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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第二話】①

【わたしがあなたを守ります】

(10月17日。誤字など修正しました)

空港に到着後、ワルシャワのホテルにチェックインする。
部屋に入ると友哉はすぐに、「SF映画に出てくる転送ってやつが本当にできるなら、その練習をさせてくれないか」と、シャワーを浴びに行こうとした彼女を制した。
「シャワーに向かう女を止める男の人…」
ゆう子がうんざりした顔で言った。
「女のシャワーは長い。嫌いじゃないが、今は忙しい。……だろ?」
テロが起こるのは明日。友哉は時間が足りないような気がして、重要なことを早く勉強したかった。
「忙しいのは明日です」
「準備万端の君は気楽かも知れない。瞬間移動は理論上は可能。モノならな。生身の人間は無理だ」
「シャワー」
「人は無理なのがなぜ出来るのか。一言、教えてくれたら、シャワーに行っていい」
「感じ悪っ」
ゆう子が、友哉の口調に目を丸めた。
「片想いなのは本当ですが、その言葉遣いは感じ悪いですよ」
「昔からだ。人の言葉遣いを正すのか。君は俺の親か」
「感じ悪っ。ああ言えばこう言う」
「感じが悪くてもそれなりに好かれてきた」
「奇特な人に恵まれたんですね」
「君もその一人になるつもりだろ?」
「シャワーに行かせてくれたら」
「……」
友哉が考える様子を見せると、
「あー、わたしに好かれたいんだ」
とゆう子が笑った。
「え? わざと嫌われて楽しいはずはない。シャワーの邪魔はしないし」
「……はあ?」
ゆう子の失笑に近い苦笑いは止まらない。
「なんだ?」
「ずっと女に嫌われる態度です。シャワーの邪魔はしてるし、その喋り方は、わざとじゃないんですね」
「もういいよ。シャワーに行っていい」
「なんで許可制なんですか」
「秘書だろ」
「あ……忘れてた」
ゆう子がバスルームに行くのを迷っている。
「君のバスタイムは何分くらいだ」
「一時間以上」
「だろ」
「さらに言うと、あなたが冷たければ二時間以上」
ゆう子はAZを取り出し、画面の表面を触っている。
「教えられないそうです」
「? そのデバイスが答えたのか」
「はい。追記、まったく怖くないそうです。なぜなら、友哉様やその時代の人たちが想像している瞬間移動ではないから、とか」
ゆう子がそう教えると、友哉が少し失笑した。しかもソファに座ってふんぞり返った。
「なんですか?」
「気に入らない。つまらん」
「え? ホテルに一緒に入った途端に、わたし振られたの」
ゆう子が両手で口を押えた。
「君じゃない。そのピカピカ光るデバイスだ。俺のデータが入ってるようだ。その上、俺が何を考えているのかも分かったような事を答えた。それが気に入らない」
「怒ってますよ」
ゆう子が手に持っているAZに言った。さっき、両手で口を押さえた瞬間には消えて、またゆう子の手の中に出てきている。遊んでいるように見えたのか、友哉が溜め息を吐いた。
『では友哉様。どうお考えで』
緑色の文字がすっと浮かんだ。
「なんだ、そいつ。まるで生き物じゃないか」
「そうなんですよ。優秀なAiですかねえ」
友哉は一呼吸置いてから、
「人間を原子レベルで分解したり、人間がワームホールのような空間を通ったりじゃない。たんに速く動くだけ、違うか」
と言った。
ゆう子が「SF小説も得意みたいです」とAZに言った。
「SF小説なんか書いてない。簡単な話だ。俺を舐めるな」
「また嫌われた」
「おまえに言ってるんじゃない」
語気を強める。
「お、おまえ?」
「黙ってろ。おまえに言ってるんじゃない」
「は、はい」
友哉が本当に怒っているのを見たゆう子が手の上にAZを乗せ直し、友哉の目の前まで持っていった。
「若い頃に動物園に行った。サファリパークだ」
ゆう子が瞬きをした。友哉はAZに話しかけていた。
「友哉さんの問いかけには答えません。というか反応しない」
「だったら通訳しろ」
「はい…」
ゆう子は、AZをテーブルの上に置き、
「めっちゃ怒ってます。サファリパークの想い出話を聞いてくれませんか」
とAZに優しく言った。
「OKみたいです」
友哉に伝えると、すぐに友哉が喋り出した。
「トラが車に近づいてきて、俺を威嚇した。助手席にいた女が怖がった」
「律子さん」
元妻の名前を出すと、友哉がゆう子を睨んだ。
「すみません」
「俺はこう言った。猫が人間に対して生意気だ、と。かわいくしてろ、と…。するとそのトラは去っていった。分かるか」
「分からないそうです。そもそもトラちゃんはネコちゃんじゃないし」
「ネコ科だ。装置が人間の俺に対して、上からくるな」
「人間はそんなに偉くない、とAZが言っています」
「おまえより、俺の方が偉い。じゃなければ、友哉様と呼ぶな」
「……あなたの理屈になんかびっくりしてます」
ゆう子がAZと友哉を交互に見た。
「感情まであるのか? そいつは」
「AZがなんとなく謝ってます」
「ならいい。以上だ。君もシャワーに行っていい」
「はーい。お見事でした」
急に歩き出すと、AZを持ったままバスルームに行き、すぐにリビングルームに帰ってきた。
「ああ? シャワーを浴びていいって言ったら、やめたのか」
「じゃあ、練習します。今、バスルームの座標をAZにインプットしました。わたしが転送のボタンに触れると、バスルームに飛びます」
「あ、はい…」
ゆう子の生真面目な表情を初めて見て、子供みたいな返事をしていた。
「ちょっと待て」
「なんですか」
「着ている服も一緒か」
「当たり前じゃないですか。持っている物も一緒です。さっき、自分で分解しないって吠えてたのに…」
そう言い終わらないうちに、勝手に転送されていた。友哉の眼前に突然、広いバスルームが現れた。床に腰を強打したが、なぜか痛くなかった。
「自分で歩いて戻ってきて。早くシャワー浴びたいの」
大きな声で言う。声が怒っていた。
「どうぞ。シャワーでもトイレでもどうぞ」
――何が起こったんだ。気がついたらバスルームにいた
リビングに戻ってきた友哉は、自分の体に傷や痣が出来ていないか確認しようとソファに座って、シャツを脱いだ。
「やだな。いきなり裸にならないでください」
上半身の肌を露出させたら、ゆう子が目を逸らしながら言い、バスルームに駆け込んだ。
「ちょっと待て」
脱衣所に入ろうとしたゆう子の体を避けて、バスルームの扉を友哉は見ていた。
――なるほどね。トキ、視力をよくしてくれて、ありがとう
「どうしたの?」
「さっき、君に嫌われかけたからな」
「?」
「その扉に俺の手の指紋が着いてる。手の汗だ」
ゆう子が目を丸めてバスルームの扉を見た。
「俺が開けて入った。飛行機のボール実験を覚えてるか。あれはボール、トイレのドアは開けられない。俺が開けた瞬間に光の速度でトイレに入った。だから、トイレを水浸しにしてもう一度、頼んだ。俺がトイレを開けなかったら、水に濡れてないボールが戻ってきた。つまり、トイレには入れず、機内を飛び回ってた。だが、俺には手足が使えて知恵もある。手足と知恵で何かを開けてる時間も人には見えない。これが、その転送の正体。見えないのは光の速度だからだ」
「す、すごい……」
「そうだな。トキは光の研究者みたいだった。分からないのはどうして俺の体がそのスピードに耐えられるのか、とか…」
「すごいのはあなた。律子さんも、その観察力で惚れさせた」
「そうだったかな」
元妻、律子の話が出たからか、友哉は部屋に戻った。

ゆう子の旅行鞄が開いたままになっていて、下着類も見えていた。バスルームに着替えを持っていったのだ。
ーーなんだ、この高級な服や下着は。さすがトップ女優だが、俺の好みじゃない。あの生意気なタブレット型のデバイス。データ、間違ってるぞ。下着……新品なら見せてもいいんだ
「申し訳ないですねえ」
ゆう子の声が頭の中に飛び込んできて、友哉が思わず顔を上げた。
「わたしのことを想って喋ると聞こえてしまうから、注意した方がいいですよ」
お互いのリングを使った通信機能だった。友哉が、自分の左手の人差し指にはめてあるリングをまじまじと見つめた。
「ポルシェに乗ってるくせに、ずっと高級嫌いを主張していますね」
「車だけは別だ」
「赤いアウターもブランド」
「洋服も別」
「じゃあ、どんな高級が嫌なんですか」
「高級すぎるものだ。フェラーリには乗らないし、ポルシェは今だけ。その前はもっと安い車だった」
「知ってますよ。確か、小さいボルボ…」
「その車で誰とデートしていたのかも知ってるんだろ。うんざりだよ」
「知りません。奥さん以外は娘さんしか乗せてない」
「……」
――涼子とドライブしていたのは知らないのか。…おっとまずい。今のも聞こえた?
「急に黙らないでくださいよ」
ゆう子の大きな声がバスルームから響いた。
「糸電話の糸が切れたのか」
「切れました。ちょっきんって」
ーートキは涼子のことをよく知っていて、しつこかった。トキが奥原ゆう子に渡したあのAZというのがトキが開発してAiを組み込んだなら、奥原ゆう子に、涼子の話を聞かれないように咄嗟に通信を妨害した?
「友哉さん、下着はスーパーとかで買わないとだめなの?」
「え? ああ、いや、勝負しなくていいってことだよ」
「勝負パンツがNGですね。分かりました。あれ、リングの通信が復活してる」
「……」
「良かった。叫ばなくても聞こえる」
「そこじゃないだろ」
「は?」
「いや、いいよ。君は安い店には行けないと思うし、それなりのブランドでいい。ありがとう」
「ありがとう、は言う男性ですね」
「またか。俺をなんだと思ってるんだ」
「だから、オラオラ系の天才」
「ずっと気になってたんだが、シャワーが長いから退屈しのぎに訊いていいか」
「いいですよ」
「三年ってなんだ?」
「……」
ゆう子が黙ってしまった。
「答えられないならいい。俺は珈琲を淹れている」
友哉が冷蔵庫の横にあるドリップ式の珈琲をカップにセットしてお湯を淹れた。
「わたしも混乱しています」
「だから、話さなくていい」
「あなたの過去をたぶんほとんど見せてもらった」
「確かに数年前から奇妙な連中に付き纏われていた。まさか盗撮されていたとはな」
「盗撮は違うと思います。あなたの過去を見せてもらった上に、わたしの三年後も見せてもらった。だから混乱してる」
「……」
ゆう子の神妙な声を聞き、友哉が珈琲カップを持つ手を止めた。
「君と俺が結婚するって話じゃないのか」
「違いますよ。わたしにもはっきりとは分からないんですが、三年後にわたしたちが事件に巻き込まれて、その時に友哉さんが傍にいないと困るんですよ」
「事件?」
「はい。事件が起こるの。まだ詳しくは言えませんが」
「なんで?」
「友哉さん、ショックで泣いちゃうかも知れないから、もう少し仲良くなってからにします」
「泣く?俺が」
「それはないかな。怒るか優しくしてくれるかな」
「……?」
友哉はしばらく首を傾げたまま体の動きを止めてしまっていた。徐に、顔を上げながら、
「仲は悪くない。だけど、もし仲良くなれなかったら、そんな重大な事件を教えてくれないのか。気になる。三年なんてあっという間だ」
と訊いてみる。
「もし、もないですよ。昭和のおじさんみたいに態度の悪いあなたを受け入れてるんだし。……三年後の事件の日に一緒にいるから」
「一緒にいるって……。占いでそう出た?」
「そんなくだらない推理しないでくださいよ。天才、佐々木友哉さん」
「天才、天才って…」
友哉が戸惑うと、
「バスルームの扉に自分の指紋を見つけるなんて。つまり、時空間を移動したんじゃない?」
ゆう子はAZの転送システムの疑問を口にした。
「そうだ。俺が歩いて行った。それが速くて見えないだけ。俺自身にも、速すぎて自分の行動が見えてないか、驚いて自分がやった事を忘れてるんだ」
「天才。お母さんにそう言われてて、クラスメイトの女の子に言われてて、お姉さんにも言われてて、律…元妻さんにも言われてて、娘さんにも言われてた」
と言う。
「その優秀なデバイスが、俺と君との関係…。つまり作家と女優の関係、交友関係を調べて何かの確率を計算。三年後のある日に俺と君が一緒にいて、そこで事件に巻き込まれることまで計算して、君に教えた」
「まるで的外れです。天才却下」
「トキにも的外れって言われたよ!」
大きな声を出すと、
「ちょっと頭の中にどかんってくるからやめてくれませんか」
ゆう子の声が頭の中に聞こえてきた。
「すまん。推理はさせないでくれ。もう枯渇したんだ」
「こかつ? なんの活動ですか。婚活みたいなの?」
「……」
「違いましたか?」
「才能が枯れたってことだ」
「どうして? まだ小説を書いてましたよね。即、映画化が決定するほどの」
「最後の夢を失った男に、考える力なんかあるか」
吐き捨てるように言う。
ゆう子が黙ってしまった。
「最後の夢? それはなんですか」
「なんでそこは知らないんだ」
「トキさんが隠した?」
「そうかもな」
「わたしには教えられない?」
「そうだ」
「もし、わたしの片想いじゃなくなったとします。もしですから怒らないでね。両想いになっても秘密があってもいいと思いますよ。わたしにも秘密くらいあります。だけど…」
「だけど?」
ゆう子はしばらく黙っていた。
友哉は続く言葉を促さない。
「夢を失っていても死なないでください」
「……」
「ヤケクソでテロリストや悪い奴と闘わないでください」
「……」
「沈着冷静な佐々木友哉でいてください」
「夢を失っていても自ら死ぬ気はない」
「良かった」
「だが、命乞いもしない」
「……」
ゆう子はまたいったん言葉を止めたが、優しく、
「なら、わたしがあなたを守りますね」
そう言って微笑んだ。友哉には、ゆう子が女神のように微笑んだように聞こえた。


…続く


【イラスト 八田員徳】

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。