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『ZEROISM』15

【情報屋】
カバーイラスト 藤沢奈緒

高田文部大臣に買わせたベンツの助手席に、杉浦が乗り込んできたのを見た森長英治は、きょとんとした顔をして、
「外川は?」
と訊いた。
「今回の案件、私と純菜ちゃんでやります。外川は、南美のお守り」
杉浦が淡々と言う。
「相変わらず感情が薄いが、南美のお守り、と言った時に眉間に皺が入った」
森長が高級ホテルの窓を見て言う。車はホテルのエントランス前に停めている。
杉浦はまさに薄く笑みを浮かばせ、
「外川と南美が寝ました」
と森長に教えた。
「は? はあ?」
外事の警部らしからぬ間抜けな顔をして驚いている。
「誘ったのは南美。外川には悪意はない」
「君ら、何をしてるんだ」
森長は本当に驚いていた。そして、
「チームが壊れたら困るんだが」
と言う。
「大丈夫です。外川が止めなかったら、南美は一般人を撃ち殺していた」
「一般人?」
「田原誠一郎です」
「報告書で知っている。奴がゼロイズムの一員だった。田原を南美さんが撃とうとしたのか、向こうは丸腰だろ」
「そう。外川は慌てて、南美を止めてホテルに連れて行ったということです。南美はそれで女になってしまったので、今は『菜の花』で休ませている。外川が傍にいないと付いてくるから、外川も『菜の花』にいてもらう」
「純菜ちゃんも知ってるのか」
「もちろんです。彼女も怒ってません。もともと、南美と純菜ちゃんで、外川の介護をしていましたよね。リアルに言うと、その介護の時に、南美はもう外川の下半身で遊んでいた。外川はもちろん、体が動かなくて嫌がっていたらしい。バリ島で外川から聞いていたんです。その頃から、純菜ちゃんは、南美が外川を奪うことは分かっていたそうです。だから私が、純菜ちゃんに謝った」
「南美さんはなんか言ってないのか」
「バカだから、悪びれた様子はないですよ。僕ら四人は夫婦交換って言葉をさかんに使っていて、それはスキンシップの事なんですが、南美はセックスまでOKのつもりなんでしょう。それに、私とはあまりないので…。相手が外川なら、まあ仕方ないかな」
「そうかな。妻の浮気は親友よりも知らない男の方が気が楽だぞ」
「どっちでもいいですよ。南美が元気になれば。…それと暴走しなければ…」
森長はため息を吐いた後、
「君たちの色恋ネタは疲れるからもういい。田原澄子と夫の誠一郎がゼロイズムと繋がっていたのはショックだが、目的が、テレビドラマ『サイレント脳』の続編を多様性に配慮したものにすることのためだけに、ホテルでゲロを吐くのか」
森長の言い回しがおかしくて、杉浦が笑った。
「俺の喋りで、おまえが笑うと嬉しいよ」
「すみせん。気を遣わせて…。確かにおかしいですよね。それで脅迫電話の内容ですが…」
「もちろん、夫の誠一郎が、妻の澄子にかけた芝居だが内容がな」
「内容が台本じゃないですね」
「加工食品に、基準値よりも高い添加物を入れる事ができるのは、その食品会社か厚生省か」
「大企業の食品会社なら、私たちでやれますが、厚生省が絡んでるなら、森長さんに頑張ってもらわないと」
「田原澄子の交友関係なんか、二十四時間で調べられる」
「さすがです。私も田原誠一郎の口を割らせることを二十四時間以内にできます。どっちにします?」
「おっと、怖いな。京野や参事官はおまえたちにびびってるぞ。その顔、実は奥さんの南美さんに怒り心頭か」
「まさか、南美には怒っていません。もともとは私が悪い。先に田原誠一郎に行きます。奴ら小さいんで。小さい奴は虫唾が走るほど嫌いです」
「おまえは親友に妻を寝取られても、寛大な、大空よりもでかい男だよ」
森長の言葉を聞き、杉浦が車から降りて、近くに停めてあったホンダに乗り込んだ。純菜の姿が見えた。
「あの二人もやっちゃうことはないだろうな」
森長が心配そうに呟いた。

「森長さんはなんて?」
純菜がスーツ姿の杉浦を見た。純菜はなぜか高校の時のブレザー。
「田原澄子を森長さんが調べる前に、夫の田原誠一郎をいじめていいそうだ」
「食品になんか入れる話?」
「そう。あのさ、『菜の花』を出た時からずっと黙っていたんだが、なんでそんな服なの?」
「南美さんが、これが杉浦さんの好みだって」
純菜がかわいらしく少しだけ首を傾げた。
「かわいいけどな。全然、違う。俺は大人っぽい洋服が好きだ」
「えー、騙された。自分はわたしの旦那を奪っておいて、自分は、自分の旦那を奪われないように、杉浦さんの嫌いな服を着せたんだ」
純菜が頬を含まらせた。車は発進していて、田原誠一郎の自宅に向かっていた。
「後ろに着替えがある」
杉浦に言われて、後部座席を見たら、上着とジーンズがあった。
「いつの間に?」
杉浦が車を路肩に停めた。
「あのホテルに藤原が泊まっていた」
「え?」
「俺たちが森長さんと会うことで、やや暴走することがある森長さんを藤原に監視するように外川が頼んだ。監視って言っても、そんなに近寄ると森長さんにばれるからホテルで待機していただけだが…。藤原は女装をするが、純菜ちゃんとはサイズが合わないから、買わせておいたらしい。俺たちが『菜の花』を出てすぐに」
「数史さん、本当に、仕事は隙がないなあ。藤原さんは、なんでそんなに…」
純菜はそう言いながら、後部座席に移動した。
「見ないでね。裸にはならないけど、ブラと下着だけにはなります。こっそり見るのはいいけどね」
「なんだ、それ?」
杉浦がルームミラーを見ると、純菜が下着が見えないように上手に着替えていた。
ーーかわいいな。
杉浦はルームミラーから目を逸らし、窓の外を見た。

『もし、俺が何かの事件で死んだら、純菜を頼む』
バリ島の砂浜で、杉浦と外川は毎晩、純菜と南美の話をしていた。
『純菜ちゃん、今、高校生だろ。変なこと言うなよ』
『いつ、日本に帰国できるか分からないが、その頃は大人だ』
『縁起が悪い話だ。表参道事件で、もううんざり。やめてくれ』
『少しは仮を返せ』
『お、はじめて恩着せがましいことを言ったな』
杉浦は笑うが、外川は真顔で、
『一度、三途の川を見るとな。またあるんじゃないかと、毎日考える。それは死にかけた人間にしか分からないストレスだ。純菜だけじゃない。俺の情報屋。今はいないが、ZEROISMを相手にするなら作るかも知れない。森長さんの情報屋の鹿野さんになるかも知れない。鹿野さんなら、森長さんと俺が日本人にした女性だ』
と言う。
『女ばかりじゃないか。南美にふられるよ』
『そんな常識的な女か。おまえの新妻は』
『……』
『全身に点滴の管が入ってる俺を勃たせようとして、また死にかけた』
外川はしかし、そのことでは笑った。
『純菜もまともな男の手には負えない。それは両親が認めてる。バリ島で海藻まみれのおまえしかいない』
『海藻まみれは余計だよ。わかった。男たちで勝手に決めるのは良くないが、いったん、こうしよう』
杉浦が無精髭を触りながら、
『南美はおまえを男として見てる。帰国してチームを組むなら、その時だけ、四人は家族。おまえと南美がコンビで動いてる時は夫婦。俺と純菜ちゃんがコンビで動いてる時は、年の差がある兄妹かな』
と提案した。
『俺の方が楽しい条件だな』
『おまえが仮を返せ、と言った』
杉浦はそう言うと、
『まさに俺が死んだら、南美を愛人の情報屋にしてやってくれ』
白い砂に目を向けた。どこか寂しそうだ。
『南美を愛してる。だけど、幼馴染と結婚するもんじゃないな』
バリ島の夜は生温かく、星空はすぐ近くにあり、二人は星に、純菜と南美の名前を付けて遊んだ。

「藤原は表参道の事件で、外川を死なせかけて俺たちを絶望させて、心底反省した。医師免許ははく奪。夢も無くしたが、それを森長さんと外川が拾った。外川は彼のせいで死にかけたのに、彼を責めていない。情報屋になった彼が、外川に命がけで尽くすのは当たり前だ。しかも、命令を聞くばかりじゃないんだ。外川は時間がある時には、藤原の結婚相手を探しているし、お金も上げている。森長さんの、情報屋、鹿野さんもそう。森長さんのセックスの相手じゃない。ちゃんと生活費と身の安全を保障されている」
「身の安全? 鹿野瑠璃子さんはどういう人なんですか」
着替え終わった純菜が助手席に戻った。
「森長さんが、彼女の両親をロシアンマフィアから救い、日本国籍を与えた。だから、鹿野さんは日本人として生きている。森長さんの愛人兼、情報屋だが、他のまっとうな仕事もしている。外事四課は、ロシアや外国からのスパイやテロリスト専門。鹿野さんは安全だ」
「杉浦さんにはいないの?」
「公安一課の巡査に、情報屋なんかいないよ。京野さんならいるかもしれない」
杉浦が車が発進させながら、
「藤原と純菜ちゃんなら、純菜ちゃんの方が百万倍いいな」
と言い、純菜が、「なにそれ?」と首を傾げた。

……続く。


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