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小説『衝撃の片想い』シンプル版【第五話】②


【奇跡の光】カバーイラスト 藤沢奈緒

二階のテラス席から、倒れてる涼子の横に飛び降りた友哉。
階段から一段、降りたほどの軽い姿勢だった。
ガーデンが近くにある一階の脇道は、通りかかった人たちで騒ぎになっていたが、飛び降りてきた友哉が表情を変えずに着地したのを見た彼ら彼女らが、「え?」と口にしたまま絶句してしまっていた。
救急車を呼ぼうとした男性が思わずスマホから手を離したほどだ。
松本涼子は、頭から血を流していた。
――まずい…。脈はあるが意識がない。
若者の一人が、
「松本涼子じゃないか」
と言ったのを見て、友哉は彼女の顔を隠すように頭の近くに座った。
『ゆう子、頭から大量出血だ。プラズマはどうしたんだ』
「と、遠くて届かなかったのよ。なんで落ちたの?」
『わからない。とにかく治療するぞ』
「そんな大けが、リングを使うと友哉さんが倒れるかも知れない。誰か傍に女がいないと」
『ゆう子、おまえが来い』
「自分を転送はできないの。新手のナンパしてよ」
『俺とこの子をそっちに転送は?』
「わかった。その子、軽いよね。なら一緒にできる」
やじ馬に見られるが、彼女の命の方が大事だ。
『抱きかかえた方がいいのか』
「離れなければ、くっついてきます。近くの人たちは付いてこないって」
『Marieが自動で発生するわけか』
「きっとそう」
『頼む』
「転送します。近いけど、涼子ちゃんの体積の分は友哉さんの負担になるから、体力が回復するまで15分54秒。仮眠が2分」
その説明が耳に残っているうちに、友哉は、ゆう子のマンションの部屋にいた。

友哉が倒れこんだリビングの床には松本涼子もぐったりして倒れていて、意識がないままだった。ゆう子は頭が血だらけの松本涼子を見て、
「なんで…」
言葉を失った。
「…ゆ、ゆう子、先に俺」
ゆう子ははっとして、友哉の手を握った。着ていた上着を脱いで、目にもとまらぬ速さで下着だけになった。
「ださいの。ごめんなさい」
矯正下着を付けていて、ブラは普通のもので、上下の色が違っていた。
「なんでもいい。生活臭い方が好きだし」
ゆう子が寄り添うと、肌のぬくもりを分けてもらっているような感覚を友哉は得られた。
「そうだったね。お母さんとほとんど一緒に暮らしてないからね」
「マザコンみたいに言うな。それとは関係なくて、派手な下着で迫ってくる女は金が目当てに見えるんだ。ベストセラーを一発出すと、そういう女がやってくる。…回復してきた。本当にすごいな、ゆう子は」
友哉がすぐに松本涼子の額に触れた。
「嫌味じゃなくて、回復が速いのは、ちょっと前にも女と寝ていたからよ」
「そうだな。すまない」
「あと、ベストセラーの一発屋、認めたの?」
「……」
リングが緑色に光る。
「光っている。うわ、なにこれ? 出血が止まって傷が小さくなってきた」
ゆう子が目を丸めた。
「出血と脳震盪だけで、脳に損傷はないみたいだ…。傷も髪の毛の中。目立たないから、この子の仕事に影響はないだろう。他の傷も皮膚科で治るレベル。落ちた時に左手を突いたのか。手首に亀裂骨折がある。ここは今、治療する」
緑色の光が涼子の左手の肌から侵入していくと、腫れていた手首は元の綺麗な肌色に治り、傷も消えていった。そして松本涼子は意識を取り戻し、目を少しだけ開いた。
「すごいね、友哉さん!」
歓喜するゆう子が、友哉を見て蒼くなった。
友哉が急にぐったりして、死んだように眠っていた。
いや、死んでいるかも知れないと、ゆう子は思った。
――し、死体役の役者でもこんな死に方はしないよ。
体を揺さぶっても反応はなく、ゆう子はパニックになった。
「なんで? 転送した直後に涼子ちゃんを治療したから? テラスから飛び降りて消耗したの? ど、どうしたら…セ、セックスすればいいの?…」
意識不明の友哉に愛撫を試みても興奮はしないと思ったが、他にどうしたらいいのか分からず、ゆう子は友哉のジーンズに手をかけた。
友哉の下半身を触っているゆう子を見た松本涼子が、
「え? お、奥原さんじゃないですか。な、なにしてるんですか」
声を上げた。その声はしっかりしていて、傷が快癒したことが分かる。
「なにもくそもない。あんたのせいで、この人が死にそうなんだ。なんで自殺なんかするの。ちょっと、見ないでよ!」
ゆう子が怒鳴ると、涼子が両手で目を隠した。
「このひとが衝撃の片想いの人?」
「うるさい!」
ゆう子は、勃起しない友哉のペニスを呆然と見ていた。手で触っても、涼子に見られないように注意しながら口を使っても反応しなかった。死んでしまったのだろうか。ゆう子の体がショックで震え出した。
「ゆ、友哉さん? どうして? トキさん、トキさん!どこにいるの?」
「え、死んでるんですか。まさか」
涼子が友哉の顔を覗き込んだ。
どこか真剣味がない表情で、また、「死んでる?」と小さな声で言う。
「あんた、なにモタモタしてんの! エレベーターホールにAEDがあるから取ってきて!」
「はい」
涼子は躊躇せずに走って行った。
AZの『原因』でヒントを得ようとするも、手が震えて違うボタンばかり押してしまう。
「ちくしょー」
ゆう子は男の子みたいに叫んだ。どうしていいか分からず、涙が出てきてしまう。
「誰か助けて、トキさん!」
トキの名前をまた叫ぶが、彼は、「未来の世界とこの世界を行き来できない」と残念そうに口にしていた。
「くそ、本当に来られないんだ!」
「持ってきました」
涼子が戻ってきた。
「あなたがやって。わたしは引き続き、彼の体を温めるから」
「はい」
涼子は手が震えていて、説明書も開けなければ、AEDを取り付けることもできなかった。
「なにやってんのよ。できないなら胸を叩いて!わたしは人工呼吸もする」
「はい」
涼子がシャツのボタンを外してある友哉の胸を叩いた。
「もっと強く」
涼子は叩くのをやめて、マッサージをしていた。ゆう子が「温めている」と言ったからか低体温のショック状態だと思ったようだ。手のひらをこすりつけるように胸を擦ったり、頬もつけていた。
「心臓は動いてますよ」
涼子がそう言う。頬をつけていたのは心臓の音を聞いていたようだった。
「意識を失っただけだったの…?」
その時、友哉が反応を示した。
ほんの少し目を開けた。
「友哉さん、生きてる? 大丈夫?」
ゆう子は、はっとして、
「女二人の力だ。涼子ちゃん、彼にキスして。ほっぺでもいいから」
「え? あ、はい」
涼子は嫌がる様子もなく、友哉の頬に唇をつけた。AEDを取りに走ったことからも機転が利くようだ、とゆう子は思った。友哉はさらに生気を取り戻してきて、顔色も元に戻った。ゆう子が涙を零した。
「死んだのかと……。びっくりさせないで。わたしをびっくりさせてばかりじゃないの」
「すまん。急に気が遠くなった。真っ暗闇になった。……おまえ、おでこに血が付いてるぞ」
友哉が涼子を見た。目が優しかった。
ーーおまえ?
思わず友哉を見るゆう子。
友哉の松本涼子を見る目は、知らない女性に向けている視線じゃなかった。
ーー友哉さんは、考えて言葉を作る。仲良くなったら名前を呼ぶ。知り合いのうちは『君』。ケンカになると、『おい』。写真集を持ってるだけの好きなアイドルに、おまえ?
涼子を見ると、何事もなかったような顔で、
「奥原さん、ティッシュありますか」
と言った。
ゆう子は答えない。
ーー何者なの、この子。なんで次々と女が現れるんだ。
「わたし、クレナイタウンにいたのに…。ここは奥原さんのマンション?」
「あんた、どこの事務所よ。友哉さんがあんたのこと、アイドルだって言ってた」
「事務所は、エメラルドタオンガです」
「知らない。地下アイドル?」
「あー、地下鉄から出て、今は山手線くらいです」
「面白くない!今度こんなことになったら、業界から追放するよ!そんなこと出来ないけど、個人的にする!」
ゆう子の怒りは収まらない。殴りかかるほどの勢いだった。その怒気を露にさせた表情のまま、友哉に下着を穿かせ、衣服の上から熱心に彼の体を擦る。
「そ、それで温まるんですか」
「普通、温まるでしょ。男と女が触れ合ったら」ぶっきらぼうに答えるゆう子。
「あなたがこの人と仲良く部屋に入ってきたから、見せつけてやったの」
そう嘘を言い、そして改めて友哉に唇を重ね、「良かった。わたしも死ぬかと思った」と言い、少し涙ぐんだ。
「仲良く? 覚えてないです」
涼子は、友哉にキスをしたゆう子を睨みつけたが、キスをしていたゆう子はそれには気づかなかった。
「テラス席から飛び降りて、男の気を惹かせる新手の逆ナンパよ」
友哉が思わず、
「新手って口癖? 何かが攻撃してくるみたいだ」
と言う。ゆう子は、ぷいと横を向いた。その時、床に落ちているAZが目に入った。

【友哉様は死んでません。直前に女性と寝ていたので力はあります。慣れないうちはよくある気絶です】

と出ている。うっすらと画面の表面に緑色の文字列が浮かんでいる。

――本当にただのAi? シンゲンさんが中にいるんでしょ。例えば脳が入ってる?

と頭の中で問いかけると、

【ゆう子さんのパニック時に用意したテキストの言葉は数万種あります。各々の心拍数と友哉様の行動で判断し、自動で現場の正解を出している。ゆう子さんが宮脇利恵の情報を入力をした時に、その女性と友哉様のホテルの様子も見ていた情報をAZが処理。なので関係があったと判断。その直後にゆう子さんがパニック。AZに衝撃、合計四回。落としたか叩いたか。友哉様が生きているのにAZを叩く。そんな有事を想定したテキストにこの時間、上書きを加えた答えを表示している。ただし、泥酔している可能性もある。あなたが】

――くそう、ぐうの音も出ないわ。酒癖まで追記するとは。

ゆう子がため息を吐いた。

――有事を想定した膨大な文書に、今この時の情報を分析して加筆しているのか。なるほど、優秀なAiだな。
涼子が頭に残っている傷を自分で見つけて、それを触りながら、
「すみません。仕事に疲れていて。休みが全然ないから、ケガをしたら休めると思って。でも、手すりが高くてそんなことはできないと気が変わったんだけど…」
と申し訳なさそうに言った。
「ほうほう。慎重な言葉遣いも口にできるアイドルなのね」
「わたし、軽かったですか」
「軽くはない。なんか、目の前に男性が倒れていたのに余裕があったね」
「ないです」
「そっか。仕事ならわたしも辛かった。だから休んでるの」
「あと、好きな人と別れて…」
「仕事と恋愛のダブルショックは辛いだろうけど、二階って中途半端だから、ちょっとのケガじゃすまないと思う。滑って落ちた時とか、三階からよりも二階からの方がケガが大きくなるの。あ、これ、猫の話ね」
「体を捻って着地する暇がないんですね」
「そうみたい…。どうでもいいや」
ゆう子は下着姿のまま、疲れ切った表情でソファに座り込んでいた。ハンガーにかけてあった洋服に手を伸ばそうとしたが、その手を止めて立ち上がり、
「シャワー浴びてくる。ほんと、最悪。シャワーも浴びてないのに、彼に触るはめになって」
「ありがとう、ゆう子。汗臭くなかったよ」
起き上がり床に座り直した友哉にそう言われて、ゆう子はほっとした表情をつくった。
「また体を温めるからその後、睡眠薬を飲んで寝て。仕事はしばらくないけど、何が起こるか分からないみたいだから体力は回復させないとだめ」
トラブルが続いて疲れたのか、声に張りがない。ゆう子はバスルームに向かう途中、
「あんたは顔の血を拭いてから帰って」
と、芸能界の後輩を睨み付け、タオルを投げつけた。松本涼子は、ゆう子が怖いのか顔をこわばらせた。
「ゆう子、この子から見たら、おまえは芸能界の大御所みたいなもんだから、そんなにきつく言うな」
友哉が注意をすると、涼子は少しほっとした表情をつくる。ところがゆう子が、
「大御所? わたし、昭和生まれの大女優じゃないよ。あんた、二十歳くらい? だったら歳も八つくらいしか離れてないし、局で会ったことあるのかな。わたしは知らないから挨拶もないんじゃないの」
「エ、エメラルドタ…」
「知らないから、あんたがどこのアイドルか!」あからさまに不機嫌に言う。すると、今度は涼子が顔色を変え、怒りだした。
「ちゃんと挨拶しています。いつも奥原さんからも話しかけてくれてるじゃないですか」
「そっか。ごめんね。覚えてなくて」
「一人じゃないからだと思います。何回もお会いしてます」
「ピンじゃないんだ。だったらなおさら分かんない。皆、同じ顔よ」
「ご機嫌斜めですね。奥原さんはこのひとが好きで、寝ようと思ったところをわたしが邪魔したからですね。邪魔した記憶はないけど、やっていたことが不潔すぎます」
「ふ、不潔? あんたが昭和の娘か。あのさ、さっきから、このひと、このひとって。佐々木さんって言うのよ。帰る前に自己紹介でもしたら」
涼子はその言葉を聞き、
「えっちができるなら、片想いじゃないですね。キスもしてないって言ってたあの記者会見は嘘ですか」
と言い放い、ゆう子を睨んだ。あきらかに怒り出しているが、ゆう子が挑発を続けたのだから当然だった。
「は? 余計なお世話だよ。この人は美人なら誰でもいいの。あんただっていいの。あんたのキスで回復したのがその証拠よ。ほっといてよ」
ゆう子がシャワーを浴びるために、バスルームに消えた。

…続く


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