しくなりたいと思える貴方は優しいんだよ」
このCメロが大好きになった。私って優しいんだ。そう思えた。すずくんが、レモクリが言ってるから、大丈夫だ。そう思った。
貴方という言葉の時に手を伸ばし、観客に向ける。高音の時に前に乗り出す。手拍子が欲しい時は促す。楽しくなってきて、MCもした。
「貴方に傷を負わせてしまうの
私も貴方に傷を負わされてしまうの
でもお互い様だと笑っていたいの
貴方とそんな関係でいたいの
この出逢いを大切にしたいの」
歌い切った。沢山の拍手。
生まれて初めて輝けたと思う瞬間だった。
なんでだろう。涙が込み上げてくる。
輝くのってこんなにも楽しいんだ。嬉しいんだ。幸せなんだ。
お客さんがどんな顔してるのか分からないけど、最高だった。
「リオさんでした。ありがとうございました。
ボイストレーニング教室SYUU川崎校発表ライブ続いては…」
あ、ボイトレの発表ライブだったんだ。何かあるって言ってたなそういえば。
そう思いながら舞台袖にはけた。担当のすい先生がいた。
「お疲れ様!頑張ったね!かっこよかったよ―」
すごい褒めてくれてるけど、ふわふわしていた。適当に相槌を打つ。それしか出来なかった。
楽屋だと言われる所に行く。向かいながら話したことで覚えてるのは、ここがすい先生の旦那さんが作ったライブハウスだということだけだった。
よく知らない人達がいっぱいいたけど私の荷物らしき物が置いてある所があったからそこに向かう。そこには2つのノートが置いてあった。
夢ノートと日記だった。開いてみると相変わらず汚い私の字が書いてあった。日記をめくっていく。そこに書いてある今日の日付は2022年11月13日。私がいた世界と2ヶ月の差がある。ここは異世界なのだろうか。でも9月2日までの日々は私が書いてきたことと内容が同じだ。今夢を見ているのだろうか。夢だったら今日が終わったら覚める。それまで過去にどんなことがあったか分かっておかないと。何故かそこだけ冷静だった。
ほとんどの日、音楽をやっていた。歌いまくって、ステージングもやって、DTMもやって、曲もSNSに投稿して、でもダメで、好きだったイラストもやっていたけど、ほぼ音楽漬けの日々だった。こんなに歌えるって幸せじゃん!そう思ったのだ。多分ライブが気持ちよくて、ダメダメだったSNSの投稿への苦痛が紛れているのだろう。とりあえず幸せに浸っていた。
するとすい先生が来て
「理音ちゃん懇親会行くよ」
と言われた。

その頃ライブハウス内では、リオのライブの話をする人がたくさんいた。
「あの子初めて見たけど、結構上手かったんじゃない?」
「レモクリ好きなんだね。私あんまりあの曲知らなかったけど。」

そんな中1人の男子がぼそっと言ったのであった。
「あの子懇親会来るかな。」
これから懇親会で何があるのか私はまだ知らない。

つづく

初めて小説書いてみました。
つづき書く予定です。

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