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小説『衝撃の片想い』シンプル版【第四話】②

【弱くなった】



――ゆう子
左手のリングを見て話しかける。
「はい。見てます。すばる銀行の友哉さん」
すぐに返答がきた。
今日は父親の介護に行くと言って、「介護と言っても顔を見るだけだから、AZから銀行の様子を見る」と、ゆう子は言っていた。
通信の反応が早いが、お父さんの世話はしていないのだろうか、と友哉はふと思う。だが、気を取り直して、
『妙な奴はいないか』
と、真剣な口調で訊いた。
「レベルが高い人は銀行内にはいません。健全な銀行ですね」
『そうか。日本にはあんまり凶悪な人間はいないんだな』
「劣悪な女はいっぱいいます」
どこか不機嫌そうに言った。
――母親のことか。今はその話に乗らないようにしよう。
エレベーターに乗る。
友哉はテラーの宮脇が自分をじっと見てるのが気になり、
『隣に女がいる。レベルは?』
と、ゆう子に訊く。
「レベル2です。悪そうですね。レベル3もたまに点滅しますね」
『どういうことだ?』
「基本は2なんだけど、精神状態が不安定で、過去の闇や鬱やらが見え隠れしていた人間」
『過去ならどうでもいい』
「あら、一目惚れですか。画像ください」
『勝手に見ろよ。エレベーターの監視カメラから』
「正面からの」
『エレベーターから出たら、廊下とかのカメラから見ればいいじゃないか。ゆう子、話し方が攻撃的だ。真面目にやれ』
「嫌です」
『はあ?』
「やだよー」
――な、なんだ、こいつ。仕事だぞ。
嫉妬するのか。この程度で?
友哉は首を傾げながら、カメラ機能も備わったリングが撮影した静止画を送ると、「ほんとにかわいい!しかも細っ」と、ゆう子は叫んだ。
応接室に入ると、中年太りをしている社長が迎えてくれた。貫禄はあるが佞姦な表情を見せていて、その額に汗をかいていた。冷房が効いている応接室は暑くはない。
友哉は革が張られた高級ソファに落ち着きを見せながら座ったが、それは芝居で徐々に緊張してきた。
――嫌な予感がする。俺の人生ではこういう展開はまずいことが起こる。
と、少々、自虐的に人生を振り返る。
他人やそして友人にまで利用されてきた人生。もし、友人に悪意がなくてもその相手は『無責任』だった。
――トキって奴はどこか無責任だからな。
彼が言っていた、使いの者がやってくる気配もない。
――ここでトラブルがあったら、俺が自分で頑張るのか。トキかトキの仲間のサポートはないのか。一億円だけでいいから早く受け取って、逃げたいんだが…。
大物感を出そうとしていたが、友哉は焦りを感じ、次に何をするべきかも判断できずにいた。ワルシャワのレストランの時と同じ感覚だ。
――弱くなったな。失うものがないなら強気になるはずなのに、俺は反対みたいだ。涼子がいた時は沈着冷静だった。
「ササキトキさんですか。本当にササキトキさんですか」
社長の富澤は、しつこかった。名刺はあるのか、どこの大学の出身なのか、矢継ぎ早に質問された。
「ササキトキならなんだっていうんですか」
「ジェイソン氏とはどのような…あ、君は帰っていい」
と、宮脇を応接室から出そうとしたが、「この子にはいてもらいたい」と、友哉は駄々をこねてみた。
――どこか懐かしい香りがする。好みの顔だし、フリーなら仲間にするか。
ちらりと宮脇を見ると彼女と目があった。
まるで一目惚れをしたかのように、友哉を見ていた。瞳が輝いていて、嬉しいのか楽しいのか笑顔を隠すのに必死だ。口を両手で覆ったままだ。
――なんなんだろう。この子。美人じゃなければ気持ち悪いぞ。あー、だからレベルが3になるのか。
ふざけた感想を頭の中で作ると、少し緊張感が解けた。
富澤は、すんなりと若い女子社員が応接室にいることを了承し、さらに秘書の女性が、香りの強いホットコーヒーを運んできたら、その女性も応接室にとどまるように気を遣う。
ゆう子の声が聞こえた。
「応接室の防犯カメラに侵入できました。女がまた増えた」
『社長の秘書だ。俺が女好きだと思ったようで、頼めば銀座に接待してくれそうだ。すまんが頼みがある。以前にこの銀行の系列のすばる証券で株を買っていた。後場の少し前に激しく一定の銘柄が動いて、その銘柄を買うと必ずその日に損をした。空白がないか調べてほしい。できるか』
「空白?」
『一般の人がお金を入れられない時間だ』
「介護を頑張ってって送りだしておいて…。わかりました。できたらね」
ゆう子はやる気のない声柄で言った。
「ジェイソン氏の秘書からお話は聞きました」
富澤社長が言う。
「じゃあ、しつこく質問するなよ」
ジェイソンとは、死んだ資産家の名前だ。三百億円の遺産を譲り受けた日本人のことは財界でも話題になったようだ。
ゆう子から連絡が入った。
「三百億円ありました。ササキトキ名義です。友哉さんがその銀行に入ったら、システム全体に侵入できた。空白の時間もあったよ。でも、一秒くらいかな。午前十一時五十九分から一秒」
『分かった。三百億円の一部をその時間に移動させて、株の利益も非課税にするんだ』
「なるほど、やっぱり悪い人ですね。いくら?」
『五億。介護ですまないがね。応接室にいる人たちに殺意がないのに銀行の防犯カメラに侵入できたなら、俺が危険なのか、銀行そのものが悪いんじゃないの?』
「え?あ、そうか」
『頼むよ。本当に。この社長は?』
「レベル2です」
『社長のわりには度胸が無さそうに見えるし、暴力団にでも脅されてるのかなあ。俺の態度が悪くても怒らない』
「態度は悪いのは知ってるけど、女にはビビりますね」
『ワルシャワの君は不気味だったからな』
友哉は、コーヒーを飲みながら、
「俺のお金は?」
と富澤に訊いた。
「大金のようなので、少々お待ちください」
「大金? たった一億円。ここは田舎の地方銀行か」
「いやあ、参った。すぐに持って来させます」
社長の富澤が、落ち着きなく秘書に視線を投じると、彼女は部屋から駆け足で出ていった。
「友哉さん」
ゆう子が話しかけてきた。
「銀行に向かって猛スピードでやってくる車が二台。信号を無視しているから警察車両だと思います」
『ほら、来た』
「来たね」
『転送なしで逃げられるか』
「走って? 恥ずかしいなあ」
『……』
「友哉様が走って逃げるんですか」
――なに言ってんだ、こいつ。警視庁とケンカしろって言うのか。日本にいられなくなるじゃないか。
友哉はため息を吐き、自分をずっと見つめている宮脇利恵をなんとなく見た。

……続く。

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。