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小説『衝撃の片想い』第二部 最終章【恋愛の女神 ゆう子】⑨古座の親友

【あらすじ】
利恵との最後のデートを終えた友哉は、涼子を連れて和歌山県の古座川という町に行った。子供の頃、父親とニホンオオカミを捜しにその町から山に入ったことを『本当なら結婚している』涼子に教える友哉。五月二日を目前にし、身辺整理をしている事に気づいた涼子が怒り出す。そんな二人をある男が出迎えてくれた。自給自足の生活をしているその男は、ゆう子が助けようとしたあのホームレスだった。大河内忠彦、三年ぶりの登場。


三重県と和歌山県の県境に『古座川』という町がある。太平洋の海が近く、海と山々に恵まれている小さな町だ。
そこに、友哉は涼子と一緒に訪れていた。
「お金持ちは違うねえ」
涼子が、4WDの高級車から降りて笑った。真っ青なスリムジーンズに、真っ白なニットとスニーカー、白いソックス。陽光を浴びて瑞々しく輝く若い涼子。
「見て、グラビアアイドルレベルのお腹」
誘惑するように、ニットの裾を捲っておへそを見せる涼子。
「グラビアアイドルじゃないのか」
「アイドルです」
「何が違うの? 後で脱いでくれ。山奥に入ると熊しかいない」
「熊に見せる趣味はないから、お断りします」
頭を下げ、しかし、つんけんした口調で言った。

新緑が眩しい、世界遺産、熊野古道がある町。山道で車を置いて歩くと、滝の音がしてきた。
子供たちが水遊びをしている。まだ寒いのか、足だけ水につけていて、蟹を取っていた。
「なんて綺麗な場所。川が…ひい…透明度がすごい」
「これが清流だよ」
「わあ、綺麗すぎる。何がいるの?」
「ニホンオオカミだ」
「川にそんなのいるのか、バカにすんな」
涼子がいつもの口調で友哉を睨んだ。その目も本気でなく、芝居がかったもの。
「父親と一緒に子供の頃にニホンオオカミを捜しに入った。そこにおまえを連れてきたかった」
「……」
涼子が神妙な面持ちで、友哉を見た。
「プロポーズ?」
「いや…」
「じゃあ、こんな時期にそんな寂しい話、やめてほしいな」
「……」
「誰かに会いに行くって聞いたから一緒に来たのに」
涼子が子供たちを見つけた。
駆け寄って、子供たちに訊いたら、中学生くらいの女子が、「あれ? 松本涼子」と言った。
「超田舎だと、逆に有名なのか」
友哉が笑うと、その女子が、「わあ、佐々木友哉さんだ」と目を丸めた。田舎の娘らしい温厚な顔立ちをした彼女を見た友哉が、「俺と結婚しないか」と、ふざけた口調で言いながら、滝壺の中を覗いたら、涼子が後ろから彼の背中を押して、友哉は浅い滝壺の中に沈んだ。
「ロリコン。中学生になに言ってんだ」
涼子が叫ぶと、子供たちが苦笑いをしながら、しかし楽しそうだ。
「佐々木さんって、スーパーマンかと思ったのに、松本さんが押したら転ぶんですね」
女子中学生が言うと、
「この人は世界一、弱っているスパイなんだ」
と涼子が答えながら、友哉の手を引っ張った。
「寒い。滝壺の中に、オオサンショウウオの子供がいたぞ」
「ひい。本当に? 大自然の宝庫。お金をかけてきたかいがあった」
南紀白浜の空港に四駆の高級車が用意してあり、涼子はその経緯で「お金持ち」と言ったのだった。
「誰か、この辺りに最近移り住んできた大河内忠彦っておじさんを知らないか」
友哉が、四人ほどいる子供たちに誰ともなしに訊くと、一人の男の子が、
「名前は知らへんけど、あの道をまっすぐ行ったら、東京からやってきたおじさんがいてる」
と言った。
友哉は子供たちに礼を言い、その道を歩いた。
涼子が持っていたハンカチで、友哉の背中や腕を拭いている。
「ちょっと押しただけで転ばないでよ」
「そうしないといけないと思って」
「寒くて疲れて、回復とか嫌だからね」
「普通に愛し合うのはどうだ」
「今の台詞にも真剣みがないよ」
ほどなくしてログハウス風の小屋が現われた。
「大河内さん」
畑を耕している男に声をかけると、彼が、友哉の方に振り返って、目を丸めた。
「佐々木さん」
声を上げる。すぐに友哉に近寄り、満面の笑顔で手を差し伸べて強引に握手をした。
「よく来てくださいました。こんな遠くまで」
感激しているが、涼子を見て、怪訝な表情も見せている。涼子が、
「はじめまして。ゆう子さんはパニック障害の持病が辛くて、わたしが代わりにきました。ゆう子さんの後輩の女優、松本涼子です」
と自己紹介をした。
「確か、クレナイタウンで佐々木さんが助けたアイドルの…」
大河内が目を凝らすようにして涼子を見ている。
「まあまあ、女が誰でもいいじゃないですか。野菜、見ていいですか」
友哉が、大河内の返事を待たずに畑に向かった。
「水茄子ですね。これは美味そうだ」
「すぐに切ります。食べてください」
大河内は茄を採ると、小屋の前にあるキッチンのような場所で、さっと茄を洗い、包丁で細かく切った。興奮した様子で、皿にも盛らずに、手に持ったまま友哉と涼子に渡した。
「美味しい」
涼子が口に入れた途端に声を上げた。友哉も頷く。
「佐々木さんと奥原さんのおかげで、充実した毎日です。水がキレイだし、子供たちは無邪気。時々、狼のような犬が出たり、そう、川にはオオサンショウウオの子供もいる」
「さっき、見ました」
友哉は、小屋の近くにあった木の椅子に腰を下ろした。いつの間にか濡れていた洋服は乾いている。
「ガーナラの熱を使ったな」
と涼子が、なぜか軽蔑した眼差しで友哉を見た。
椅子に座った友哉を見た大河内は、ようやく興奮していた表情を硬くし、
「私に遠路遥々会いにきた理由を教えてください」
と言った。
「もちろん、ゆう子のことだ」
友哉の言葉に、大河内は頷いた。涼子が目を丸める。
「この方、ゆう子さんも知ってる人って聞いていたけど、どういう関係なの?」
「一度しか会ったことがない俺たちは、だけどその時に人生に関わる話し合いをしたもんだ」
「新宿の路上で佐々木さんに、銭湯に行ってこいと言われました」
「銭湯? お風呂に入れなかったんですか。それは…」
「涼子、心が病んでしまって人が動けなくなる状態だ」
友哉がそう言うと、涼子が神妙な面持ちで頷いた。
「私は、佐々木さんと奥原さんのためなら、この命を捨ててもいいですよ」
「そんな大げさな話じゃないが、ありがとう」
「なんなんだ、いったい。だけど、いいぞ。男の友情。わたしは感動している」
重い空気を茶化したいのか、涼子がいつものように威張って言った。

――沖縄の宮古島に移住してほしい

友哉の言葉を聞いた涼子が絶句した。
「分かりました。いつまでに?」
大河内は顔色を変えない。
「五月二日までに」
「あと二週間もないじゃないですか。しかし、すぐに行きます」
友哉が封筒に入った現金を渡そうとすると、大河内はそれを拒み、「まだ、佐々木さんからもらったお金は残っています」と言った。
「宮古島に俺の大切な人たちが移住する。こいつもだ」
涼子に視線を投じた。涼子の額には汗が滲んでいて、肩を震わせている。
「そうですか。だけど…」
大河内は言葉をいったん飲み込み、友哉ではなく、涼子を見ながら、
「佐々木さんは行けないかもしれないのですね」
と寂しそうに言って、小屋の中に入っていった。
五分ほどすると、玄関を開けて、「早急に引っ越しの準備をするから、もうお帰り下さい。女を泣かせてばかりで…。もう日が暮れますよ」と大河内は笑顔で言った。
山道に停めてあった車に乗りこんだ涼子が、すぐに口を開いた。
「弱気」
「万一に備えるだけだ。彼なら、俺と桜井がいなくてもおまえたちの世話ができる」
「桜井さんは不死身よ」
「そうだな。だけど…」
「うるさい。嫌いになる」
泣き声になっている。車がゆっくりと発進した。
「高校生の時から、おまえを抱いていればよかった。俺の人生最大の後悔だ」
「何度も聞いた。女々しいよ」
「十年一緒に暮らしたラブラブのカップルは三千回、セックスをするらしい」
「わたしたち、多くても三十回だね」
「ああ、だけど、魂が繋がっている」
「ソウルメイト? そんなの嫌だよ」
涼子が、友哉の膝の上に手をおいて、彼の太腿を擦り続けた。
「この鋼のような足で、悪い奴らをやっつけて。また、土下座するから。お願い」
「そんなこともしてくれたな。あれからもうすぐ三年だ」
復縁を迫った涼子が、利恵のいる前で友哉に対して土下座をして「悪い奴らをやっつけて」と泣いたのだ。
「土下座はもういい。おまえは得意のメンヘラで、俺を怒らせてくれ。それで戦える」
「なんか褒められた気がしない」
「もし、テロリストに加えてソドたちもやってきたら、こっちにはもう駒がない」
「あなた…」
涼子が呆れ返った口調で、少しばかり笑った。
「わたしの守護神はリクさん。利恵さんの守護神はシンゲンさん。ゆう子さんの守護神はまだ来てないよね?」
「トキじゃないか。もう来られない」
「あなたよ」
友哉が目を丸めた。
「どう見てもそうでしょ。あなたが最強の戦士よ。ソドって奴なんか一撃で倒して」
「世界一弱いとか最強とか…。ちなみにリクって奴はちゃらい顔をしていたからおまえの好みじゃない。おまえの守護神も俺でいいか」
「今頃、口説いてる。遅いよ。利恵さんと筑波に行って、利恵さんも口説いたくせに」
「利恵と筑波で最後のデートをした。今日はおまえとだ」
「最後って…。一発、ぶん殴っていい?」
弱気な友哉に対して、涼子が絞り出すように言った。
「律子がいた頃から、おまえに愛されていた。もっと、俺が愛せばよかった。愛された恩は返す主義だ」
涼子は、運転している友哉に寄り添い、
「その責任のための根回しをしにきたの? 五月二日を過ぎたら、自分のために生きてね」
と言う。友哉が、
「古女房が言うような優しい言葉…」
と微笑み、涼子の手を握った。
「わたしがあなたの妻。本当の歴史では…」
涼子はそこまで言うと、口を閉ざし、
……五月二日までは。…あなたの未来の奥さんはゆう子さんよ。
と心の中で呟いた。

横浜の自宅のキッチンを掃除していた喜多川律子は、ガレージに友哉が立っているのを窓から見て、思わずお皿を落として割ってしまった。
「ここの固定資産税は俺が払っている。不法侵入になるか裁判にかけようか」
と言いながら、玄関に向かった。
玄関に駆け込んできた律子は、
「いやー、久しぶりね。世界の英雄、佐々木友哉。わたしの元旦那」
と言い、どこか照れくさそうに笑った。
「それを吹いて回ると、狙われるからやめたほうがいい」
「それくらい察してる。まあ、上がって」
「晴香の部屋は見たいが、用件は短いからここで良くて、しかも、怖い俺からの命令だ。いいか」
「……」
律子は、
「椅子を持ってくる」
と言い、リビングから自分が座る椅子を持ってきた。
椅子に座って深呼吸をしている律子に、
「これで旅行に行け」
と言い、銀行の封筒に入った百万円を渡した。
「養育費などとは別のお小遣いだ」
「なんだ。大した命令じゃないね。ありがとう」
律子が苦笑いをすると、
「今すぐにだ」
と友哉が語気を強めて言った。
「はあ? わたし、仕事もあるし、今夜は会社の飲み会だよ」
「命令だ。飲み会と、命とどっちが大切か。その利口な頭で考えろ」
「あ、あなたがわたしを殺すの?」
律子が身構えた。
「誰にも言うな。言うと、狙われるかもしれない。数日以内に東京の近くの原発が爆発する可能性がある。テロリストのような連中が画策している。出来れば西の方に向かえ」
「マジで。友達に教えないと」
「ダメだ」
友哉はそう言うと、律子の手を抑えた。
「なんで?」
「東京がパニックになって、たくさんの人が逆に死んでしまう。俺がそのテロリストを倒す。もし、倒せなかった時のため、晴香の母親のおまえは逃げてほしい」
「わ、わかりました。つまり、原発が爆発しないように、あなたが頑張るわけで、爆発するかしないか分からない事で、友達に教えたらダメだって話ね」
「その通りだ。さすが、律子。物分かりがいい」
友哉はそう言うと、玄関を開けて帰ろうとした。すると律子が、
「一度だけ、わたしにDVをした。ここで」
と言った。
「晴香と掃除をしていたら、何もしないおまえに注意されたから、おまえのケツを蹴って家から追い出した。それがDVか」
「DVでしょ」
「だからなんだ」
「離婚も当たり前って話」
「分かった。つまらんことで呼び止めるな」
「あの時のお尻の痛み、覚えている」
「うるさいやつだな。晴香に両親の修羅場を見せるのか。ちょこんと蹴って、見えないようにしただけで、おまえは玄関の外で文句を言ってただけじゃないか」
「ごめんなさーい」
「それでいい。律子…」
友哉は一呼吸、置くと、
「晴香を産んでくれて、ありがとう」
と言い、ガレージに停めてあっベンツに乗り込んだ。バックミラーに、嬉しそうに泣いている律子の顔が映っていた。


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