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『水中で口笛』の実直な歌がしっかりと背中を押してくれる。

おはようございます✨
今朝はムシムシしていて、いよいよ夏到来でしょうか。今年は夏バテにならないよう気を付けようと思います。

さて、最近たくさん歌集を購入しています。昨秋ごろから注目歌集の出版が相次いでいて、積読が減りません!noteに購入した歌集について書けば、少しずつ消化できそうなので地道に紹介してみようと思います。

6月1冊目のご紹介は工藤玲音さんの『水中で口笛』(左右社)です

『水中で口笛』
著者:工藤玲音 /出版:左右社
くどうれいん、待望の第一歌集刊行!
「くどうれいん」名義で『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』などのエッセイや小説作品『氷柱の声』など、作家として活躍する著者、待望の第一歌集。
天性のあかるさとポエジーをあわせ持つ歌の数々は、まるで光そのもののように読み手を照らし出す。16歳の時より書き続けてきた短歌作品から、厳選316首を収録。(左右社HPより)

工藤玲音さんの歌集はとても楽しみだったので、発売直後にサイン本を購入♪(レーベルメイトということで、左右社さんからも1冊いただきました✨)
ご存知の方も多いと思いますが、工藤玲音さんは石川啄木の故郷、岩手県盛岡市のご出身です。学生時代から短歌や俳句を身近に感じ、大会などでも詠まれていたとのことで、同世代の他の歌人のものと比べて雰囲気の異なる歌集だなと感じました。300首以上を収録した分厚めの一冊ですが、涼しげなスズランのイラストがとても軽やかな印象ですし、表紙を外した時のイラストの潔さも好きです。
収録作品で特に好きな歌を交えご紹介させていただきます。

ゴミ袋の中にぎっしり詰められてイチョウはついに光源になる

なめくじに砂糖をかけて童話にも神話にもなる実話を暮らす

人がいるかぎり電気があるかぎり永遠にのぼりのエスカレーター

目に入るわ口に入るわ改札が自動で開く街の桜は

呆けた祖母を呆ける前より好きだった 水からぐわりと豆腐を掬う

工藤さんの歌集を読んでいて強く感じるのは否定形の言葉が少ないということです。5/28に開催された刊行記念のトークイベントで、歌人の橋爪志保さんも仰っていたのですが、読み進めていくうちに自己肯定感が高まっていくような効用があります。
それは例えば、1首目のような歌で「〜のような」「〜のごとく」といった言葉を使わず、「光源になる」と言い切ってしまうところに潔さや強さを感じるのです。基本的にノンフィクションの短歌が多いとイベントでお話されていましたが、逆説や遠回しな表現が少ないので「どういう状況?」と読者が試されているような感覚に陥ることが少なくて、どの歌もストンと素直に心に落ちてくるような気持ちよさを感じます。

2首目の「童話にも神話にもなる実話を暮らす」の部分も、私であれば「童話にも神話にもならない日常」みたいな非定形の表現をしてしまいがちなので、工藤さんの自己肯定感の高さや健やかさみたいな部分にすごく憧れます。実際は童話にも神話にもなるような生活ってかなり難しいことだと思うのですが、どんな場面でもどんどん肯定されていく文脈に「自分がそうと感じるなら、それでいいんだよ!」と背中をしっかり押される感じがするのです。

そして3、4首目も肯定の言葉を重ねることで強さを表現したり、畳み掛けてくる感じがとても好きです。特に3首目は「休符」という3.11の東日本大震災をテーマにした連作の最後におかれている歌なのですが、後ろを振り返らずたくましく進んでいく背中が目に浮かんで思わずウルっとしてしまいます。
4首目の桜の歌も、重層的な言葉遊びで桜の花弁を飛ばす春風の勢いを感じられる一首だと思います。

工藤さんは短歌も詠まれるので、上の句と下の句がはっきり分かれている歌も魅力だと思います。例えば5首目のように、上の句のみで状況が完璧に表現されているのは俳人ならではの1首だと感じます。それでいて、下の句に書かれた行動が深層心理の部分を補うように語っていて、さらに奥行きが増しています。

一冊を通しての感想は、どの歌も実直に真正面から語りかけてくる歌ばかりで、工藤さんの健やかなお人柄と職人のような言葉選びがとても印象的な一冊でした。
啄木のように幅広い世代にいつまでも愛される歌集だと感じます。今後も教科書のように何度も読み直そうと思います。(娘にもいつか短歌を勧めたいので、その際にはこの一冊をプレゼントしたいです)

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