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小説『衝撃の片想い』第二部【再会】④「女の顔」2

【1のあらすじ】東京でテロを起こすと嘯く末永葵と若月翼率いるテイレシアスの行動を探るために、すばる銀行に行った、友哉と涼子。そこには、病気で戦いから離脱している利恵の親友、小早川淳子がいた。淳子と初対面の涼子。友哉に色目を見せた淳子に得意のケンカを売るが、軽くあしらわれてしまう。大人の女に豹変している淳子。「わたしは利恵になるの」と涼子に言った。

桜井真一に呼ばれた伊藤大輔が、警視庁の爆発物処理班から借りた電気鋸で、慎重に、A4ほどのサイズの金庫を壊していく。A4サイズと言っても厚みはある。
場所はゆう子のマンション。
友哉のリングの点滅は激しく、ゆう子と涼子が顔を蒼くしている。
「友哉さん、中にあるの危険過ぎない?リングで見えないの?」
「見えない。人間の体しか」
「開けた瞬間に大爆発ってことはない?」
涼子はそればかり心配している。
「そんな爆発物を、金庫に閉まっておいてなんになるんだ。こんな小さな箱にそんな強大な爆発物があるのか。つまり末永が言ったように、東京を壊滅できるほどの爆発物だ」
「待て、大輔」
桜井真一が、若い相棒を止めた。
「ゆう子ちゃん、末永葵はセラピストだが、心療内科医師のふりをして、海外に行っていたんだっけ?」
ゆう子が頷いた。
「佐々木、薬じゃないか。この箱の中身は」
「毒物か。そうか、税関で揉めていたんだっけ」
ゆう子の首筋に汗が流れている。それを友哉がハンカチでそっと拭った。
「そうだ。麻薬かもしれないが…」
「あー、良かった。爆発しないなら、別にいいや」
涼子がそう言って、ボックス金庫から離れて、ソファに座って缶ビールを飲んだ。
「涼子、麻薬でリングが赤く光るのか。それに麻薬の密輸にこの国の政府が関与するはずないんだが…。ゆう子、もう一度、アフリカでの契約書の内容を見てくれないか」
ゆう子がAZを見ると、その契約書の内容が宙に浮かび、友哉たちにも読めた。
「英文か。ただのビジネスの内容に過ぎないが…。JPYで一億円、取引の総額みたいだな。ボイス悠遊チャンネルは、若月の会社のネットTV。南アフリカで放送する。メインキャスターが、堂本この実。元人気AV女優」
「JPYってなに?」
涼子が訊いた。
「日本円ことだよ」
「YENじゃないの」
「まあそれでもいいけど、どうでもいいよ」
「いつもわたしをバカにしてるけどさ、その頭文字を並べてみたら? よくあるじゃん。映画で」
「頭文字? J、V、D…」
日本、ボイス、堂本である。
「友哉さん、JがもしEなら、エボラ出血熱だけど…」
ゆう子が声を強張らせた。
【Ebola virus disease】エボラウイルス熱
「なに?」
「本当か」
友哉と桜井が同時に声を上げた。涼子は缶ビールを落としてしまう。だが、
「Eじゃないから大丈夫。Jがつく奇妙なウイルスとかないよ」
と、ゆう子がしっかりとした口調で言った。
「AZに登録がない薬品なら、爆発物だろうよ。伊藤くん、頼む。皆、俺の近くに来い。爆発物ごと、桜井と一緒に一斉にプロテクトする。その程度の規模ならマンションごとプロテクトだ」
「このケースをプロテクトするってこと? できるの?」
「ケースの中身の悪意に俺が同意する。ケースの中身の悪意と友達になるんだ。東京にはむかつく人間が多いからな。例えば、篠崎たち…」
「器用になりましたね。友哉様」
ゆう子が皮肉っぽく「友哉様」言って笑った。
友哉が解体を促した時に、AZが自動で真っ赤に光った。
「やめて!」
ゆう子が叫んだ。
「AZが真っ赤になった。緊急事態よ。な、何か浮かんできた」
AZの表面に、テキストが浮かび、一文字がコインサイズ大きさに変わった。宙に浮かんだその文書を、皆が読める。
『2032年、アフリカで発見されたウイルスで、エボラ出血熱の亜種。Jungle virus disease
ゆう子さんのいる今の時代にはワクチンはまだない』
「まさか、2032年って…。今、若月たちが見つけてるじゃない」
『彼らが第一発見者。日本の製薬会社と政府で血清とワクチンの先取りを契約した。世界を手中にするために。2032年までは極秘に長く保管していた。しかし、歴史が変わり、友哉様とゆう子さんが気づいてしまった』
「エ、エボラ出血熱の亜種! あの血がじゃんじゃか出るやつだよね! 致死率…50%から90%!」
涼子が絶叫した。
「捨ててこい。大輔!」
「どこにですか!」
「ゆう子ちゃん、北極に転送してくれ!」
「出来ない。友哉さんが一緒じゃないと」
「俺はこんなのと一緒に北極には行かない! 寒いのは懲り懲りだ」
「あなた、行ってください! ホッキョクグマに暖めてもらって。わたし、日本で待ってるから」
「また待ってるのか。おまえも来い」
「嫌だ。微生物とか大嫌い。早く除菌して」
「愛してるとか結婚してほしいとか言ってるくせに、いつもそうだ!」
「それとこれとは別。わたしは潔癖症なの!」
「皆、落ち着いて!」
ゆう子が叫んだ。
「空気感染しないから、中身を触らなければ大丈夫。たぶん、容器に入っている」
伊藤大輔が慎重に箱の周辺をはがすと、中からカプセルが五本出てきた。なんと注射器と一緒だ。
「腐っても刑事さん。さすがです」
「涼子、伊藤くんは腐ってない」
「すみません。言葉のあやです」
涼子が頭を少し下げると、伊藤が「口の悪いアイドルさんはよくいます。アイドルと芸人の区別がつかない時代ですので」と笑った。
「これは…。二本は違うぞ。ワクチンだ」
友哉が、カプセルに貼ってあるシールを読んで言った。リングを近づけると、そのカプセルには反応しない。ワクチンに対してはリングが赤く光らないのだ。
「ワクチンがあるの?」
「血清かも。すでに感染した患者の。だがアウトブレイクしていない。アウトブレイクしていないのに、ワクチンや血清が安易に手に入ったり造れたりするのか。ゆう子、さっきの凄腕の男、ソバットとかいう奴はアフリカに行っているか」
「行ってます」
「人を殺してないか。つまり感染した人間を殺して火葬してないかってことだ」
ゆう子が調べながら、急に目を丸めた。
「AZが…」
「どうした?」
「は、反応しなくなった」
皆が覗きこむと、AZの画面が徐々に暗くなっていき、数秒後に真っ黒になった。
「電池切れ?」
涼子が笑った。
ゆう子のスマホが鳴動した。
「AZからだ。え?」

――私は間もなく死ぬ

「遺言だ。死んじゃったって」
「電池が切れたんじゃないの?」
涼子がAZの端っこを見て言う。
「充電式じゃないの。中にエネルギーになる物質が入ってるのよ。なんで死んでしまったの?」
「まさか」
友哉が顔を強張らせている。
「未来の出来事を教えたからか」
と言った。
「…あ」
ゆう子も声を出した。
「でも、トキさんの世界のこと、少し知ってますよ」
涼子が言うと、
「俺たちが生きている時代の大きな事件、自然災害は教えられない規則だ。AZで涼子が12歳の時から俺たちの寿命まで。それに違反すると、自殺を促したり心停止してしまうストプという光を浴びてから、この時代にやってくる。AZもそうなのかもしれない」
「AZがわたしたちを助けるために?」
ゆう子がAZを凝視した。画面が真っ黒だ。触っても優しく叩いても、念じても明るくならない。
「エボラの亜種のウイルスで、ここにいる皆が死なないようにAZが教えてくれて自分が死んだんだ」
友哉が、呆然とした表情で言った。
「AZがないと…」
「俺たちは世界最強でもなくなるし、パーティーの事件を防ぐのも困難になってしまう」
皆、『ジャングル出血熱』のウイルスが入った箱を囲んだまま、立ちすくんでいた。

一時間ほどして落ち着きを取り戻した五人は、AZの修復をいったんあきらめて、ジャングル出血熱の処分について話し合っていた。
「若月にメリットは何があるんだ。製薬会社を乗っ取るのか」
桜井が憤った。
「それも可能かも知れないが、すでに誰かが感染しているかも知れない。それがアフリカから連れてきた日本人」
「まさか」
「その男か女を若月がどこかに隔離していて、政府が妙な動きを見せると、解放してしまうってことだろう。若月はボディガードが必要な普通の男だ。暗殺はされたくないはず。解放する時は、麻薬かなんかを与えて、風俗街に放てばいいんだ」
「空気感染しないけど、接触すると感染するから歓楽街にいたら、あっという間か。ムカつく話だな。まさにジェノサイドじゃん」
涼子が言った。友哉の「ジェノサイドは許さない」は、どうやら涼子は少女時代から聞いているようだ。
学校の虐めで何度も死のうと思っていた涼子。母親の無限の虐待で、女嫌いになってしまったゆう子。生まれつき、命を重んじる才能がある友哉。警察官の桜井と伊藤大輔。皆、正義感が強いのか、目を合わせ頷いた。
「涼子ちゃんの言うとおりだ。だが、これは公安の仕事。どうする、佐々木。例のパーティーとは関係ないと思うぞ」
桜井がカプセルを睨みながら言う。
「テイレシアスはトキたちの時代とは無関係だった。道理で、末永のことでは彼らが現れないと思った」
「だけど、タイムパラドックスで末永が、若月の女になって、東京を支配する提案をしたのかも知れない」
ゆう子がそう指摘する。
「そうだな。それでもトキの世界とは、それほど関係はない。ゆう子、おまえのパーティーの事件と関係があるかないかが、彼らにとっての優先順位だ。それにしても解せない」
友哉が言葉を落とした。
「金が目的で、こんな大胆なことをするのか。ビジネスだけで儲けてるし、女もいるし、若月翼の狙いはなんなんだ」
「東京征服。次の都知事選に無所属で立候補して、応援はきっと長野ってその人気政治家。買収したいのは製薬会社じゃない。日本よ」
真剣になったゆう子は利口だ。スラスラと言葉を作る。
「強欲な男だ。何もかも手に入れたいのか。親の顔が見たいよ」
「三年前に亡くなった佐伯敏郎財務大臣の熱狂的な支持者でもある」
「IMFに殺された保守派の大臣か」
「復讐するのね。最後の狙いはアメリカのIMFやCIA。それでソバットみたいな凄腕を集めているんだ。あの男、アメリカの元軍人だよ。日系二世の」
「あなた、隔離されている人間を捕まえて、血清を与えて、そのカプセルは東京湾の底に沈めればいいのよ」
涼子が珍しく、まともな意見を口にした。
「そうするしかない。隔離されている人間を探そう。これはいったん、冷蔵庫に入れておいてくれ」
「食事も喉に通らなくなるよ。それに、AZが動かないのにどうやって、人を捜すの?」
「AZを生き返らせる方法も考えよう」
「そのうち、トキさんの仲間がやってくるか」
ゆう子がベランダを見て言う。
「やっぱり肝心な時はいないよね」
と笑った。

友哉とゆう子は、厳重に貴重品が保管が出来る小型の金庫を購入してきて、エボラ出血熱の亜種のカプセルを東京湾に沈めた。血清は手元に残した。
テイレシアスが見つけられないように、同じ小型金庫を東京湾のあちらこちらに沈めた。足跡も知られなくした。ボートや小型船を使ったのではなく、友哉が転送を使い、海上に飛んでそこから金庫を落として廻ったのだ。いったん、海の中に落ちた友哉は、ずぶ濡れで帰ってきた。
「自分をプロテクトしたまま海に落ちればよくないの?」
人気のない波止場で待っていたゆう子が、ため息を吐いた。
「そんなもったいない体力は使いたくなくて。東京湾も中ほどまで行くと、そんなに汚い海じゃなかった」
と笑った。
「隔離されている人間は東京にはいそうもないな」
友哉が、リングの反応を見ながら、東京中を車で走り回ったのだ。
「AZがないと、操作方法がアナログになるね。ローラー作戦みたい」
「ウイルスに感染していても、感染している本人が誰かに感染させる気がないなら、リングは危険を検知しないのかも知れない」
「ああ、そうか。それを検知するなら、風邪をひいた人もちょこっと検知しちゃうね。それかAZが動かないと、リングもそういうのを検知しないとか」
「ゆう子、いますぐ風邪をひいてみて。パンツを脱いで歩くとか」
「……」
ミニスカートのゆう子に、友哉が真顔で言ったものだから、ゆう子が、「また、時々、バカなことを真面目に口にする」と呟いて溜め息を吐いた。
「本人に聞くか」
友哉とゆう子は、車に乗り込み、都内の公園に向かった。
台場にあるホテルから出てきた若月翼が、お台場公園を散歩している。隣には末永葵がいた。桜井からの情報で、若月の居場所は知っていた。
「よう、お二人さん」
前から歩いてきた友哉とゆう子に、若月翼と末永葵は目を丸めた。
「白昼堂々と、奥原ゆう子と一緒?」
末永が声を上げた。
「たまにはね。涼子もそこのテレビ局にいる。利恵からも許可を得ている台場デートだ。そう、本当は利恵じゃないとだめだが、体調が悪いんで、有名女優のお出ましだ。何が珍しいかって、ゆう子が現場にいるのが初めてだ」
「現場?」
「悪党がいる戦場だ」
「ふん。どっちが悪党か、五分間、議論しようか」
若月が好戦的な態度で言う。
「若月。すばる銀行の出入りを見てたぞ。あの銀行は俺のメインバンクに決まってる。隣の女、無神経だったな」
「あ、そうか。うっかり…」
どこか元気がない末永がうなだれた。
「宮脇利恵の勤め先だったか。最大手に就職したのに男で辞めるとはね」
「カップルでうるさいな。利恵が、そんなに嫌いか。ゆう子のサインが欲しければシャツの裏に書いてやる。テロリストさんへって」
「奥原ゆう子は好みじゃない。暴力的な男に片想いをするような女は嫌いだ」
若者だが、しっかりした口調で友哉を睨んだ。
「佐々木友哉。僕はケンカが苦手な平和主義者だ。だから常に腕のたつ殺し屋がついている。つまり、君の頭を僕の部下が狙っている。奥原ゆう子の方も」
「分かっている」
リングが真っ赤に光っていた。
「しかし、おまえの頭も俺の仲間が狙っている」
公園のトイレの屋根に伊藤大輔。階段に桜井真一がいた。二人とも銃を持っている。
「ソバット、やめておけ。佐々木友哉に正攻法では勝てない」
誰ともなしに言う。
「リング、反応して何よりね」
ゆう子がそう言うと、リングの赤い光が見えない若月と末永が少しだけ首を傾げた。
「ジャングル出血熱とやらのウイルスと血清を密輸した理由を聞かせてもらおうか。そのために、おまえを探していたんだ。誰が台場で奥原ゆう子と散歩をすると思う?」
「ほう、ばれたか。だが、あんたには関係ない」
「すばる銀行は俺を支えてくれた女とその女の親友の勤め先で、ソバットがムカついたアイドル歌手は趣味が除菌だ。大いに関係している」
「なるほど、関係がまるで、道徳的な家族だ」
「あれは俺が始末した」
「なに?」
「すばる銀行にはもうない」
「なんてことをしてくれたんだ」
若月が顔面を蒼白にさせた。末永葵はその場にしゃがみ込んでしまう。
「感染した人間を隔離していて、それを使い、政府を脅している。金と次の都知事選の勝利が、おまえの要求だ」
「その通りだが、それまで俺が生きているかな」
「なんだと?」
「感染しているのは俺だ。そして彼女…」
蹲っている末永葵を見た。
「まさか。あんたたち、いろんな人とセックスしてるよね」
ゆう子が声をあげた。桜井真一と伊藤大輔が走ってきた。
「桜井、大輔! 近寄るな。この二人が感染している」
友哉が制止する。桜井と伊藤が、まるでバイクが急ブレーキをかけたように止まった。
「感染に気づいてからはやってない。今のところは日本では拡大していない」
「潜伏期間はどうしていた? ずいぶん経過しているぞ」
「アフリカにいた。だから、アフリカには広まったかもしれない。潜伏期間はエボラよりも長い。完全な発症まで一カ月くらいかかる。それまでは妙に体のあちらこちらが痛くなってくる」
「血清だけでいいのに、なぜウイルスも持ってきたんだ」
「血清を作るためだ」
「ふざけるな。わざと誰かに感染させるのか。血清が100%、有効な治療法になっている臨床は数例もないぞ」
「世の中には自殺をしたい人間が大勢いる。彼女のセラピーを受けにやってくるんだ。有意義に死なせるために、世の中の役にたつように促している。ジャングル出血熱の血清を作るために、ジャングル出血熱の感染者になってもらい、地下室で死んでもらって、その死体は焼いてしまう。おまえが尊師を殺したあの地下室だ。血清は二本あった。俺と彼女の分だ。すでに南アフリカで一回、投与した。念のために、もう一度、打つんだ。効果はあった。だから返してほしい」
「国にワクチンも作ってもらっているのか」
「そうだ。どの製薬会社と組めば見返りが大きいか。官房長官や厚生省のお偉いさんに訊ねている。もちろん、その製薬会社の株は俺が大量に購入している。間もなく、俺は世界有数の大富豪になるんだ」
「死ぬかもしれない男が、妙に強欲だね」
ゆう子が苦笑した。
「俺には壮大な野望がある」
「聞いてやるよ」
「東京を俺のものにする。小国を手にしたようなものだ。総理大臣も口を出せないほどの財力を得て、俺が大いに楽しむ都市に変貌させる。気にいらない人間は東京から追い出していく。そういう条例を作る」
「例えば?」
「俺の言うことを聞かない奴と老害のバカだ」
「世間はそれを許さないと思うが」
「語弊があった。東京すべてではない。一部を独立国にする。今の国家に不満のある人々が移民のように入ってくればいいんだ」
「小笠原諸島の無人島にしておけ」
「それには武器が必要だ。つまり反対派を黙らせる」
「それがエボラのようなウイルスか。しかも自分じゃないか」
「血清は効いていると思う。少なくとも俺には」
と言って、末永葵を見た。顔に赤い斑点が出来ている。
「彼女がエボラの亜種に感染していると知らなかった官房長官が、セクハラよろしく、彼女の肩に触れている。それくらいじゃ感染しないと思うが、もう、腰が引けて引けて、俺の下僕だ」
「世界最大のテロね。アメリカも狙っているくせに」
ゆう子が若月を睨み付けた。
「あの国には悪党が多すぎる。株を操作して、M&Aを繰り返し、多くの中小企業を潰す資本主義社会の悪魔の巣窟だ。年間、何万人の人々がウォール街の悪魔たちに間接的に殺されているか。自殺、病死、孤独死だ。いつかは奴らに復讐してやる。暴力は使わない。ムカつく組織のボスに俺が君臨する」
「そのやり方で、CIAと友達になれるかどうか、俺が訊いておいてやるよ」
「この人はアフリカに子供たちを救いに行ったのよ」
末永葵が絞り出すように言った。
「あなたたちが思っているような悪人じゃないの。ジャングル熱に感染して、生き急いでいるだけなの。それにワクチンの開発を促して何が悪いの? 逆に立派じゃない」
泣き出してしまった。
「若月は血清が効いているんだろ」
「血清で治ったとしても、気楽に女を抱けるのか。まだ、医療の分野で根治が不明な新種のウイルスだ。俺の人生の楽しみはもう半分終わった。たったの三十三年で」
そう言って、末永葵を見た。
「彼女は恋人じゃないのか」
「俺の最愛の人だ。頭が良くて、大勢の苦しんでいる人たちを救ってきた。セックスも最高に良かった。だから、俺がスカウトした。一億、二億と渡して抱いているうちに、なぜか愛が深まった。おまえは宮脇利恵とそれで失敗したが、俺は成功した。理由は、宮脇利恵には過去があり、葵にはなく、おまえが女を軽蔑していて、俺は女を愛しているからだ。その証拠に一緒に、アフリカの草原でキリンやライオンを見て遊んだ。子供たちが、貧困に苦しんでいる村を見つけた彼女が、そこに向かった時に、俺は躊躇しなかったんだ。通訳と一緒に子供たちを励ましているうちに、感染していた。しかもエボラ出血熱ではなかった。新種のウイルスだった。それはある意味、大発見だったんだ。恐ろしい、アフリカの奥地は」
「彼は正しい世の中を作りたいの。リンカーンをリスペクトしているのよ」
必死に恋人を擁護する末永葵。友哉には末永葵が、ただの女に見えた。
だが、友哉は、子供たちを救いに行ったのは評価したが、その後始末に仕返しの怨念が生まれた事が稚拙に感じた。仕返しは暴力行為だけではなく、権力や財力を得る事。友哉はそれを「強欲」と言っているのだ。
「リンカーンが好きなら彼みたいに演説で勝負しろよ」
「そんな時間も気力もなくなった。だが、夢は叶える」
若月の語気が強まる。
「バカな夢は人を傷つける。友哉さんの言うとおりね。どうする? この逆ギレ王子」
ゆう子の言葉に、友哉は肩を落として、
「血清をもう一度投与して、病院で輸血、そしてビタミンや水分を点滴で入れ続けたら、治るはずだ。治らないのは、彼女にもともと持病があって体力がないのか合併症を発症している。立てるか」
友哉のリングが緑色に光った。強い光にゆう子には見えた。
「ゆう子、彼女の身体中の痛みを感じなくした。この瞬間に体力と気力が出ている。人間は望まない痛みに弱い。痛みがあると気力、体力をすぐに失う。今すぐに病院で治療をしろ」
「痛みを取った? いや、だめだ。葵がエボラの亜種に感染していることがばれたら、俺が都知事選に出られなくなる。ボイス悠遊チャンネルも終わりだ」
「俺が女を軽蔑していて他人の女の命の心配をして、おまえが女を愛していて、自分の恋人を見殺しにするのか」
「自分の女だからだ」
友哉は、呆れ返った面持ちで、
「ゆう子、帰るぞ」
と言った。
「だけど、エボラの亜種が東京に広まったら…」
ゆう子の言葉に友哉が舌打ちをした。じっと、蹲っている末永葵を見ていた。
「若月、その女は一時、俺が預かる。ウイルスのことは口外しない。都知事選は好きなようにしろ。ただし、俺はおまえの邪魔をし続けるぞ。独裁政治はジェノサイドに繋がる。それは許さない」
友哉はそう言うと、なんと末永葵をひょいっと抱きあげた。
ゆう子が声を上げた。若月は呆然としていて、桜井真一が、「何やってんだ」と叫んだ。
「病院に行こう。患者がいなくて、情報も何もない山奥の診療所だ」
「さ、佐々木さん、移りますよ」
葵はそう言うが、唾液が飛ばないように、友哉から顔を背けていた。手袋もしていて、慎重に行動していたのが分かる。
「ゆう子」
「は、はい」
「トキの時代にエボラの亜種が未解決だと思うか」
「あ、思わない!」
「俺には感染しない。絶対に。治す方法は分からないが、それはAZが治ったら、ゆう子、おまえが調べてくれる」
「そういえば、前に読んだ時、友哉様はすべてのウイルスの元になっている動物の宿主になっているって書いてあった。強い抗体があるの」
「なんかのコウモリかな」
友哉はそう笑いながら、車に乗り込むと、末永葵を連れて北に向かって発進した。
「宿主? あいつ、エボラの感染者か」
桜井が呆気に取られている。
「エボラの宿主のアフリカに生息しているコウモリを生薬化して、化学物質とのハイブリットで友哉さんの体内に入れてあるの。友哉さんはすでにエボラに感染している元気ハツラツの人間で、新たに感染もしない。エボラを友哉さんが誰かに感染はさせない」
「佐々木や俺は、ワクチンも体内に持ってるのか」
「当たり前だけど、この時代のウイルスのワクチンなんか、トキさんの時代にはあって当たり前だと思う。ガーナラが、桜井さんの体から消えるまでは、きっと桜井さんもエボラ出血熱もテング熱も平気だと思う」
「そのワクチンをトキたちが持ってきてくれよって俺は思う」
「タイムパラドックスがあるから出来ないのよ。RDはもちろん、AZは正確に言うと、わたしじゃなくて友哉さんに渡したようなもの。友哉さんは特別だと思うけど、それでもタイムパラドックスで、友哉さんの人間関係は壊されている。未来のワクチンとかばら撒いたら、この時代から未来が激変しちゃうと思う」
「そうか。そんな感じがするよ」
「友哉さんは、自然界に存在するウイルスに対する抗体はすべて持っている。ジャングル熱も大丈夫なはず。きっと桜井さんも少しはあるよ」
「風邪、ひかなくなった」
「でしょ。AZはわたしや涼子ちゃん、伊藤さんを助けるために死んだのね。友哉さんが、三人もガーナラでジャングル熱の治療もできないだろうから」
「亜種の方は潜伏期間が長いらしいが、エボラは感染して数時間で死ぬこともあるからな。間に合わない人が出たかもしれない。たぶん、後回しにされる大輔だろ。佐々木はあの女を治療するのか」
「それにはわたしか涼子ちゃんがいないと無理だと思う。それはリスクが高い。あの女を治療している最中に、わたしに感染して涼子ちゃんに感染してって。たぶん、光で痛みだけを和らげて血清を与えて標準治療をするだけよ。さっき言ってた」
ゆう子は、友哉の車が走る消えたレインボーブリッジを見て、
「すべての女に優しい人だな。それに困ってるんだ。それに…」
「それに?」
「あれが、自分の命を粗末にする悪い癖。わたしに聞く前に末永葵に触った。わたしは彼のあの行動に疲れたんだ」
と言って、目を伏せた。

…続く


普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。