キャプチャ

35歳。私はそろそろ年下に学ぶ年齢になってきた。


今年、35歳になりました。私は20代が結構、挫折続きで自分としては暗黒時代だったこともあり、30代は水を得た魚のように日々を楽しんでおります。


30代の分かれ道

30代になると、おばさんになる人と、年相応な美しさを纏う人、徐々に徐々にその道が分かれていく気がしています。


ちなみに、私の考えるおばさん、とは

自分のことをおばさんと言う人 (もう、これを言う人は10代でもおばさん)
今の自分を知ることを諦めた人
身なりに対して努力できなくなった人
若い人から学べなくなった人


と定義しています。特に年輩の人をみていて、若い人の話を聞けるかどうかというのは、本人の魅力に歴然と差が出ている。



若い人の方が進化した人間?

わたしはキングコングの西野さんが革命のファンファーレという本で書かれている、種として優秀なのは "年下" という意見に賛成派。

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わたしがパラレルキャリアをいう言葉を使ってプロボノのマッチングサイトを運営し始めたのは10年前(!)。その時は今ほど、ボランティアや複業、プロボノの概念が広がっていませんでした。


よく「働きながらボランティアしている」と言ったら年上の方々に「なんでそんなことやってるんですか?」「一銭の得にもなりませんよね?」とか言われたなぁ… (トオイメ)


また、わたしが31歳の頃、40代の方4人と打ち合わせすることがありました。一応、一番年下だからアジェンダシートなど自分が準備しようと、Google documentで作ってリンク送ったらわたし以外の人が誰もGoogle documentを知らなかったことに衝撃を受けました。


少なくともその時点でわたしは数年Google documentを使っていたし、なんならオンラインミーティングの方法を伝える講座まで主催してましたし…。でも、その時「きっとこういうことは将来のわたしに起きることだろう」と思ったんですね。


その時に若い人に「それって何?教えて〜」と言える自分であろうと。




無知であることは前提なしで考えられる最高の機会

社会は年上の方々がより良い社会を目指して奮闘してきた軌跡であり、わたしもそこを歩かせてもらっていると思っています。


親世代が会社に入社するとき、「ずっとこの会社で頑張ろう」という気持ちで入社する人が多かったのだと思います。でも、わたしが新卒入社するときにはそんな気持ちは全く持っていませんでした。


1つの職業に終わりが来るという前提から働き始めた私たち世代は、転職も複業もある程度当たり前だし、それが当たり前になるように生きているから、社会もそちらに向かっていく。


しかし、これは「ずっと同じ会社で同じ仕事をして生きていく」という、一つ前の前提を持った人が、考えるのは非常に難しいことになります。


先人が解決し、進めてきたところからスタートとなる若い人は、先入観なしに自分たちに必要な社会を作り上げていく。そして、その次の世代もまた、先人が進めたところからスタートして、同じように自分たちに必要な社会を作り上げていく。


次の社会を作るために「無知であること」は常識にとらわれず、自分たちが本当に欲しいものを考える絶好のチャンスであると思っています。だからこそ、若い人が「こっちがいい」という声には耳を傾けなければならない、そう考えています。



年下に教えてもらう時代

また、先日こんなツイートを見つけました。

変化の早い今の時代、その変化にもっとも柔軟についていける(可能性が最も高い)のは年下の人。


昔は「情報が集まる」のは年上の人だったけれど、今の時代は情報を集めて編集するのは年下の人の方が上手かったりする。年下の人に教わるということの価値が高まっている時代だと感じます。


書かれているように、コミュニケーションのスタイルも「年上を敬うこと」がもっと重視される時代から、年上も年下もフラットに接するスタイルが大切にされる時代かもしれません。



わたしが20代前半の頃、30代の方に話を聞いてもらい、受容してもらえるのはとても嬉しかった。それを今一度、思い出して心に刻む年齢にわたしはなったのです。



わたしは今年、35歳になりました。これからは年上はもちろん、もっと年下の方から学べる自分になろうと思います。

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