見出し画像

小説『衝撃の片想い』シンプル版【第三話】①

【人間の本質は偽善】

皇居と国会議事堂を監視するかのような場所にある警視庁。
公安部、外事四課。
「桜井警部補。ちょっと……」
課のデスクに座っていた桜井真一は、若い部下に呼ばれ、会議室の中に入った。
どこか蛙に似た顔の五十歳くらいの長身の男だ。
「佐々木時の件、何か分かったのか、大輔」
新米の伊藤大輔は、テーブルの上に数枚の写真を並べた。
「これが監視カメラに映っていた佐々木時」
「もう見た。外事が架空口座で動くかよ。そいつ、日本人じゃない。日系人かもな。奇妙な服だ」
「該当する洋服などありませんでした。特殊な防弾スーツか放射能から身を守る防護服かと」
「結局テロリストか。面倒臭い案件が降りてきたもんだ」
「このテロリストらしき男の事はまだ調査中なのですが、こちらは窓口で佐々木時の口座開設の手続きをした宮脇利恵、二十五歳」
「美人だな」
「今は、各種振り込みの窓口にいます」
「電気代、払ってくるよ」
「引き落としじゃないんですか。こちらは、融資担当で宮脇利恵の隣に座っている小早川淳子。宮脇利恵の同期で二十五歳」
「かわいいな」
桜井真一はやる気が無さそうな顔で写真を見ていた。
「二人の話が違うんです」
「?」
桜井が椅子に座り、小早川淳子の写真を手にした。
「淳子か」
「何か?」
「親友の彼女の名前がじゅんこだった。字は分からない」
「だった? 別れた?」
「で?何が違うんだ」
伊藤も椅子に座る。
「宮脇利恵は監視カメラに映っていた佐々木時の話をしています。嘘は吐いてません。監視カメラに映っていたままを話してました。小早川淳子は佐々木時が来店した時、有給を取ってていなかった」
「だから?」
「けっこう有給をとっていて、あの富澤社長の愛人って噂もあります」
「そんなの架空口座の事となんら関係ないぞ」
やや怒りを見せた。
「すみません。実は彼女たちのまわりに佐々木が多い事に気づきました。それがかなり複雑で事件性もありまして」
「なに?」
「ただ、宮脇利恵と小早川淳子で、佐々木さんを、お互いが知らない、違うと言い争いになりまして。女の子がケンカを始めて参りました」
「なんかの容疑者でもないしな」
「はい。なだめるのに疲れました。小早川淳子が言うには、親友の宮脇利恵は小説家の佐々木友哉と付き合っているかも知れない、と」
「ほう。あのベストセラー作家の」
「ところが宮脇利恵はそれを否定していて、しかも真顔で怒りまして。ただ、佐々木友哉はすばる銀行に来ていたことがあるらしいから、宮脇利恵の話も不自然で…。結局、その場で足が悪い佐々木さんに落ち着きました」
「足?」
「足をケガしている無職の佐々木さんと、宮脇利恵が付き合っている事に落ち着いたわけで」
「はあ……」
桜井が若い部下を見て、半ば呆れている。
「出会ったばかりで、職業とかよく分からない。なのに交際しているとか。もう、どうでもよくなりました」
「大変だったな。本物の佐々木友哉先生に聞けば?」
「行方不明です」
桜井真一が目を丸めた。
「何か妙だと思いませんか」
「作家の佐々木友哉さんを捜すのは外事の仕事じゃない。それよりワルシャワのレストラン以外に日本人はいたのか」
「実はテロが起きたレストランの近くのホテルに、女優の奥原ゆう子が宿泊していました」
「え?」
桜井は思わず立ち上がり、
「無事なのか、彼女」
と訊いた。
「外務省からホテルに確認しました。無事です。しかしですね、あまり言いたくないのですが、男と一緒だったそうで。ホテルの職員が見たそうです。その男の安否が不明らしくて。まだマスコミには知られてません」
「まずいだろ。奥原ゆう子がテロの現場の近くにいたなんて」
「はい。外務省から圧力をかけて、マスコミは抑えてます」
「安否が分からない男は、片想いの彼氏じゃないのか、名前は?」
「ないんです」
「はあ?」
「そのホテルの宿泊名簿から消えてる」
「記者会見から隠してたが、そんな大それた事が出来る女優なのか」
「私が聞きたいです」
「ワルシャワに向かった飛行機の乗客名簿は?」
伊藤大輔は、ゆっくりと息を吐いてから、
「佐々木友哉がいました」
と言った。
「………」
桜井真一が体の動きを止めてしまった。
「佐々木友哉ってどんな顔だったかな」
「桜井さん、それが……」
「なんだ?」
「な、ないんです」
伊藤大輔が絞り出すように言った。
「どこにも佐々木友哉という作家の写真や画像がない」
「まさか…。どっかの身分証にあんだろ」
「ないんです。存在が消えてる。だけど、小説の映画化はするみたいだし、本も書店にあります」
「家族は?」
「離婚した妻との間に娘だけです。元の奥さんに、佐々木友哉の想い出アルバムとか見せてもらいます?棄ててなければ」
「外事の仕事じゃねえだろ! 外務省を通して、テロが起きた場所の防犯カメラの映像を入手してくれ!」
「分かりました」
伊藤大輔が会議室から出ていった。
「どうでもいいよ。佐々木なんとかなんて」
桜井真一はそう呟き、小早川淳子の写真を見ていた。
梅の花のような小顔でショートヘアー。
「昭一の彼女もショートヘアーだったかな。忘れたよ」
肩を落とした桜井は、また、
「どうでもいいよ」
と言った。

ポーランドから帰国して、すぐにトキからもらったお金を銀行から取り出しに行く予定を変更して、友哉は、ゆう子のマンションで滞在することになっていた。
トキからの報酬の多額のお金が本当に銀行にあるのかないのか気になったが、友哉は目の前の奥原ゆう子にもっと興味があった。
銀行には数百億円あるらしいが、それよりも奥原ゆう子という「女」を見ていたかった。
――価値はこちらにある。銀行にもし一兆円、使える俺の金があったとしても、先に観察するのは札束の山ではなく、この不思議な美人女優の方。
お喋りで会話が上手い。
口論になったのかと思ったら、ただのブラックなジョークだった。楽しかった。俺の暴言もさらっと交わしていた。

成田に到着しても銀行に向かう気はまったくなかった。
平和な国。日本が眼下に見えてきた。
友哉は、彼女のパニック障害が心配になり、空港でさっと離れるのはどうかと思っていた。彼女は彼女で、
「メンタルが弱ってるみたいだから、わたしの部屋においでよ」
と友哉を心配した。
お互いの体調を心配する呼吸が合った、と友哉は思った。
――初めての経験かも知れない。トキは奥原ゆう子が俺に相応しい女だと言った。明るくてよく喋るからだと。そこじゃないんじゃないか。二人とも病弱なのが良い相性なんじゃないか。それに、三百億円に興味を示さないなんて、ある程度は持っているからなのか。そうじゃないなら、あいつと同じでお金よりも愛か…
友哉は頭の中でそう考え、あいつ、を思い出していた。
未来で禁止された薬は、『ガーナラ』と言って、超人的な筋力を持てる反面、それを行使すると反動がある。きちんとケアしないと後に精神面に支障をきたす。
友哉が機内で吐いた時も、ゆう子はずっと背中をさすっていて、また、
「パンツ見る?」
と、かわいらしい笑顔で言っていた。
「献身的だ。秘書の域を超えてる」
「衝撃の片想いだから」
そう言うがどこか寂しそうで、
「仲良くなれたと思う。一緒に寝て、きっと一緒に泣いた」
と静かに言った。
「そうだな。体の関係があっても問題はない男女だと思う。ちなみに、俺は泣いてない」
「はいはい。ねえ、部屋にきてくれませんか。することがないし、寂しいし」
正直に心情を吐露した。
『人間の本質を一言で言うと偽善で、人生を一言で言うと寂しい』
彼女はそんなことも呟いていた。
「人間の本質は偽善なんて言ってたら、友達が出来ないぞ」
「いらない。あなただけでいい」
「嬉しいけど、告白散弾銃は疲れるよ」
「ごめんなさい。軽くスルーして。口にしないと不安なの」
心配になった友哉は、
「本当に俺との三年後の夢しかないのか」
と訊いた。
「見つかるかも知れないけど、当面はあなたとずっと一緒にいること」
と言った。
「あとは死なないこと。さすがに三十歳くらいで死ぬのは……」
「死なせない」
「うん。友哉さんがさらっと言うから、大丈夫なような気がして、なんかほっとするの」
「だから、人間の本質は偽善って言わないように」
「?」
「本質は各々違う」
「はい」
ゆう子は素直に頷き、友哉の手を握っていた。
飛行機は間もなく成田空港に着く。
友哉のマンションは横浜。
ゆう子は新宿。
二人はいったん、新宿のゆう子のマンションで休む事にした。

……続く


【左上、小早川淳子。右上、宮脇利恵。下、桜井真一】

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。